聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第十九章 シルネラ共和国へ

(三)順調ならざる日③

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 ラーソルバールと別行動となったエラゼルだが、後ろを振り返ると四人がついてきている。意図してそう分かれたのではなく、成り行きでそうなっただけなのだが、手薄になったラーソルバールが少々心配になる。
 よもや兵士崩れに遅れをとることはあるまいと思っているが、多勢に無勢となった時にはどうなるか分からない。
「ハァッ!」
 賊の武器を持つ手を正確に切りつけ、無力化する。そこで出来た隙をついて、シェラとフォルテシアが鞘がついたままの剣で殴りつける。それでも倒れなかった相手をガイザが同じように殴り倒す、といった一連の流れが出来ている。
「相手を生かそうと思った場合、両刃ってのは意外に不便なものだな」
 ガイザがぼやいたのを聞いたフォルテシアが、頷いて同意する。
 相手を生かすことも考えた剣、まさに片刃の剣はラーソルバールのためにあるようなものだ、と今更ながらに思う。

 悲鳴が聞こえる度に右に左にと駆け回る。その間に五人は、殺された村人を何人か目にした。目を逸らせない現実に押しつぶされそうになりながらも、必死に剣を振るう。殺される寸前で救えた命もあるが、もっと早く来ていればと誰もが後悔する。
「俺たちは無力なのか!」
 走りながらもガイザが弱音を吐く。
「そんな事は無い。救えている命もある。私達は今、できることをやるだけ」
 フォルテシアが自分に言い聞かせるように応えた。自身も無力感を感じている部分が有るのだろう。
 エラゼルの手が回らないときには、シェラと二人で一対になる戦い方を心がけている。自分達の腕がまだ一人前ではないと認識して、演習の時から身に付けたやり方だが、命を掛けた戦いでは、その効果は大きい。
 とはいえ、二人が一人を相手にする分、効率は落ちる。
「私はただの足手まといですけどね」
 ディナレスの言葉が自嘲気味だったので、シェラは後ろを振り返った。
「そんなことはないよ! 癒し手が傍に居てくれる安心感は大きいもん。それに村の人たちの傷も手当して貰えるし」
 ディナレスはその言葉を得て、瞳に輝きを取り戻した。

「隊長……いや、頭《かしら》! 様子がおかしい」
 頭と呼ばれた男は、部下に言われて気が付いた。四十人を越える人数が居たはずの手下が、誰も報告に戻ってこない。周囲も静かになりつつあるし、先程まで上がっていた火の手がいつの間にか終息しつつある。
「なんだ? 村にそんな戦力は無いはずだが……」
 何故、この状況の変化を誰も報告に来ないのか。理解できない事態に思考が空回りする。
「頭、あれ!」
 部下が声を上ずらせ、慌てて指差す。振り向くと、二方向から人影がやって来るのが見えた。少ない数ではない。村人が武器や農具を手に迫ってくる。その先頭を少女や少年が率いている。
 異様な光景に言葉を失った。頭となった元部隊長が、自分の手下の多くが既に倒されたのだと悟るのに然程時間は掛からなかった。この状況では、人数からしても勝てるはずがない。
 武力を以って村を制圧しようと試みた元兵士達は、最終的には五人だけとなっており、抵抗もせずに村人に降った。
 ラーソルバールらによって倒された者達は、村の人々によって捕縛されており、数名の犠牲を出しながらも、ここで襲撃事件は終わりを告げた。

 この後、捕らえられた賊達は騎士団か領主に引き渡される事になるだろうが、仲間を殺された村の人々が黙って収監しておくとも思えず、それまで無事で居られる保証は無い。だが他所者としては、そこまで口を差し挟むことは出来ない。あくまでも「感情に流されぬよう」と付け加えることしか出来なかった。
 以後、このルバーゼ村では、少年少女の活躍が英雄譚のように語られる事になるのだが、それはまた別の話である。
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