421 / 439
第三部:第三十五章 出陣
(三)戦端②
しおりを挟む
近隣の村からの避難民の受け入れも順調に行われ、三十一日夕方には砦への物資搬入も終わった。これでようやく、レンドバール迎撃への準備は整ったと言って良い。
そして四月三十三日。
敵軍が砦から十レリュース(約十キロメートル)の距離までやって来た、との報がもたらされた。
この日の朝方には、別動隊が非戦闘員の離脱を装って砦を出立しており、砦の外で周辺監視を名目に待機させていた部隊と合流して、目的地まで隠密で移動する手筈になっている。
砦も防衛戦の準備も抜かりなく行われており、後は作戦通り行動するだけとなっていた。
「問題は、内通者、離反者がいつどの程度出るか、か……」
ジャハネートのつぶやきは、戦闘準備に追われる砦の喧騒に紛れた。
レンドバール軍はここまで多少の誤算があったものの、ある程度は順調にきており、あとは戦闘可能な距離まで詰めるだけとなっている。
誤算とは、以下の二点。
ひとつ目は進軍中に豪雨に見舞われたが、物資の不足を理由に行軍を続けたばかりに、病人を多く出してしまったこと。ふたつ目はヴァストールを誘い出すための、囮に使おうと思っていた村が無人であったこと。
だた、いずれも大きな戦略の練り直しに直結するものではなかったのが、不幸中の幸いだと言えるのかもしれない。
「ボーダート大将軍!」
レンドバール軍の指揮権を預かる宿将は、不意に名を呼ばれて思索の森を出た。
「先程、グルアル殿が病を発したと伺いました。彼に代わり、先鋒は私にお任せ頂きたく、お願いに参りました」
見れば黒い鎧を纏った長身の男が、傍らに騎馬を寄せていた。彼は猛将と呼ばれるディガーノン将軍で、良く知った仲でもある。
「貴殿には中央の主軸を任せてあったと思うのだが……」
「敵が打って出るかも分かりませぬ。後ろで控えるよりは、少しでも相手に喰らい付き、砦より引きずり出さねばなりません。長期戦など叶わぬ糧食でありましょう?」
本国から物資として運び出した物は多くない。地震の影響が小さかった領主が工面してくれた補充分があって、ようやく戦えるだけの量になっているのだ。無駄に浪費するような戦い方はできないと分かっている。
「確かにその通りではある。だが情報によると、相手も曲者揃いらしいので油断はできん。三万を超える兵力を有するとはいえ、あのカラール砦が相手だ。無駄に戦力を浪費したくもない」
ボーダートは慎重論を口にする。
「であれば、尚更でございます。相手が様子見に出たところを一気に食い破ってくれましょう。それにはやはり初手から全力で行く必要がございます」
「……あい分かった。深追いは避けるように」
血気にはやる若手の将軍をなだめすかすのを早々に諦めた。離反の内諾も取れているとはいえ、勝ち目はそう多くない。ディガーノンの武力に期待してみてもよいかもしれない、という考えが頭をもたげたせいでもある。
「有難う御座います! 必ずや、大きな戦果を挙げてご覧に入れます!」
恭しく頭を下げた後、上機嫌で自らの部隊に戻るディガーノンの背を眺めながら、ボーダートはその若さを羨み、自らの白髪ばかりの髪を不満げに掻き揚げた。
その頃、カラール砦を発した別働隊はシジャードの指揮の下、百名毎の分隊で森の中を進んでいた。
物見から、敵本隊が砦に向かっているとの報告が入っている。輸送部隊は予想通り後方に配置され、本隊とはやや距離を開けているのは間違いない。戦端が開かれれば輸送部隊は固定され、その距離は広がるのは想像に難くない。
「森に対する警戒が薄いな」
シジャードが部下に漏らした一言が、レンドバールの現状を物語っている。
常闇の森であれば、怪物を警戒して兵を動かすのを躊躇することもある。だが、今ヴァストールの兵が息を潜めているのは常闇の森とは離れた森で、カラール砦の名の元となったカラリール大森林である。
レンドバールにとっては、大きな森といえば常闇の森という危険地帯であるため、その一部のように思われているカラリール大森林に兵を伏せる、という思考に至らないのかもしれない。
であれば好都合だ。シジャードは立案者の顔を思い出し、ひとり笑みを浮かべた。
そして四月三十三日。
敵軍が砦から十レリュース(約十キロメートル)の距離までやって来た、との報がもたらされた。
この日の朝方には、別動隊が非戦闘員の離脱を装って砦を出立しており、砦の外で周辺監視を名目に待機させていた部隊と合流して、目的地まで隠密で移動する手筈になっている。
砦も防衛戦の準備も抜かりなく行われており、後は作戦通り行動するだけとなっていた。
「問題は、内通者、離反者がいつどの程度出るか、か……」
ジャハネートのつぶやきは、戦闘準備に追われる砦の喧騒に紛れた。
レンドバール軍はここまで多少の誤算があったものの、ある程度は順調にきており、あとは戦闘可能な距離まで詰めるだけとなっている。
誤算とは、以下の二点。
ひとつ目は進軍中に豪雨に見舞われたが、物資の不足を理由に行軍を続けたばかりに、病人を多く出してしまったこと。ふたつ目はヴァストールを誘い出すための、囮に使おうと思っていた村が無人であったこと。
だた、いずれも大きな戦略の練り直しに直結するものではなかったのが、不幸中の幸いだと言えるのかもしれない。
「ボーダート大将軍!」
レンドバール軍の指揮権を預かる宿将は、不意に名を呼ばれて思索の森を出た。
「先程、グルアル殿が病を発したと伺いました。彼に代わり、先鋒は私にお任せ頂きたく、お願いに参りました」
見れば黒い鎧を纏った長身の男が、傍らに騎馬を寄せていた。彼は猛将と呼ばれるディガーノン将軍で、良く知った仲でもある。
「貴殿には中央の主軸を任せてあったと思うのだが……」
「敵が打って出るかも分かりませぬ。後ろで控えるよりは、少しでも相手に喰らい付き、砦より引きずり出さねばなりません。長期戦など叶わぬ糧食でありましょう?」
本国から物資として運び出した物は多くない。地震の影響が小さかった領主が工面してくれた補充分があって、ようやく戦えるだけの量になっているのだ。無駄に浪費するような戦い方はできないと分かっている。
「確かにその通りではある。だが情報によると、相手も曲者揃いらしいので油断はできん。三万を超える兵力を有するとはいえ、あのカラール砦が相手だ。無駄に戦力を浪費したくもない」
ボーダートは慎重論を口にする。
「であれば、尚更でございます。相手が様子見に出たところを一気に食い破ってくれましょう。それにはやはり初手から全力で行く必要がございます」
「……あい分かった。深追いは避けるように」
血気にはやる若手の将軍をなだめすかすのを早々に諦めた。離反の内諾も取れているとはいえ、勝ち目はそう多くない。ディガーノンの武力に期待してみてもよいかもしれない、という考えが頭をもたげたせいでもある。
「有難う御座います! 必ずや、大きな戦果を挙げてご覧に入れます!」
恭しく頭を下げた後、上機嫌で自らの部隊に戻るディガーノンの背を眺めながら、ボーダートはその若さを羨み、自らの白髪ばかりの髪を不満げに掻き揚げた。
その頃、カラール砦を発した別働隊はシジャードの指揮の下、百名毎の分隊で森の中を進んでいた。
物見から、敵本隊が砦に向かっているとの報告が入っている。輸送部隊は予想通り後方に配置され、本隊とはやや距離を開けているのは間違いない。戦端が開かれれば輸送部隊は固定され、その距離は広がるのは想像に難くない。
「森に対する警戒が薄いな」
シジャードが部下に漏らした一言が、レンドバールの現状を物語っている。
常闇の森であれば、怪物を警戒して兵を動かすのを躊躇することもある。だが、今ヴァストールの兵が息を潜めているのは常闇の森とは離れた森で、カラール砦の名の元となったカラリール大森林である。
レンドバールにとっては、大きな森といえば常闇の森という危険地帯であるため、その一部のように思われているカラリール大森林に兵を伏せる、という思考に至らないのかもしれない。
であれば好都合だ。シジャードは立案者の顔を思い出し、ひとり笑みを浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる