魔獣の友

猫山知紀

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第59話 ジャッカ

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 ヘニーノ近くの森は木々の緑が薄くなり始めていた。長年降り積もった落ち葉が良い堆肥となり、地面はふかふかとしていて、森の木々は豊かに育っている。ここ数日内に降った雨により地面はまだ濡れていて、歩くと靴の裏に落ち葉が付いては剥がれた。

 ギルド職員の受付嬢に聞いた通り、ヘニーノを出て森に入り右手に現れた細道をリディとニケは辿っている。細道と言ってもほとんど獣道で普段人通りがないことはすぐに察せられた。

 受付嬢にジャッカの家までどの程度かかるのかを聞くのを忘れたので、二人はとりあえず道がある限り進んでみることにし、すでに一刻ほど歩いていた。

「本当にこんな森の奥に住んでるやつがいるのか?」

 歩みを進めても進めても同じような景色が流れていく。獣道の先にまだ小屋らしきものは見えないが、代わりに道の先に見えていた山の方が眼前に大きくなっていた。

「……煙」

 先に気づいたのはニケだった。細道が分かつ木々の切れ目、そこに視線を上げていくと先に見える山のふもとあたりで細く煙が上がっているのが見えた。
 ジャッカは鍛冶師ということだったし、仕事場には炉があるはずだ。

「たぶん、あそこだな。こんなに歩くと思っていなかったぞ……」

 受付嬢は何も言っていなかったので騙されたと言っては悪いが、これだけ遠いなら事前に言って欲しかったとリディは恨み節をヘニーノのギルドへと向けて飛ばした。


 煙という具体的は目標が見つかると、その見え方から進み具合が明確にわかるようになり、俄然がぜん足が動くようになる。リディとニケはペースを上げて煙の下へと獣道をずんずん進んだ。煙がだんだんと太くなり、はっきりと見えるようになると今度はキン、キンという甲高い音が薄っすらと聞こえるようになってきた。鍛冶特有の金属をハンマーで叩く音だ。目に耳にゴールが近づいていくことを感じながら、二人は歩き続けた。

 煙の根本で待っていたのは2つの木でできた小屋だった。ひとつは高床の一回り大きい小屋であり、もう一つは直接地面に建てられた扉のない小さめの小屋だ。金属を叩く音と煙は小さい小屋の方から出ている。
 リディは小さい小屋の方へと近づくと扉のない入口から中を覗き込んだ。

 中にいたのはリディの胸元ほどの身長の赤い髪の男だった。ニケとあまり変わらない低い身長のわりにガッシリとした筋肉が付き、太い腕で力強くハンマーを振るっていた。

「ドワーフ……」

 リディの口からそんな言葉が溢れた。しかし男の耳には届かなかったのか、男はリディに背を向けたままハンマーを振り続けている。

「すみませーん」

 リディの声に反応し、男はちらりとリディの方を見たが、またすぐに金床に向き合って作業を再開する。

(聞こえなかったわけではなさそうだが……)

 ギルドで受付嬢と話していたときに、ジャッカの話を聞いて偏屈な人だという印象を抱いたことをリディは思い出した。

「また、後で来る」

 リディはそう言い残すと小屋を離れる。

「ニケ行こう」
「いいの?」
「あぁ、ちょっと時間を空けよう」

 そうしてリディとニケはこの小屋の近くを散策して時間をつぶすことにした。


 時間を潰すために住居用と思われるもう一つの一回り大きい小屋の周りを見て回ったが、こちらには人の気配はなかった。ここにはジャッカ一人で住んでいるようだ。小屋を見た後は森の中に入り、食べられそうな木の実を探してみたが、めぼしいものは見当たらなかった。

 二人が散策している間もハンマーの音は鳴り続いていたが、ある時を境にピタリとその音が止んだ。リディはそれを確認すると、ニケをつれて再び小さい方の小屋へと戻った。

 リディたちが戻ると作業が一段落したのかジャッカは小屋の前で伸びをしていた。
 分厚い筋肉が邪魔をするためか、腕は真上には上がらず、斜め上へと伸びている。リディとニケの足音が届きジャッカが二人に気づいた。

「気を使わせたな」
「随分と集中していたな」
「仕上げだったもんでな、集中を切らせたくなかった。あのまま声を掛け続けられたら剣の錆にしていたところだ」

『がっはっは』と笑いながらジャッカは物騒なことを宣う。冗談であると願いたいが、まだ大して親しくない人間の言葉だ、リディは推し測りかねた。

「それで何の用だ? 剣の注文なら来年の春の分まで予約でいっぱいだぞ」
「いや、そうではない。ギルドの依頼を見てきた」
「あぁ、そっちか。あんたらは初めてだよな」
「あぁ、初めてであり、最後になると思う」
「何だそりゃ?」

 リディはジャッカに自身が旅の途中であり、すぐにヘニーノの町を発ってしまうことを伝える。

「なるほど、旅人さんね。そりゃそうか、あんたぐらいの歳のヘニーノの冒険者だったら、絶対見たことあるはずだしな」
「あなたに同行するという依頼はそんなに有名なのか?」
「有名ってか、冒険者になりたての奴は大体コジミのやつに言われて受けさせられるんだよ」
「コジミ?」
「ギルドの受付に居たろ? 気弱そうな顔した垂れ耳」

 ジャッカはそう言いながら両手を頭の横に当て、ギルドの受付嬢のロップイヤーを表現してみせた。ジャッカによればリディたちの受付担当だったコジミという獣人の女性は彼女が幼い頃からジャッカと顔なじみであり、いつも一人で採掘などを行っているジャッカの身を案じて彼女が同行依頼のことを言い出したとのことだった。

「センスのあるなしを判断されるとも聞いたが」
「あぁ。まぁ、センスっつ―か、俺の剣を売ってもいい奴かどうかっていう判断だな。気に入ったやつには、いつか俺の剣を使わせてやりてぇし、そいつが成長する助けをしてやりてぇ。だが、気に入らないやつにはそんな気は起こらない。それだけさ」

 ジャッカの説明は簡潔で、人の感情としてはごく当たり前のことのように思えた。

「我々も判断されるのだろうか?」
「あんたらが聞きてぇってんなら、仕事が終わった後に伝えてもいいぞ。どっちにしろこの1回だけでもう会わねぇんだろ? 好きにしな」
「わかった。依頼が終わった時に決めるとしよう」

 話が一段落したところで、ジャッカから依頼の詳細を聞く。これからジャッカは山に入り洞窟の中で鉱物採集を行う。洞窟の中にはゴーレムなどの魔獣も現れるが、それの退治もすべてジャッカが行う。リディとニケはそれにただ付いていくだけでいいとのことだった。

「我々もそれなりに戦えるが……」
「戦いてぇってんなら止めねぇが、あんたゴーレム斬れんのか?」
「……いや、すまない。ゴーレムとは戦ったことがない」
「んじゃ、とりあえずは黙って見てな。坊主の方も魔法をぶっぱなしたりすんじゃねぇぞ。洞窟が崩れたら全員あの世行きだからな」

 ニケが魔法を使えることは、まだ伝えていないがジャッカはニケにそう注意した。ニケが持っているのはただの木の棒と先日買ったナイフのみで、本職の魔法師が使うような魔法の制御に使える杖は持っていない。パーティの組み合わせとして、リディが剣士だからニケは魔法だと推察したのか、あるいは――。

「今から出りゃ、夕方には帰ってこれる。んじゃ、さっそく行くか!」
「おー」

 ジャッカの呼びかけに、ニケはリディと一緒にやるいつものように左手を上げて掛け声を上げた。ジャッカは目を丸くしてその様子を見ていたが――。

「がっはっは! 何だそりゃ、いいなそれ! よし、もう一度だ。行くぞ―!」
「「「おー!」」」

 今度はリディも、そしてジャッカ自身も加わり3人で腕を大きく振り上げた。
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