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38. これから嫁ぐ家
しおりを挟むジョシュアくんにエドゥアルト様とキスをしているところを───見られた!
そもそも、なんであの子はパーティー会場を一人でフラフラしているわけ!?
「エ、エドゥアルト様!!」
「…………ふむ。ジョシュアは僕たちのキスが仲良しこよしの印だとすでに知っているのか…………賢いな」
「~~っっ! もう! 感心している場合ですかっ!」
私が顔を真っ赤にして抗議するとエドゥアルト様は楽しそうに笑い飛ばす。
「いいじゃないか! それだけギルモア家の皆が仲が良い証拠だろう!」
「そ! それは、そういうことになる……のでしょうけど」
チラッとジョシュアくんを見ると、まだニコニコ笑顔でこっちに手を振っていた。
「あうあ~」
「ジョシュア~~~~っ」
ジョシュアくんが、お兄さーん、お姉さーん! 僕……とまた何かを言いかけたところで、横からものすごい勢いでガーネット様が走って来てジョシュアくんを掴み上げる。
「あうあ~」
「ジョシュア!! 捕まえたわよ!」
ニパッ!
───お祖母様! なんていいところに! 抱っこ! 僕もお外行くです!
ジョシュアくんが手足をパタパタさせながらガーネット様に訴える。
「するりと腕から抜け出して……何を堂々と覗いているの!」
「あうあ~!」
ニパッ!
───お庭のお散歩きっと楽しいです~
「いいこと? こういうのはこっそり覗き見るのが楽しいのよ」
「あうあ!」
ニパッ!
───はい! お兄さんとお姉さんも楽しそうです!
「今日の主役はエドゥアルトとレティーシャさんなんだから」
「あうあ!」
ニパッ!
───さあ、お祖母様! お外に出るです!
「私たちはこっそり見守るのよ、と言ったでしょう? さあ、戻るわよ」
「あうあ~~」
───お祖母様~、そっちはお庭じゃないです~
「本当に返事だけはいいんだから!」
「あうあ~……」
───なーぜ~……
そのままジョシュアくんはガーネット様に抱っこされて見事に回収されて行った。
(えーーーー……)
あうあ~~(お外が遠ざかっていく~~)とガーネット様の肩越しに訴えるジョシュアくんを見ながらエドゥアルト様が呟く。
「凄いな……」
「はい、相変わらず見事に会話が噛み合っていなかったですね」
(それと、こっそり見られていたみたい)
見守るとかなんとか……それはそれで恥ずかしい……
私の言葉にエドゥアルト様は首を振る。
「いや、そうではなく。ガーネット様はやはりジョシュア捜索の達人だな!」
「は、い? 達人?」
「ああ。これが僕だったならあんなに、素早くジョシュアのことを捕まえられない。今頃、会場内を追いかけっこする羽目になるだろう!」
「……」
想像してみた。
───ジョシュア! 見つけたぞ!
───あうあ!(お兄さん! これは追いかけっこですね!?)
ペタペタペタ……
───あ、待て! ジョシュア! なぜ逃げる!
───あうあ!(遊ぶです、楽しい時間の始まりです~)
ペタペタペタペタッ……
「目をキラキラ輝かせてあのニパッとした満面の笑顔を浮かべて、エドゥアルト様の前から元気よく高速ハイハイで走り出しました……」
「だろう?」
「そんなあなたたちを会場の人たちは余興の一つだろうと思って楽しんでいます」
「だろう?」
「……」
「……」
私たちはクスッと笑い合った。
そしてもう一度、エドゥアルト様の顔が近付いてきてそっと軽く唇が触れる。
「だが───あの日、そんなジョシュアが脱走してくれたから僕は君と出会えた」
「ふふ、そうですね」
突然、聞こえた“あうあ”という声。
全速力のハイハイで私の横を駆け抜けて行ったベビー。
そんなベビーを妙ちくりんな格好で追いかけていたエドゥアルト様───
(この出会いに本当に感謝だわ)
そんなことを思いながら微笑むとエドゥアルト様がじっと私の顔を見ていた。
「エドゥアルト様? どうかしましたか?」
「……あ、いや、うん」
「?」
エドゥアルト様は私の肩を抱いていない方の手で自分の口元を押さえる。
「───やっぱり君のその笑った顔も好きだな、と改めて……思った」
「!」
その言葉にドキッと胸が跳ねる。
私はふふっと笑い返した。
「ありがとうございます、私もエドゥアルト様の照れ顔……好きですよ?」
「レティーシャ……」
嬉しそうに照れながら笑ったエドゥアルト様の顔を見て思った。
(早く、この人を踏み踏みしてみたいな……)
そうしたら、あなたはどんな顔で笑ってくれるかしら────
会場の中に戻ると、ジェローム様とステイシーは更にボロボロになっていた。
「本当に身ぐるみ剥がされていますね」
「ああ」
ステイシーは床にへたりこんで泣きじゃくっているけれど当然、彼女に手を差し伸べる人はいない。
ジェローム様はジェローム様であんなに可愛くて大切だと連呼していた義妹のことをすごい目付きで睨んでいるし。
少し前のベタベタしていた二人の様子を思い出すと嘘みたいな光景だった。
「────エドゥアルト!」
「母上?」
そんな二人を遠目から見つめる私たちに声をかけて来たのはエドゥアルト様のお母様──公爵夫人。
私は慌てて頭を下げようとした。
しかし……
(…………ん?)
私は自分の目を疑った。
公爵夫人の後ろに人がいるみたい…………なのだけど。
(この人、引きずられてない!?)
ズルズルと公爵夫人に引きずられるようにして背後に誰かいる。
性別は男性。
そして年齢や身なり、その外見から想像するに──……
「それに───父上まで」
「!」
(ですよね!?)
エドゥアルト様がサラリと公爵夫人の背後の人に向かって“父上”と呼びかけた。
───公爵閣下の登場!
そんな驚きよりも何よりも、なぜ夫人に引きずられているのかという疑問の方が強い。
また、エドゥアルト様が全くそのことを気にしている様子がない……
(……つまり、これはコックス公爵家では────普通のこと?)
気のせいだろうか。
ここ最近、私は“普通”というものが分からなくなって来た。
「レティーシャさん、お疲れ様」
「は、はい!」
公爵夫人はそのまま私に声をかけてくれる。
…………背後の人のことには一切触れずに。
「見事にカス男をペシャンコにした足捌き、見事でしてよ」
「あ、ありがとうございます」
手腕ではなく足捌き……
不思議なところを褒められた。
「エドゥアルトはお役に立てたかしら?」
「はい、とっても! たくさん、助けられました……」
私の答えに公爵夫人は満足そうに微笑んだ。
「そして───エドゥアルトのプロポーズを受けてくれてありがとう」
「あ……!」
そうだ!
公爵夫人はもう私にとってただのコックス公爵夫人ではない。
未来のお義母さま!
「わ、わたくしの方こそ! その、ふつつか者ですが───」
「堅苦しい挨拶は要らなくってよ」
「え?」
頭を下げようとした私を静止すると公爵夫人はにっこり笑った。
「今日、この場での立ち回りを見てエドゥアルトにはもう貴女しかいないと思いました」
「……!」
「我が家のお嫁さんに望むことはたった一つ! これから先、好きなだけその足でエドゥアルトを踏みつけることよ!」
「は……」
はい!
そう返事しそうになって、ん? と思った。
嫁として必要なのはマナーでも教養でも立ち居振る舞いでもダンススキルでもない……?
「まさか、こんなぴったりのお嫁さんが見つかるなんてね。エドゥアルトの三十五回のお見合い失敗は全てこの為だったのよ!」
ホホホ、と夫人は高らかに笑う。
なんの問題もなく受け入れて貰えたことはすごく嬉しい。
だけど!
そろそろ、背後の方の説明が欲しい!
「ああ、忘れていたわ。レティーシャさんは初めまして、でしたわね?」
私のチラチラした視線に気付いた公爵夫人がようやく背後に目を向ける。
そしてにっこり笑顔で私に紹介した。
「────私の夫でエドゥアルトの父親、コックス公爵家の当主よ」
(やっぱり……!)
「エドゥアルトとレティーシャさんの所に行くわよ、と言って談笑中のところを無理やり引きずって来ただけですから、気にしないで」
「……」
(気になることだらけです……)
私が戸惑っているとエドゥアルト様が、はっはっは! と笑った。
「レティーシャ。本当に気にしなくていい」
「エドゥアルト様。で、ですが……」
「父上は、母上に引きずり回されるこの時間こそが至福のひとときなんだ」
「…………は?」
この状態が────至福の……ひととき?
思わず目を剥いた。
「父上は元々、母上の護衛騎士だったんだ」
「ご、護衛騎士……」
「若い頃から母上に振り回されて振り回されて振り回されて振り回され続けた結果、こうなったそうだ!」
エドゥアルト様がハッハッハと豪快に笑う。
これは笑いごとなのかしら……?
(エドゥアルト様が、ジョエル様に踏まれて新しい扉を開いたルーツって……)
絶対にここだ!
そう私は確信した。
(……薄々感じてはいたけれど)
あのガーネット様を筆頭にとにかく濃い人たちの集まったギルモア家だけじゃない。
私がこれから嫁ぐコックス公爵家も……
めちゃくちゃ濃い人材が揃った家だ──────……
2,019
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