聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第二部:第三十章 運命と時は流れるままに

(四)合同訓練③

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「来たのはエラゼルかな?」
 ラーソルバールは背にしていた小盾を左手に持つと、模擬剣を腰の鞘から抜き放つ。
 以前のエラゼルであれば、自身の策を通したに違いないが、今の彼女は他者の意見を尊重して優先させている可能性がある。だがもしエラゼルが主導しているのであれば、その接近すら罠である可能性がある。
 だが、迎え撃つ側としてみれば、裏にどんな策が有ろうと敵が来る事が分かっていれば、奇襲ではない。冷静に対処すれば良い。
 街道反対側の森に姿を隠せば、あるいはやり過ごせるかもしれないが、ここは一戦して敵の様子を見るべきだろう。
「少し後退して、岩場を利用し敵に対して優位を作る! 前方から接近する敵だけに気を取られる事なく、左右からの攻撃にも警戒せよ!」
 後方三班との位置関係が気になるが、開けた場所に居ては不利になる。班長であるルッシャーの指示は的確だった。
 僅かな休憩時間だったが、それでも一年生達の疲労は少しは和らいだに違いない。
「弓担当は岩や木の陰から狙撃できるよう身を隠せ!」

 静寂の時が流れる。
 岩陰に身を潜めるが、相手が来ない。こちらの動きも相手の斥候に察知されているに違いないが。
(遅い。相手も合流を待っている?)
 ラーソルバールが背後から来ているはずの三班を確認しようと、振り返った直後だった。鳥の鳴き声だろうか、高い音が響いた。
(鳥? ……違う)
 そして返すようにもう一度。
「合図? 敵軍、来ます! 両側面に注意してください!」
 ラーソルバールの声が響いた直後、左右から挟撃する形で赤軍の二つの班が同時に現れた。
「弓兵は敵を減らせ! 盾の有る者は弓兵を守りつつ、敵軍を殲滅!」
「岩場を有効に活用して身を守れ!」
 挟撃にも慌てる事無く、班長と副班長から指示が飛ぶ。

「さて、私は与えられた仕事をこなしますか」
 ラーソルバールは自らに言い聞かせるようにつぶやくと、飛んでくる矢を剣で薙ぎ払う。襲い掛かる矢をひとしきり叩き落した頃には、敵側の生徒達がすぐ近くまで駆け寄ってきていた。
「リシェルさん、いくよ」
「は……ハイ!」
 背後にいた、リシェルに声をかけると、寄って来る敵に立ち向かうように地を蹴った。
 相手は同じ騎士学校の生徒。まだ騎士と呼べるだけの実力を備えていないとしても、盗賊や寄せ集めの兵よりも強い。連携も取れているので油断をすれば、負ける可能性も有る。
「ミルエルシが来た!」
 口々に叫び、大盾を持った生徒達が前方を固める。
 ラーソルバールはそれを見て取ると、後ろに跳び退ると、再度魔力を込めて大地を蹴り、前面の相手を盾ごと蹴り飛ばした。
「どこに相手を蹴り飛ばす騎士がいるか!」
 聞き慣れた声が響く。
 突き出された数本の剣を掻い潜り、蹴り飛ばして出来た隙間に突っ込むと、あっという間に左右の盾約の塗料袋を破裂させて死亡扱いにする。
 次に切りかかってきた二人を盾と剣で捌くと、半歩後退して斜め上に切り上げて一人を倒す。
「同じ学生で何でこんなに!」
 焦る声が聞こえる。同じ生徒であるはずなのに、圧倒的な力量の差を見せ付けられ、驚愕し腰が引ける。
「これ以上は好きにさせぬ!」
 ラーソルバールを狙う敵の中に、鋭い剣が混じる。その一撃を辛うじて盾で防ぐと、一歩後退する。
「ミルエルシに加勢しろ!」
 同じ一斑がラーソルバールと肩を並べて、相手を押し返す。挟撃されていながらも、班の士気は下がっていない。むしろ背後からやってくるはずの三班の到着まで何としても持たせる、という意志が見える。

「エラゼル、相手をするよ!」
 班員の参加に余裕ができたのか、ラーソルバールはにやりと笑って、眼前にやってきた敵軍の班長である友を迎える。
「今日こそは勝たせてもらうぞ!」
 エラゼルの振り下ろした剣は盾に阻まれ、ラーソルバールの塗料袋には届かない。
 ラーソルバールがエラゼルの隙を突いて、剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
「えっ?」
 目眩のような感覚に襲われ、手が止まる。それはラーソルバールだけが感じたものではなかった。
 周囲の木々が激しい音を立ててざわめき、必死に受け止めようとしたエラゼルの顔にも戸惑いが浮かぶ。
「何だ!」
 突然の出来事に全員が手を止め、自らの身に起きている状況を把握しようとする。
 地が振動し、感じた事の無い不快感が襲い掛かる。
 周囲の岩に亀裂が走り、細かい石となって崩れ落ちる。
「地震!?」
 文献に出てくる、大地を揺らす自然現象だという知識はある。
 ラーソルバール自身も二度ほど小さな地震と思われるものを体験した事はあった。だが、このヴァストールで、ここまで大きな地震など発生した事は史書にも記録が無い。
 大きく長い振動が続き、誰もが抱いた戸惑いは、やがて恐怖に変わる。

 八月十七日、この日、大陸に衝撃が走った。
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