聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第一部:第七章 部隊演習

(四)宴と戦慄の記憶③

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 見間違いなら良かった。
 だが、確かにそこに大きな生物が居た。息を殺してやり過ごさねばならない程の威圧感と存在感。あの時、エフィアナには冗談ぽく語ったが、実際は違う。
 その気配に、背筋が冷たくなるのを感じた。見つかってしまえば、どうなるか分からない。
 あの怪物は、今まで相手にしてきた獣とは全くの別物だと直感した。圧倒的な力を持っているのは疑いようがなく、自分のような小娘の力など、通用するはずもない。
 たとえ本物の剣を握っていたとして、まともに傷を負わせることすらできないかもしれない。
 模擬剣を握る手が震えた。大きな木の陰で、覗きつつも動けない。
 一瞬、陽光で青黒く光る体毛が見えた気がした。 
 その大きさに絶句した。身の丈はラーソルバールの倍以上、三エニスト(一エニストおよそ一メートル)はあるに違いない。
 何かを探すように動き、止まり、また動く。自らの手にある模擬剣では攻撃どころか、牽制すらできない。早く去ってくれと願うしかなかった。
 そして、ラーソルバールの悲痛な願いが通じたのか、しばらくして気配は遠ざかり、消えた。
 安心した瞬間、汗が噴き出した。
 どのくらい呼吸をしていなかったか、自分でも分からない。喉がカラカラになるほど緊張し、恐怖した。思い出しただけで恐怖が蘇り、手が震える。
 騎士になるということは、あのような怪物とも対峙し、皆を守るために戦わなくてはならない。怯えていただけの自分が情けなかった。
 次は戦う。そう、心に決めた。

「ラーソル、聞いてる?」
 エフィアナがラーソルバールの顔を覗き込んだ。
「手が止まってるよ」
「あ、ごめんなさい」
 現実世界に引き戻された。
 安心できる笑顔に囲まれて今、ここで食事が出来ている。あの時、無事に帰ることが出来たから、ここに居られる。それだけで有り難いことなのかもしれない。
「どうした? 変な顔をして……。顔色が悪いな、具合でも悪いか?」
「ん、大丈夫。ちょっと疲れが出ただけ」
 ラーソルバールは作り笑顔でエフィアナに答えた。

 二日後の夕刻。
 ラーソルバールに届けられた報告は、彼女を少なからず動揺させた。
「本日、ラーソルバール・ミルエルシより報告のあった、オーガ一体を発見。討伐に成功致した。報告に感謝すると共に、以降も騎士に準ずる立場としての責務を全うされる事を期待す。ついては相応の褒賞を以って、功に報いることとする。以上、騎士団本部よりの感謝状です」
 わざわざ寮まで伝令がやってきたという事は、今回の一件は騎士団にとって、王都にとってそれなりの意味があることだったに違いない。
 少しだけ、ラーソルバールは気になったことを質問する事にした。
「討伐した、個体はどのようなものでしたか?」
「私は詳しくは存じませんが、体長は二・五エニスト超の赤毛の大物だったそうです」
 その言葉を聞いた瞬間、ラーソルバールは硬直した。
「それは、私が見たものとは、別の個体です……」
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