聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第二十八章 行いと見返り

(三)手招き①

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(三)

 気付くと、ラーソルバールは暗闇に立っていた。
 何故かもっと深い闇に呼ばれているような、此方へ来いと言われているような不思議な感覚に囚われる。そこへ行ってしまえば戻れないと漠然と理解し、「違う」と首を振るが、闇の誘いは消えない。

 先程までは違う場所に立っていた気がするが、それが何処だったのか全く思い出す事ができない。
 視界を覆い尽くす暗闇に、夜かと考えたが、星ひとつ見えない。では建物の中のような閉鎖空間かというとそれも違う。その事に戸惑いを覚えるが、思い当たる場所がひとつあった。
「常闇の森?」
 ラーソルバールは自問する。
 常闇の森の探索は終えた気がするが、気のせいだったろうか。
 不安になり周囲を見回したが、旅の仲間はいない。
「シェラ! エラゼル!」
 声に出しても反応が無い。仲間を探したくても、真っ暗で何も見えない。明かりを灯そうにも、松明もランタンも持っていない事に気が付いた。
「そうだ、ランタンはシェラかフォルテシアが持っててくれたんだっけ」
 思い出したように、ひとりつぶやく。
 仕方が無いと思い、苦手な魔法の光に挑戦するが、全く思う通りに使えない。数度の挑戦で諦めると、光の欠片も無い場所を手探りで歩く。
 木の根は足元に無いか、窪みは無いか、崖は……。それさえも分からない。
 不安に駆られ腰に手をやるが、剣が無い事に気付く。
 武器も無ければ、所持している物も何も無い。こんな時に何かに襲われたら、ひとたまりもないではないか。
 だが、諦めたらそこで終わる。歩かなくては、ここから抜け出さなくては。その思いで歩みを止めないが、周囲が段々と寒くなってくるのを感じるとともに、歩くのも辛くなってきた。
 手先が冷たい。暖めようと服のポケットに手を突っ込む。
「寒いなぁ」
 足を止めて座り込む。

 そういえば、さっき頭の中に「父の仇」という言葉が響いてきた気がする。ほんの僅かな声。いつだっただろうか。思い出せない……それを考えるのも面倒だ。
 自分が身を守る為に手にかけた者に、子供が居たのか。自分は不幸な子供を作ってしまったのか。けれど騎士になれば、きっと同じような子供を沢山作ってしまうかもしれない。
 いや、それは驕り。真っ先に死ぬのは自分かもしれないではないか。
 ラーソルバールは自嘲する。

 そうだ、誰かが「父の恨み」と言っていた。誰だったか。

 ……思い出した、あの魔法使いだ。名前は……。
「ファタンダール……」
 自身の声だけが暗闇の中で響く。
 そうか、憎まれていたのか。……誰に? 彼に?
 彼の父を自分が殺したのか?
 違う。では、誰が……。

 悩みながら考えていたら、ふとシェラが、エラゼルが泣き顔で自分を呼んでいる気がした。彼女たちの泣き顔が浮かぶなんて、どうしてだろう。二人に何か有ったのだろうか。
 ラーソルバールは急いで行かなきゃ、と立ち上がってみたものの、方角が分からない。何処へ向かえばいいのか?
 暗闇の中、自分は何処へ行けは二人に会えるんだろう。大好きな友たちの居る場所へ戻りたい。
「常闇の森。広いしなぁ」
 フォルテシアも、ディナレスも、ガイザも、モルアールもどこに居るんだろう。
 ラーソルバールは大きくため息をついた。

 ふと右手が温かくなるのを感じた。
 そして何故か確信した。遠くでエラゼルが呼んでる、と。
 行かなくちゃ。そう思って声がした気がする方角へ走る。けれど、暗闇は何処までも続く。
 足も体も冷たい。けれど、この右手だけが確かに暖かい。まるで人の温もりのように。その温もりからは、自分の物とは違う誰かの不安を感じる。

「ラーソルバール!」

 ああ、エラゼルが遠くで呼んでる。自分だけが仲間からはぐれていたのか。だから心配してくれてたんだ。ラーソルバールは走った。
 しばらく走ると、遠くに僅かな光が見えた。
 同時に、ほんの少しだけ体が温かくなった気がした。けれど、走っても光には届かない。
「あれ、遠いなあ」
 手を伸ばしても掴めない光。
 自分は何処に迷い込んだのだろう。きっと常闇の森では無い別の場所だ、とラーソルバールはようやく理解した。

 帰りたい、友の居る場所へ。
 涙が頬を濡らした。
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