聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十七章 違う場所

(一)友の家①

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(一)

 春の風舞う朝、ミルエルシ家の前に豪奢な馬車が停まった。
 何事かと足を止める人、窓から様子を眺める者、周囲は騒然となった。邸宅と呼べるような家ではなく、住宅街にある少し大きめの家。そんな場所に不釣合いな物が現れたのだから、その反応は当然と言えば当然である。
 以前にもドーンウィル家や、フェスバルハ家などの馬車がラーソルバールのためにやってきた事が有ったが、少々豪華な馬車というもので、さして驚かれる事は無かった。
 そもそも、ミルエルシ家が男爵家であるという事を知っている者はそれ程多くない。隣近所であれば知っていて当然であり、それなりの付き合いをしているが、家の前を通る全ての人がそうだとは限らない。
 何事かと遠巻きに見つめる人々が幾重にも重なり、何処かの貴族があの家の娘を妾にするためにやってきたのだろうと、口さがなく言う者も現れる。
 だが、そんな想像はすぐに吹き飛ばされた。
 馬車からゆっくりと降りてきたのは、白いドレスを纏った驚くような美少女。その少女が家の前で何かを叫ぶと、中から現れたのは赤いドレスを纏った美しい少女。
 その光景を見ていた者達は目を白黒させ、事の成り行きを見守っていた。
 誰かが言った。
「あの赤いドレスはミルエルシ男爵家のご令嬢で、先日準男爵になられたラーソルバール嬢だよ」
 どよめきが起こり、また誰かが呟く。
「あの馬車の家紋は、デラネトゥス家のものだ」
「ああ、するとあの白いドレスの娘は公爵家の令嬢か」
 朝の静かな住宅街が、騒然となる事件だった。

 前日にエラゼルから「迎えに行く」と言われていたものの、このような形になるとは思っても居なかった。当のラーソルバールにしてみれば、もう少し目立たない迎えであって欲しかったところだ。
 馬車など無くとも徒歩で問題ない距離だが、ドレスで歩けば目立つし、履き慣れない靴では足を痛めそうな気もすると、やむを得ず受け入れたが、果たしてそれで良かったのかと、自問自答する。
 準備の方は前日にマーサに話していた事もあり、化粧と着付けを手伝って貰えたおかげで悪戦苦闘する事も無く、迎えの時間に間に合わせることができた。
 馬車に揺られながら、ラーソルバールは普段とは違う雰囲気の友を見つめる。公爵家の令嬢に戻ったエラゼルは、いつも以上に気品を漂わせ凛とした佇まいで座っている。
「今日は私だけ?」
 ラーソルバールの問いに、エラゼルは人差し指を顎にあてて、少し考えるような素振りを見せた。
「ああ、姉上が誰かと会う約束があるとか言っていたな……」
「じゃあ、お邪魔しないようにしないとね」
 それはラーソルバールの本音である。
 未だに貴族としての振る舞いがどういうものか、という基礎知識が足りない。他の貴族の目からすれば、恐らく礼儀や所作などは必要十分なものではないだろう。それだけに、他者の目に付かぬようしなくてはならない。
 だが、爵位まで与えられた身としてはそうも言っていられない、というのが現在の悩みどころだ。剣ばかりにかまけていて、魔法ばかりか礼儀作法までもを置き去りにしてきたツケが出ていると言ってもいい。
 そんな乗客の悩みなど関係無く、馬車は街を軽快に走り、公爵家王都別邸に到着した。

「いらっしゃいませ、ラーソルバール・ミルエルシ様」
 警備の者達や、数名のメイドが頭を下げて出迎える。さすが公爵家と思わせる行き届いた教育統制に感嘆させられた。
 ラーソルバールは馬車を降りながら、周囲を見渡し出迎えた人々の顔を見る。ずっと気になっていた事がひとつあった。それはエラゼルにも聞けなかった、というよりは聞くのが恐ろしかった事。ラモサでの出来事が有った後では、尚更口にすることが憚られた事だ。
 そう、それはエラゼルの誕生会で暗殺者の毒刃を受けた、警護の男性がどうなったか、という事。ラモサで会った暗殺者は毒消しを飲み、一命を取り留めたとは言え、片腕を失った。では、同じように大怪我をした警護の男性はどうなったのか。
「どうした?」
 馬車を降りた後、誰かを探すように周囲を見回すラーソルバールの姿を見て、エラゼルが声をかけた。
「あの人は……あの警護の……」
 そこまで言ったところで、エラゼルが得心したようにラーソルバールの髪を撫でた。
「レガードなら無事だ。毒消しを飲ませた後、毒消しの魔法と回復魔法で対応をしたので、暗殺者のように壊死した場所など無く五体満足だ。……うちの警護にまで気を使わせて済まぬな……」
 エラゼルの言葉にほっとしたように、ラーソルバールは大きく息を吐いた。
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