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第一部:第十章 エラゼルとラーソルバール(中編)

(三)エラゼルという名の脅威②

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 エラゼルの強さに驚きはしたが、想定外だったというわけではない。
 ラーソルバールを追い掛け回すのだから、同じような強さが有って当たり前だ。
「できるだけの事はやりますか」
 シェラは今度は自分からエラゼルの懐に飛び込んだ。しかし攻撃はエラゼルには届かず、さらりと流され反撃を受ける。
 猛攻を少しの間、凌いだところで急に体が重くなるのを感じた。
「くっ……」
「おや、もう終わりか?」
 速度強化の効果が切れたのだ。経験の浅い魔法では効果時間も大して長くは無い。
 通常の動きに戻ったところで、シェラは何とか二回ほどエラゼルの攻撃を受け流したが、その次の攻撃を腹部に入れられ終了となった。
「ちゃんと、最後は力を抜いてくれましたね?」
 腹部への攻撃は、軽く当てる程度のものだった。
「偶然だ……」
 エラゼルは顔をぷいと横に向けた。
(誤魔化すのが下手な人だ)
 シェラはエラゼルに気付かれないように笑った。
 エラゼルに対しての勝利の声が上がると、二人は礼をして試合場から降りた。
「お疲れ様」
 ラーソルバールが戻って来たシェラを笑顔で迎える。
「手も足も出なかったよ」
「そう? エラゼル嬉しそうだったよ」
 ラーソルバールの言葉通りなら、名前は覚えてもらえなくても良くやったと多少は彼女に認めてもらえたのだろうか。
 いや、それは思い上がりだろう。シェラは頭を掻いた。

 順調に四回戦を終えたところで、即時に五回戦に入る。
 四回戦最後の試合だったガイザが勝利を収め、ラーソルバールのもとにやって来た。
「シェラさん、残念だったね」
 ガイザは開口一番、シェラを慰める。
「残念も何も……」
 苦笑いで返す。
「ここからはゆっくりも見てられないから、準備しつつだな」
 空いている場所に腰を下ろす。
 観戦席と試合場には仕切りが無く、階段状になっているので見るには便利になっている。
 だが試合場から少々離れているため、周囲の声もあり試合中の声は聞こえない。
 四回戦までは、複数の試合場を使用していたが、五回戦からは中央のひとつしか使用しないことになっている。
「最初はエラゼルからだよ」
 わくわくしたような顔で、試合を待つラーソルバール。
(なんだ、意外に楽しんでるじゃない)
 シェラはちょっとだけ安心した。

 試合場には、エラゼルとジェスターの姿があった。
「そこの女! 一撃で地面に這いつくばらせてやるから剣だけ握ってな!」
「何? 貴様、自分が誰に何を言っているのか心得ておるのか?」 
「お前が誰だろうと関係ない。一瞬で終わらせる。そしてあのくそ女、ラーソルバール・ミルエルシを滅多打ちにして叩き潰す! 最強はこの俺、ジェスター・バゼットだ!」
 ジェスターは、切っ先をエラゼルに向けた。
「……愚か者め。下賎の者が我が宿敵の名を軽々しう口にするな。彼奴を倒すのは、このエラゼルしかおらぬ。貴様など名を覚える価値も無いような路傍の石が、思い上がった口を利くな! さっさと去ねい!」
 エラゼルが激怒した。エラゼルを良く知る者がこの場に居たら驚いた事だろう。
 普段は情緒の波がそれほど激しくなく、他者に対して多少攻撃的になる事は有っても、あくまでも表面的なもので、内面まで露にすることはない。
 だが、この時ばかりは違った。
 宿敵の名を軽々と持ち出し、エラゼルの長年の思いを踏みにじるような言葉を口にしたジェスターは、彼女の逆鱗に触れたと言っても過言ではなかった。
 圧倒的な存在感と、相手を押しつぶすほどの気迫がジェスターを襲った。
 ジェスターには自信があった。休学中にはひたすら剣を降り、研鑽を積んだ。
 この剣なら、現役騎士にだって勝てるはずだ。
 あの女にも勝てる。
 そう思っていた。目の前の相手など通過点に過ぎない。剣を握り、相手の間合いに切り込んだ。
 瞬間、体に衝撃が走った。
 二箇所、三箇所……。容赦の無い攻撃がジェスターを襲う。
 その一瞬の出来事にジェスターは声を出す間もなく膝を付き、崩れ落ちた。

「……勝者、エラゼル・オシ・デラネトゥス」
 一瞬の間の後に、エラゼルの勝利が高らかに宣言された。
「貴様など、この場に居る価値も無い。その程度の腕で何ができようか。この私が、あの宿敵のために流した汗の何万分の一にも満たぬ」
 冷たく、侮蔑するような視線をジェスターに向けると、エラゼルは試合場をあとにした。

「うへ、聞いてはいたけど、おっそろしく強いな、彼女」
 観戦していたガイザが呆れた。
「ここからじゃ、彼女が何を言っていたか聞こえないけど、一瞬、ラーソルを睨んだよな」
「ん……、多分ね」
 そう言うラーソルバールの顔が、シェラには少し嬉しそうに見えた。
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