306 / 439
第二部:第二十六章 価値
(二)その価値①
しおりを挟む
(二)
ブルテイラを発ってから三日後、ラーソルバール達はようやく王都に帰ってきた。
道中は特に問題も起きず、順調なものだったと言っていい。国内が安定しつつ有るのだと実感するには十分だった。
途中二度ほど、治安維持活動を行う騎士学校の生徒に遭遇し、挨拶を交わして無事を喜び合うなど、心穏やかな行程だった。
一方、ブルテイラの方では騎士団員数名が残り、事後調査を行っていた。
ラーソルバール達も後に知ることになるのだが、事件に関連する被害者は当然、解放した五人だけではなく、男女合わせて三十名を越えていた。女達は、弄ばれ精神を病んだ者、また飽きられたりした者は、売られたり殺されたりしていた事が発覚。
男達も含め、売られた者たちの行方は闇業者の帳簿で追うのがやっとで、全容解明、生存者の全員救出の困難さに、騎士団は頭を抱えるしかなかった。
王都に着くと、フォルテシアの父ダジルは早速、書簡を手に軍務省へと駆け込んでいった。
ラーソルバール達もまだ夕方だった事もあり、荷物を寮に置くと、モルアール、ディナレスを伴い校長室へと向かった。
「ラーソルバール・ミルエルシです」
扉をノックしてから名乗る。
「お入り下さい」
室内から穏やかな声が聞こえた。
扉を開けて室内に入ると、校長は驚いた様子もなく、立ち上がって一同を出迎える。
「終わりましたか?」
「はい……」
少し照れくさそうな様子で、ラーソルバールは短く答えた。
「無事に帰って来られて何よりです。本当にお疲れ様でした。お話は後で伺います。ではまず、私と一緒に軍務省に向かいましょう」
校長の動きは早かった。
周囲が暗くなりつつ有るにも関わらず、職員に指示すると急いで馬車を三台用意させた。
「この格好で失礼ではないですか?」
馬車の中でラーソルバールは校長に問う。
ラーソルバールらは帰ってきた姿のまま、鎧を身につけ、正装とは程遠い姿で軍務省に向かうことになってしまったからだ。
校長なら良いという訳ではないが、やはり国家機関だけに気を使う。
「その姿で立派に任務を果たしてきたのですから、何の問題も無いでしょう。むしろ胸を張ってください」
そう言って、校長はラーソルバールの心配を一笑に付した。
とはいえ、過去にも訪れた事があるものの、気軽にやって来る場所ではないという思いが強い。エラゼルと顔を見合わせると、互いに苦笑した。
軍務省に入ると、校長が全ての手続きを行い、ラーソルバール達は言われるがままに、軍務省館内奥の会議室へと連れてこられた。
待ち受けていたのは軍務大臣他、軍務に関わる重要な役職に就いた人々。
ラーソルバール達は臆することなく一連の出来事を細かに説明し、ルクスフォール家に関しては助力を請うたとだけ述べ、深くは触れなかった。余計な詮索をされたり、怪しまれるのを避けたかったからである。
闇の門と門石について触れようとした丁度その時、魔法院の人々が現れたので、その着席を待ってから現物とファタンダールの研究資料を提出し、モルアールが説明を行う事になった。
説明が終わると最後に一言、ラーソルバールが付け加える。
「差し出がましいようですが、この石と研究資料は処分するか、厳重に保管したうえで使用しないようにする事を、切に願います」
室内がどよめく。
「何故そう思う。この技術が有れば、我が国は他国に対し大きく差を付ける事が出来る。その意味が分からぬでも有るまい?」
軍務大臣ナスターク侯爵は静かに問いかける。
「理解しているつもりです。帝国がこの技術を手にしているのならば、使う事を否定致しません。ですが……、魔法院の方ならば、アヴォレアという言葉を聞けば、私の意図をご理解頂けるのではないでしょうか」
「常闇の森に消えた国……」
水を向けられた魔法院所属のひとりが静かに呟いた。
「……アヴォレアが辿った道……そうか、これが元凶か。まさに他国がこの技術を恐れて、いや欲してかもしれぬが、我が国を滅ぼそうとする、ということか?」
ラーソルバールは黙ったまま、微動だにしなかった。自分の言葉がこの国の未来を決めかねない、恐ろしい分岐点に居ることを理解していたからだ。
「分かった。君の意見は十分に理解したし、尊重するが、決めるのは陛下だと理解しておいてくれ」
軍務大臣の声が低く響いた。
