魔獣の友

猫山知紀

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第57話 ウクリ街道

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 朝からの晴天は昼過ぎまでは続いていたが、夕方が近づくにつれて雲が広がり、今はすっかり雲が空を覆っていた。イダンセから離れてしばらく歩き、周囲に人がいないことを確認すると、リディとニケはケルベ達と合流する。イダンセに到着する前までの、二人と三頭による旅路は久々だった。

 旅慣れていないアイシスがいなくなったことで、ペースを上げて移動していることもあり、リディ達は先日イダンセに戻る際に立ち寄ったカショーを素通りし、ウクリ街道を更に北へと歩みを進めていた。

 夏の盛りは過ぎ、日が傾いてくると気温が大きく下がるようになってきた。リディは荷物からアイシスに購入してもらった外套を取り出し、試しとばかりに羽織ってみることにした。

「おー、あったかいな!」

 ヘルハウンドの毛皮に包まれたリディは、すぐに感嘆の声を上げた。店で試着はしていたが、外で実際に着用してみると、また違う感想が出てくる。暖かく風のない店内では確認できない風の通り具合や暖かさを、屋外で直に体感すると、この外套の品質の高さにリディは感心した。あとは雨でも降ってくれば防水性も確認できるのだが、空は曇ってはいても、雫は落ちてきていない。しかし、雨が降ったら降ったで野宿する場所を確保するのが面倒なので、今はこの天気が持ちこたえてくれる方がありがたかった。

「……いや、あっついな!」

 リディが外套を羽織ってから少し歩くと、突然リディがわめいた。額に汗をにじませたリディは外套を脱ぎ、外套をバサバサと動かして自身に風を送った。

「保温性が高いのはいいが、夏場に使うのはさすがにちょっと厳しいかもな」

 外套を広げながらリディはぼやく。店主の言った通り品質は間違いなく良い。少し使っただけだが、風は通さなかったし、身につけるだけで体がポカポカと暖まるように感じる。
 しかし、それ故に夏場の日よけとして使うのは難しいように思えた。日よけの役割を果たしつつ、内部の蒸し焼きも行われるからだ。

「……魔法で中を冷やせばいいんじゃないの?」

 リディの様子を見ていたニケが、そんなことを口にした。

「その毛皮。魔力通さないって言ってたし、リディの風の魔法とかでできるんじゃないの?」
「外套の中で魔法を? ……ふむ」

 確かに店主は毛皮が魔力を通さないので、回復魔法などの魔力を節約できると言っていた。その言葉が正しければ、たしかに中で軽く風起こして涼しくすることもできそうだった。リディは戦いの時には体に魔力を巡らせ身体能力を強化している。感覚的にはそれと似たようなもので、涼しくした風を流す魔法を羽織った外套内部に巡らせるように流してみた。

「こう、か? ……うん? お、ちょっと涼しく……」

 と言ったところで、外套の中の風が暴れだし、旋風のような風が巻き起こった。風はリディの外套を巻き上げ、上空へと運んでいく。リディは外套を追いかけて、空を見上げながら駆けていった。

「はぁ、はぁ……れ、練習しながら行くか」

 外套の捕獲に成功し、息を切らせて戻ってきたリディは、歩きながら魔法による温度調整の練習をすることを決めた。


 ウクリ街道を北へと進む旅路では雨が多く降った。しとしとと降る雨で、草木は雨露に濡れ、葉に乗った雫がきらりと光るのが美しかった。

 雨が降ってもリディ達は北への歩みを止めなかった。外套のフードを被り、時折顔に当たる雨粒に顔をしかめながら一歩一歩前へと進んでいく。

 ウクリ街道は大きな街道ではあるが、街から離れれば整備が行き届いていない場所も増えてくる。轍に水が流れ込み大きな水たまりになったところや、水はけが悪く足を取られるほどに泥々になった道など、足元の悪い中を進むのは大変であった。しかし、そういった場所を見つけると、リディとニケは自分から進んで足を突っ込み、ケルベ達も一緒になって泥遊びをするように、むしろ楽しみながら進んでいった。


 旅の中である日は野宿し、ある日は宿に泊まり、晴れた日には昼間に進み、晴れすぎた日には、暑さを逃れるために夜に移動することもあった。晴れた日に見る、太陽が照らす色づいた景色は素晴らしいものであるが、夜に見る月明かりによる色のない景色というのも乙なものだ。森や草原は昼とは違う表情を見せ、静けさの中に夜行性の動物や魔獣の確かな気配を感じる。昼とは異なる凛とした空気は、感覚の刃を研いでくれるようで危険だとわかっているものの、リディは嫌いではなかった。


「そろそろヘニーノが近いはずだが……」

 ある日の夜、焚き火を囲みながらリディ達は食事をしていた。夕方頃に仕留めたブータを丸焼きにして、リディもニケもケルベ達もその肉を食べている。北へ進むにつれウクリ街道はすっかり山道に入っていた。この季節になると山の木々がつけた実が熟し始め、山に住む動物たちが、それらを食べて冬へ向けて肥え始める。色づいていく山とともにご飯が美味しくなっていく季節だ。

 焚き火に掲げられたブータはまだ脂肪たっぷりという感じではないが、もともと肉付きの良い種族だ。そのたくましい体からは時折あぶら滴りしたたり落ち、焚き火が『じゅー』という食欲をそそる声で鳴いた。

「ニケはヘニーノに行ったことはあるのか?」
「うん、買い物に何度か……」

 ニケの村は高山地帯の奥にある小さい村だ。基本的には自給自足で賄ってまかなっているが、雑貨や日用品の中には村では手に入りづらいものも多い。そういったものは稀に来る行商人から購入したり、山を降りてヘニーノで買い付けたりするのだ。
 ニケの村からヘニーノまでは山を降りていく必要があり、歩いて数日程度かかる。そのため村の人達は頻繁にヘニーノへ訪れることはできず、年二回冬明けの季節と、冬入りの季節に行くのがお決まりだった。冬明けの買い出しでは冬を跨いですっからかんになった備蓄の補充や、春から夏にかけての農作業のための品を買い、冬入りの買い出しでは冬に備えての保存食や燃料、防寒のための品を買った。

 ヘニーノへの買い出しは村の男達の中から数人を代表とし、代表は持ち回りで選出された。代表となったものは各家から出される希望の品を取りまとめ、ヘニーノの商店でそれらを購入し、村へと持ち帰った。

 そんな年二回の買い出しに、物心ついてすぐのニケは必ず同行していた。ニケは父についてヘニーノへ行くのが好きだったからだ。
 村の代表は持ち回りであったが、ニケの父だけは別だった。ニケの父は村人の総意に基づいて毎回ヘニーノへと赴いておもむいていた。ニケの父がいるとその友人であるグリフに荷物を一部引き受けてもらうことができ、男たちの負担を大きく軽減することができる。当然だがグリフにはその対価として良質な肉が振る舞われ、グリフもその待遇には満足していた。


 ヘニーノへ到着するとニケの村までもすぐだ。村を滅ぼされた後、村を出てからニケは一度も村跡には戻っていない。焼け落ちたまま放置してきた村の跡は今はどうなっているのか。最後に見た黒く染まった村を思い出し、ニケの胸はざわざわとさざなみが立つように落ち着かなくなった。
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