【完結】記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので

Rohdea

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15. ダブルデート(ベビー付き)~血は争えない~

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 それから、ジョエル様が馬車に乗り込むまで少し葛藤するという時間はあったけれど、無事に出発。
 あちらのファミリーとは別の馬車に乗り込んだ私とエドゥアルト様。
 私は向かい側に座って窓の外を眺めている彼の顔をチラチラ見つめる。

(何だか胸がドキドキするわ……)

 何だか落ち着かない。
 出会いが出会いだっただけに、私には珍妙な格好をしたエドゥアルト様の方が落ち着くのかもしれないなんて思わされた。

「───君は不思議だな」
「はい?」

 エドゥアルト様もいつの間にか私に視線を向けていてそう口にする。

「婚約者はフリでいいと言う」
「え、ええ」
「君は、このまま、あわよくば公爵家に取り入って公爵夫人になろう!  とは思わないのか?」
「わたくしが……公爵夫人?」

 その言葉にも、うーんと思ったけれど“公爵家に取り入って”という言い方が妙に気になった。
 渋い顔をする私を見たエドゥアルト様が、くくくっと笑う。

「考えてなかった──という顔だ」
「う……まあ、」
「三十五回のお見合い以外にも僕は幼少期から、事ある毎に多くの令嬢たちと顔を合わせて来た」

 エドゥアルト様は遠くを見るような目でそうポツポツ語る。

「母上が王女だったからそれで皆、僕に対しても平伏すのさ」
「…………それで生意気な公爵家の金持ち坊やであることを鼻にかけたイヤ~~な子に?」

 ガーネット様の言葉を引用してチクリと言うとエドゥアルト様は陽気に笑った。

「ははは!  そうだ。かなり生意気だったぞ?」
「僕の言うことが聞けないのか~とかですか?」
「はっはっは!」

 私がわざとそれっぽい口調で言ってみると、エドゥアルト様はますます陽気に笑った。
 しばらく笑い転げたあと、スッと真面目な表情になる。

「ジョエルだけだったんだ」
「……」
「そんな僕を平気で踏みつけて王女の子供じゃなくただの“僕”として見てくれたのは」
「……!」

(……ああ、エドゥアルト様この方は本当に嬉しかったんだ)

 公爵家の令息、王女殿下の子ども……
 ではなく“エドゥアルト”として接してくれるジョエル様という存在が。

「───親友って素敵ですわね」
「だろう!?」 

 そう言って笑うエドゥアルト様の目はとてもキラキラ輝いていた。

(ああ、そっか……)

 どうしてこの方が、出会ってからただの一度も私の目つきの悪さに脅えたり嫌悪する様子を見せないのか分かった気がする。
 肩書きや見た目じゃなくて、内面を見ようとしてくれている人だからだ。
 過去に“自分”を見て貰えた経験から……

「……エドゥアルト様!」
「ん?」

 私はそっと彼の手を取ってギュッと握りしめる。
 珍しくエドゥアルト様が驚いた顔を見せた。

「レティーシャ嬢……?」
「この先、無事にわたくしの婚約解消……いえ!  婚約破棄が成立した暁には─────」
「う、ん?」
「ぜひ……」

 エドゥアルト様の顔が少し警戒した怪訝なものに変わる。

「…………ぜ、ひ?」

(言え!  言うのよ、私!!)

「この足で良ければ────お礼にあなたの背中をむにゅっと踏ませてくださいませ!!」
「むっ!?」

 ガターンッ

「ぐ……はっ!?」
「え!  エドゥアルト様ぁぁ!?」

 エドゥアルト様が座席から滑り落ちてしまった。
 腰を押さえているので腰を打ちつけたのかもしれない。

「大丈夫ですか!?」
「ああ……」

 突然のことに私は慌てる。

「ダ、ダメでしたか!?  やはりジョエル様の足でないと快感は得られな……え、えっと、意味がないのでしょうか?」
「ゴホンッ……い、や。違っ……だ、大丈夫だ」

 痛てて……とエドゥアルト様はどうにか起き上がるとモソモソと座席に座り直す。

「コホッ……それにジョエルは、侯爵夫妻から踏みつけ禁止令が言い渡されていてそれを律儀に守っている。もう相手が僕であっても踏むことはないだろう」
「禁止令!」
「ああ。あの頃のジョエルは間違った知識で踏んだら友達───そう思っていたようだ」
「ひえっ!?」
  
 何その恐ろしい知識!
 植えたの誰!?

「素直なジョエルは誰彼構わず踏みつけそうな気配だったからな。こればっかりはいたし方ない」
「誰彼構わず?  そ、それは……禁止令も出ますわね」
「だろう?」  

 私は思う。

(ジョエル様って…………めちゃくちゃ素直な方なんじゃ……)

 よくよく考えるとジョシュアくんもそんな気配がある。
 きっとお父様の血を受け継いでいるのね……?
 私はあの、ニパッ!  とした癒しの笑顔を思い出した。


 それからも、エドゥアルト様は私にジョエル様との思い出話をたくさん語ってくれた。
 そして、セアラ夫人との出会いの話にさしかかろうという所で馬車は停止した。

「お、着いたようだな」
「そうですね」

 エドゥアルト様が先に降りて私に手を差し出してくれる。
 その手を取りながら降りると、ちょうどジョシュアくんたちも馬車から降りている様子が見えた。
 ジョシュアくんは顔色が少し死んでいるジョエル様に抱えられながら、ニッコニコした顔で馬車から降りる。
 そして、ジョエル様の顔をペチペチしながら一生懸命話しかけているのが見えた。

(ふふ、可愛いわ)

「───お二人も無事に着いたんですね!」

 セアラ夫人が私たちの元に駆け寄ってくる。

「ああ。道中、ジョエルは大丈夫だったか?」
「はい。ジョシュアがずーっと、あうあ、あうあ、と話しかけて気を紛らわせていましたから」

 ふふふ、とセアラ夫人が笑う。
 想像すると、さぞかし楽しい空間だったのだろうなぁ、と思って私もつられて笑う。

「それは、可愛いですわね」
「でしょう?」

 ふふふ、と私とセアラ夫人は顔を見合せて笑い合う。

「そうか。それは良かった。さてジョエル、ジョシュア!  どうだ!  公園の空気は気持ちがいいだろ…………ん?」

 エドゥアルト様がはっはっは、と笑いながら振り返って後ろにいるの二人に声をかけようとした。
 しかし、不自然なところで言葉が切れてしまう。

「エドゥアルト様?  どうかされましたか?」
「…………い」
「え?」

 エドゥアルト様の声が少し震えている。

「エドゥアルト様、今、なんと言……」
「───えええっ!  どうして!?  ジョエル様とジョシュアがいないわ!?」

(えっ!?)

 セアラ夫人の叫び声で私も慌てて後ろを振り返る。
 すると、確かにさっきまでそこでキャッキャウフフと戯れていたはずの父と子が────いない!

「こ、こんな一瞬で!?」
「消えた……だと?」
「────はっ!  私、お義母様に聞いたことがあります!」

 セアラ夫人が何かを思い出したかのように声を上げた。

「初めてジョエル様をこの公園に連れて来た時───馬車を降りるなりジョエル様が無言で静かな追いかけっこをスタートしていて、ふと気付いたら誰もいなかったそうです!」
「え!?  誰も!?」
「はい。どうやらお義父様も静かに走り出したジョエル様を追いかけていたとかで…………お義母様だけがポツンとその場に取り残されていたとか……」

 私たち三人は顔を見合わせる。
 きっと今、私たちの思いは同じ。

(まさか、ジョシュアくん─────……)

「……ジョシュアなら、きっと“あうあ!”って言うだろう!?」
「そ、そう思うのですけど……!  わ、私にも分かりませんーー!」

 エドゥアルト様とセアラ夫人が青ざめている。
 確かに……ベビーがこんな広そうな公園で脱走したとなれば一大事……
 でも。

「えっと、仮にジョシュアくんが脱走?  していてもジョエル様が追いかけているのですよね?  それなら───」

 大丈夫なのでは?
 という私の言葉は二人に遮られた。

「「甘いっ!」」
「……え?」

 何が?  と首を傾げる私にエドゥアルト様が口を開く。
 その声はとても重々しかった。

「……レティーシャ嬢」
「は、はい……」
「ジョシュアが迷子体質なのはすでに君も知っているな?」
「は、はい!  それが…………あっ!」

 そこで私は気付いた。
 気付いてしまった。
 両手で口元を押さえる。

「────ま、まさか!  ジョシュアくんの迷子体質は……」

 エドゥアルト様とセアラ夫人が深刻な顔で頷いた。

(な、なんてこと────)

 カーンッ!
 私の頭の中で戦いのゴングが鳴り響く。

 今日はエドゥアルト様との仲を深めるためのダブルデート(ベビー付き)
 しかし……
 デート?  そんな嬉し恥ずかし甘酸っぱいものはどこへやら。
 今、ここでは方向音痴ベテラン迷子常習犯親子との、広い広い公園にて盛大な鬼ごっこ戦いが開始されようとしていた─────……
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