ブルテイラを発ってから三日後、ラーソルバール達はようやく王都に帰ってきた。
道中は特に問題も起きず、順調なものだったと言っていい。国内が安定しつつ有るのだと実感するには十分だった。
途中二度ほど、治安維持活動を行う騎士学校の生徒に遭遇し、挨拶を交わして無事を喜び合うなど、心穏やかな行程だった。
一方、ブルテイラの方では騎士団員数名が残り、事後調査を行っていた。
ラーソルバール達も後に知ることになるのだが、事件に関連する被害者は当然、解放した五人だけではなく、男女合わせて三十名を越えていた。女達は、弄ばれ精神を病んだ者、また飽きられたりした者は、売られたり殺されたりしていた事が発覚。
男達も含め、売られた者たちの行方は闇業者の帳簿で追うのがやっとで、全容解明、生存者の全員救出の困難さに、騎士団は頭を抱えるしかなかった。
王都に着くと、フォルテシアの父ダジルは早速、書簡を手に軍務省へと駆け込んでいった。
ラーソルバール達もまだ夕方だった事もあり、荷物を寮に置くと、モルアール、ディナレスを伴い校長室へと向かった。
「ラーソルバール・ミルエルシです」
扉をノックしてから名乗る。
「お入り下さい」
室内から穏やかな声が聞こえた。
扉を開けて室内に入ると、校長は驚いた様子もなく、立ち上がって一同を出迎える。
「終わりましたか?」
「はい……」
少し照れくさそうな様子で、ラーソルバールは短く答えた。
「無事に帰って来られて何よりです。本当にお疲れ様でした。お話は後で伺います。ではまず、私と一緒に軍務省に向かいましょう」
校長の動きは早かった。
周囲が暗くなりつつ有るにも関わらず、職員に指示すると急いで馬車を三台用意させた。
「この格好で失礼ではないですか?」
馬車の中でラーソルバールは校長に問う。
ラーソルバールらは帰ってきた姿のまま、鎧を身につけ、正装とは程遠い姿で軍務省に向かうことになってしまったからだ。
校長なら良いという訳ではないが、やはり国家機関だけに気を使う。
「その姿で立派に任務を果たしてきたのですから、何の問題も無いでしょう。むしろ胸を張ってください」
そう言って、校長はラーソルバールの心配を一笑に付した。
とはいえ、過去にも訪れた事があるものの、気軽にやって来る場所ではないという思いが強い。エラゼルと顔を見合わせると、互いに苦笑した。
軍務省に入ると、校長が全ての手続きを行い、ラーソルバール達は言われるがままに、軍務省館内奥の会議室へと連れてこられた。
待ち受けていたのは軍務大臣他、軍務に関わる重要な役職に就いた人々。
ラーソルバール達は臆することなく一連の出来事を細かに説明し、ルクスフォール家に関しては助力を請うたとだけ述べ、深くは触れなかった。余計な詮索をされたり、怪しまれるのを避けたかったからである。
闇の門と門石について触れようとした丁度その時、魔法院の人々が現れたので、その着席を待ってから現物とファタンダールの研究資料を提出し、モルアールが説明を行う事になった。
説明が終わると最後に一言、ラーソルバールが付け加える。
「差し出がましいようですが、この石と研究資料は処分するか、厳重に保管したうえで使用しないようにする事を、切に願います」
室内がどよめく。
「何故そう思う。この技術が有れば、我が国は他国に対し大きく差を付ける事が出来る。その意味が分からぬでも有るまい?」
軍務大臣ナスターク侯爵は静かに問いかける。
「理解しているつもりです。帝国がこの技術を手にしているのならば、使う事を否定致しません。ですが……、魔法院の方ならば、アヴォレアという言葉を聞けば、私の意図をご理解頂けるのではないでしょうか」
「常闇の森に消えた国……」
水を向けられた魔法院所属のひとりが静かに呟いた。
「……アヴォレアが辿った道……そうか、これが元凶か。まさに他国がこの技術を恐れて、いや欲してかもしれぬが、我が国を滅ぼそうとする、ということか?」
ラーソルバールは黙ったまま、微動だにしなかった。自分の言葉がこの国の未来を決めかねない、恐ろしい分岐点に居ることを理解していたからだ。
「分かった。君の意見は十分に理解したし、尊重するが、決めるのは陛下だと理解しておいてくれ」
軍務大臣の声が低く響いた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる