聖と魔の名を持つ者 ~その娘、聖女か魔女か。剣を手にした令嬢は、やがて国家最強の守護者となる~

草沢一臨

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第三部:第三十五章 出陣

(三)戦端②

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 近隣の村からの避難民の受け入れも順調に行われ、三十一日夕方には砦への物資搬入も終わった。これでようやく、レンドバール迎撃への準備は整ったと言って良い。
 そして四月三十三日。
 敵軍が砦から十レリュース(約十キロメートル)の距離までやって来た、との報がもたらされた。
 この日の朝方には、別動隊が非戦闘員の離脱を装って砦を出立しており、砦の外で周辺監視を名目に待機させていた部隊と合流して、目的地まで隠密で移動する手筈になっている。
 砦も防衛戦の準備も抜かりなく行われており、後は作戦通り行動するだけとなっていた。
「問題は、内通者、離反者がいつどの程度出るか、か……」
 ジャハネートのつぶやきは、戦闘準備に追われる砦の喧騒に紛れた。

 レンドバール軍はここまで多少の誤算があったものの、ある程度は順調にきており、あとは戦闘可能な距離まで詰めるだけとなっている。
 誤算とは、以下の二点。
 ひとつ目は進軍中に豪雨に見舞われたが、物資の不足を理由に行軍を続けたばかりに、病人を多く出してしまったこと。ふたつ目はヴァストールを誘い出すための、囮に使おうと思っていた村が無人であったこと。
 だた、いずれも大きな戦略の練り直しに直結するものではなかったのが、不幸中の幸いだと言えるのかもしれない。
「ボーダート大将軍!」
 レンドバール軍の指揮権を預かる宿将は、不意に名を呼ばれて思索の森を出た。
「先程、グルアル殿が病を発したと伺いました。彼に代わり、先鋒は私にお任せ頂きたく、お願いに参りました」
 見れば黒い鎧を纏った長身の男が、傍らに騎馬を寄せていた。彼は猛将と呼ばれるディガーノン将軍で、良く知った仲でもある。
「貴殿には中央の主軸を任せてあったと思うのだが……」
「敵が打って出るかも分かりませぬ。後ろで控えるよりは、少しでも相手に喰らい付き、砦より引きずり出さねばなりません。長期戦など叶わぬ糧食でありましょう?」
 本国から物資として運び出した物は多くない。地震の影響が小さかった領主が工面してくれた補充分があって、ようやく戦えるだけの量になっているのだ。無駄に浪費するような戦い方はできないと分かっている。
「確かにその通りではある。だが情報によると、相手も曲者揃いらしいので油断はできん。三万を超える兵力を有するとはいえ、あのカラール砦が相手だ。無駄に戦力を浪費したくもない」
 ボーダートは慎重論を口にする。
「であれば、尚更でございます。相手が様子見に出たところを一気に食い破ってくれましょう。それにはやはり初手から全力で行く必要がございます」
「……あい分かった。深追いは避けるように」
 血気にはやる若手の将軍をなだめすかすのを早々に諦めた。離反の内諾も取れているとはいえ、勝ち目はそう多くない。ディガーノンの武力に期待してみてもよいかもしれない、という考えが頭をもたげたせいでもある。
「有難う御座います! 必ずや、大きな戦果を挙げてご覧に入れます!」
 恭しく頭を下げた後、上機嫌で自らの部隊に戻るディガーノンの背を眺めながら、ボーダートはその若さを羨み、自らの白髪ばかりの髪を不満げに掻き揚げた。

 その頃、カラール砦を発した別働隊はシジャードの指揮の下、百名毎の分隊で森の中を進んでいた。
 物見から、敵本隊が砦に向かっているとの報告が入っている。輸送部隊は予想通り後方に配置され、本隊とはやや距離を開けているのは間違いない。戦端が開かれれば輸送部隊は固定され、その距離は広がるのは想像に難くない。
「森に対する警戒が薄いな」
 シジャードが部下に漏らした一言が、レンドバールの現状を物語っている。
 常闇の森であれば、怪物を警戒して兵を動かすのを躊躇することもある。だが、今ヴァストールの兵が息を潜めているのは常闇の森とは離れた森で、カラール砦の名の元となったカラリール大森林である。
 レンドバールにとっては、大きな森といえば常闇の森という危険地帯であるため、その一部のように思われているカラリール大森林に兵を伏せる、という思考に至らないのかもしれない。
 であれば好都合だ。シジャードは立案者の顔を思い出し、ひとり笑みを浮かべた。
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