魔獣の友

猫山知紀

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第31話 証明

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「証明、証明、えーっと……」

 リディに自身がアイシス本人であると証明しろと言われたアイシスは、考えを巡らせるため部屋の中をウロウロとしていた。

 良いアイデアが浮かばない時にはこうしてウロウロと歩き回ると、突然よいひらめきを得たりする場合がある。アイシスは今それを実践していた。

 しかし、アイシスがこの動きをし始めてから、すでにリディが目が回らないのか心配になるぐらいの時間が経過している。あまりやりすぎるのも可愛そうなので、リディは助け舟をだすことにした。

「私から助け舟を出すのも変な話だが、アイシスが実際に事件の捜査に関わっているというのなら、捜査に関わる人物を知っているんじゃないか?」
「えぇ、知っているけど……」

 アイシスはリディの言葉を受けて、口元に手を当てて考え始める。

「私は最初に言ったな。『とある人物に、とある事件の捜査協力の依頼を受けている』と」
「えぇ、言っていたわね」
「ということは、アイシスが知っている『捜査に関わる人物』と、私が知っている『とある人物』は同じだとは思わないか?」
「そ、それじゃあ」

 リディの提案を受けて、アイシスの声と表情が明るくなる。

「あぁ、私が事件の捜査協力を受けた人の名前を当てられたら、本当のことを教えよう」

 リディは笑顔を顔に貼り付けて、そう答えた。

「わかったわ、絶対よ。じゃあ、名前を挙げていくから。知っている名前が出たら教えてちょうだい」
「あぁ、たのむ」

 アイシスが知る捜査に関わるの人の名前を挙げていき、リディが捜査協力の依頼を受けた者の名前が出たら返事をすることになった。
 共通する名前を知っているイコール実際に捜査に関わっている者ということで、アイシスも捜査に関してある程度参加していることの証明となる。

 アイシスは名前を挙げる前に捜査に関わっている人達を脳裏に思い浮かべる。
 全員の名前を覚えているわけではないが、10人程度の名前は挙げられそうだ。
 独断で捜査協力を要請できる人物となれば、組織の上から数えていったほうが早い地位にいるはずだった。

「キドナ」
「知らない」

「カストール」
「知らない」

「ラキドス」
「知らない」

「……こっちじゃないのね」

 3名の名前を言い終わったところで、アイシスは一区切りを入れる。
 彼女の頭の中には候補となりうる組織がもう一つあった。

「ポリム」
「……知らない」

「ロキオ」
「知らない」

「カプノス」
「知らない」





「シャウラ」
「知らない」

 全部で10名ほどの名前を言い挙げたところで、アイシスの言葉が止まる。

「……あなた、誰から要請を受けたの?」

 アイシスは疑いの目を持ってリディを見た。
 リディが本当に要請を受けたとしたら絶対に今名前を挙げた人物の中に該当者がいるはずだった。

 だが、リディの返答は全て『知らない』。
 何かがおかしいと、アイシスはここに至って初めて思った。

「候補になりそうなのは今挙げてもらったので全部か?」

 リディは座っていた椅子から腰を上げ、おもむろに立ち上がる。

「え、えぇ。そうだけど……」

 リディはコツコツと靴音を立ててアイシスに歩み寄り、その目の前に立つ。
 先程まで朗らかだったリディとは雰囲気が異なっている。自分に近寄るリディの目が濁っているようにアイシスには見えた。

「他に知っている名前は?」
「わ、私が名前を知っているのは今挙げた人達だけ……、ほ、他には知らない、本当よ!」

 アイシスは状況が全くわからず、どこからともなく湧き上がる恐怖から逃れるように訴える。自分はもう何も知らないのだ、と。
 アイシスはリディから逃れるように後ずさるが、後ろにあった椅子にぶつかりそのまま椅子に力なく腰掛けてしまう。

「そうか」

 リディは返事の間、一瞬表情を緩める。が

「――じゃあ、あなたはもう用無しだ」

 アイシスを見下ろすリディの瞳が冷たく光る。

「あ……、ぁ……」

 恐怖で身動きが取れず、アイシスはリディが剣を振り上げるのを椅子に座ってただ見上げるだけだった。かろうじて動いた瞼を現実から目をそらすように固く閉じて、リディの剣が振り降ろされるのを受け入れることしかできなかった――。

「……」
「……あれ?」

 アイシスは痛みに襲われなかった。
 少し経っても何も起こらないので、おそるおそる薄目を開けると、リディの剣がアイシスの目の前で止まっていた。

「――と、まぁ私が敵だった場合、今のようにあなたに情報を吐かせたあと、この場であなたを殺します」
「へっ? えっ?」

 剣をしまうリディと目を丸くしているアイシス。
 アイシスはまだ混乱していた。
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