魔獣の友

猫山知紀

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第22話 退治

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 月明かりが照らす夜に獣の重い足音と剣を振る音が木霊こだましていた。
 巨大ヒジカとリディが対峙してから四半刻ほどの時間が経っていた。

 リディは呼吸を乱さず今も右手を前に半身に剣を構えている。
 対して巨大ヒジカは体に多くの傷がつき、流れる血液と固まった血液で体は赤黒くなり、荒い呼吸を繰り返していた。

 巨大ヒジカはまた頭を低くし、角を前に出し突進の構えをとる。
 リディはじっとその姿を見つめている。もう何度も一人と一頭が繰り返した動きだ。

 巨大ヒジカは角を大きく振り回しながらリディに向かって突進する。多くの血を流したせいか戦い始めの頃の速さはもうなかった。傍から見ているとデタラメに暴れるような動きでリディに迫る。

 その様子を見てリディが動きを変えた。剣を両手で持ち、低く構え直す。
 巨大ヒジカはリディの動きには気を留めず、そのままリディに迫る。

 戦いの中繰り返したリディが巨大ヒジカの攻撃を躱す動作に入るタイミングはほぼ一定だった。そのタイミングを基本として、巨大ヒジカの首を振る動き、体の動きを見極めてタイミングに変化を加えていた。

 その、今までだったら躱す動作を始めていたタイミングでリディは構えていた剣を大きく振りかぶった。
 そして、地面を蹴って飛び上がると、突っ込んでくる巨大ヒジカの脳天、角の付け根辺りをめがけて剣の腹を思い切り叩きつけた。

 辺りに鐘の音のような音が響き渡り、リディの一撃を受けた巨大ヒジカの動きが止まった。

 その隙を逃さずリディは着地するとすぐに次の動きに移る。
 まだ動かない巨大ヒジカの体の下に潜ると、巨大ヒジカの肋骨の下をめがけて剣を突き出した。

 剣に貫かれた巨大ヒジカは声を上げることもなく静かに地面へと倒れた――。



「あー、つーかーれーたー」

 巨大ヒジカが倒れ動かなくなったことを確認すると、リディは息を吐いて自身も地面へと大の字になって倒れこんだ。
 その様子を見て、ニケたちがリディの側へと近づいてくる。

「長かったね」
「全くだ、こんなにタフだとは思わなかったぞ」
「足とか狙えばもっと早く倒せたんじゃないの?」
「かも知れないが、確実に殺せるぐらいまで弱らせなければ、こんな巨体一歩間違えれば私が死ぬぞ」

 あの大きな体から繰り出される攻撃をまともにくらえば、良くて大怪我、悪ければ命を落とす。そうならないためにリディは確実に勝てる方法をとったのだ。

 巨大ヒジカの動きを見極め、最小の動きで躱し斬りつける。その繰り返しは非常に神経を使う戦い方だった。
 集中力を切らし、巨大ヒジカの攻撃をもろにくらえば無事では済まない。その恐怖に耐える必要もあった。
 そんな集中力のいる戦い方をリディは四半刻続けた。
 そして巨大ヒジカが弱り、動きが鈍ったところにトドメを刺した。
 リディとしてはこの戦い方が一番リスクが低いと判断した結果だった。

「どうしよっか、これ」
「どうしようもないな。荷車にも乗らないし、明日の朝一でギルドに報告するしかないだろ」

 巨大ヒジカの死体を見ながらどうしたものかと考えるが、借りている荷車で運ぶことはとてもできないので、その場に置いておく他なかった。
 荷車を返し終わった足でギルドに向かい、職員に連絡するしかないだろう。

 リディのために少し休憩をとっているとちょうど山間が明るくなり始めた。
 もうすぐ夜が明ける時間なので、6体の通常サイズのヒジカを載せた荷車をアグリカの家へと運ぶ。リディが疲れていることはニケの目には明らかだったので、ニケはいつもより力を入れて荷車を押すことにした。


 リディ達はアグリカの家に到着するといつもどおり荷車を井戸の近くに置いて、農作業をしているアグリカに声をかけた。

「おー、今日も無事だったか。お疲れさん、って今日は本当に疲れた顔をしているな」
「えぇ、ちょっと色々とありまして」
「そうかい、夜に寝ずに狩りをするだけでも相当なもんだ。このあとちゃんと寝るんだぞ」

 リディの様子を心配したアグリカに注意を受ける。リディにそこまでの自覚はなかったが、周りから見ると疲労が色濃く出てしまっているようだった。
 周りに心配されるような振る舞いは騎士としてあるまじきことなので、リディは気合を入れ直す。

 そして、アグリカに荷車に積んだ6体のヒジカを確認してもらい、ギルド帳への記載を完了した。

「これで、確認できていた分のヒジカはすべて退治できたと思う」
「あぁ、じゃあオレも収穫が終わったらギルドに報告にいくからな。報酬楽しみにしておいてくんな」
「えぇ、期待してますよ」

 アグリカへの報告が終わると今度はギルドへと報告へ向かう。この3日間の成果の報告と、昨晩倒した巨大ヒジカの処理もお願いしないといけない。

 朝早くから依頼遂行に出るものも多いのでギルドの朝は早い。もう開いているはずだ。
 リディとニケは朝市で軽く食事を取りながらギルドへと向かった。
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