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エピローグ
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王城の一室、その窓際で少女が本を読んでいた。長い黒髪に獣の耳を生やし、椅子からは細い尻尾を垂らしている。
部屋の中には少女以外誰もおらず、少女がページを捲る時にだけ微かな音が耳に届いた。
以前は、この部屋を頻繁に訪れる、やかましいとも騒がしいともいえる者が居たのだが、その者がこの部屋を訪れなくなって久しい。今この部屋を訪れるのは彼女の侍女と、母だけとなっていた。
季節は冬へと向かう時期だが、朝のこの時間は窓から入る陽の光がとても心地よい。今日は薄曇りで、強くもなく弱くもない日差しが程よく体を温め、程よく本を読みやすくしてくれる。
この部屋の主の少女はこうして静かに本を読むのが好きだった。誰にも邪魔をされずに現実のことを忘れ、本の世界に没頭する。静かな時間はそれを後押ししてくれていた。
「ただいまー!!」
静謐な雰囲気を保っていた部屋の扉が、高らかな声とともに突如として開かれる。
普通の人なら思わず振り向いてしまうだろうが、少女は入ってきた人物の方へは目を向けず、本に視線を落としたままだ。
「おかえりなさい、リディ」
少女はリディの方には目を向けずに、小さくそう言った。
「あぁ、ただいま。フィリア」
「早かったのね。国中を周ると言っていたから、1年は戻らないと思っていたけれど」
本のキリが良くなったところで、フィリアと呼ばれた少女はリディの方を振り向いた。驚くでも喜ぶでもなく、ごく普通の出来事のようにリディと話し始める。
「あぁ、いろいろあってな。途中で帰ってきた」
リディは自身の後ろにいるニケの方へ目を向ける。
リディのやや後ろには、リディに従えるように立つ少年の姿があった。リディよりも汚れた見すぼらしいとも言える外套を着て、フィリアと視線を合わせないようにしている。
フィリアよりも背は低く、彼女からは年下のように見えた。
「その子が例の? 私の双子にしては随分と小さいようだけど」
「ん? あぁ、いや、この子は違う。旅の中でたまたま知り合ったんだ。行くところもないって言うんで連れてきた」
「そんな、ペットを拾うみたいに……」
リディの言葉に呆れつつ、フィリアは椅子を立ってニケの方へと近づく。
「あなた大丈夫? リディに無理矢理連れてこられたんじゃないわよね?」
「そんなことしないぞ」
リディの言葉を無視して、フィリアはニケの顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫」
ニケの言葉通り、その目には怯えや恐怖という感情は浮かんでいなかった。フィリアもリディがそんなことをするとは本気で思ってはいない。ただ、リディは時々突拍子もないことをするので念の為の確認だ。
「そう、私はフィリア。えっと……あなたは?」
「……ニケ、です。」
ニケはリディには頼らず、自分でフィリアの問いに答えた。
旅の帰りの道すがら、ニケはリディに言われていた。これから街で暮らすようになると、人と関わることが必要になると。人との関わりに慣れる、その第一歩としての相手がフィリアだった。
「よろしくね、ニケ。リディとお友達なら、私とも友達になれると思うわ」
フィリアはニケの心を溶かすような笑みを浮かべて、優しく言った。
「よし、ふたりとも仲良くなったな! それじゃあ、出かけるぞ!」
「えっ?」
リディはパンと手を叩くと、フィリアを外に誘う。この場でやることは全て終わったと言わんばかりで、フィリアの戸惑いなどお構いなしだ。
「ちょ、ちょっとリディ」
リディはフィリアの腕を取ると、先導して部屋を出ていく。ニケはその後ろをいつものように、とことこと着いてくる。
「新しい友達はニケだけじゃないんだ」
リディはキラキラとした目で、リディに腕を引っ張られながら着いてくるフィリアを見る。はやる気持ちを抑えられないとその目が言っている。
「こ、ここで会うのじゃダメなの?」
「あぁ、今はウチの森で待ってもらっている」
「森? それって、どういう……」
リディとニケはフィリアを連れ立って、王城を後にする。
王都の門を抜けると、大街道の周りに広がる広大な森が目に入る。王都の西に広がるこの森は遠くに見える山々、その麓まで広がる大森林だ。
「森にいるって、その友達ってどういう人なの?」
フィリアの問いにリディはいたずら心をくすぐられる。
彼らに会ったらフィリアはどんな顔をするだろう?
驚くだろうか?
呆れるだろうか?
怖がるだろうか?
いずれにせよ、リディが小さい頃からずっと妹のように思ってきたフィリアと、旅で出会い苦楽を共にしたニケたち。その出会い、それがリディには堪らなく嬉しいことだった。
「可愛い子たちだ。大丈夫、フィリアもきっと友達になれるさ――」
部屋の中には少女以外誰もおらず、少女がページを捲る時にだけ微かな音が耳に届いた。
以前は、この部屋を頻繁に訪れる、やかましいとも騒がしいともいえる者が居たのだが、その者がこの部屋を訪れなくなって久しい。今この部屋を訪れるのは彼女の侍女と、母だけとなっていた。
季節は冬へと向かう時期だが、朝のこの時間は窓から入る陽の光がとても心地よい。今日は薄曇りで、強くもなく弱くもない日差しが程よく体を温め、程よく本を読みやすくしてくれる。
この部屋の主の少女はこうして静かに本を読むのが好きだった。誰にも邪魔をされずに現実のことを忘れ、本の世界に没頭する。静かな時間はそれを後押ししてくれていた。
「ただいまー!!」
静謐な雰囲気を保っていた部屋の扉が、高らかな声とともに突如として開かれる。
普通の人なら思わず振り向いてしまうだろうが、少女は入ってきた人物の方へは目を向けず、本に視線を落としたままだ。
「おかえりなさい、リディ」
少女はリディの方には目を向けずに、小さくそう言った。
「あぁ、ただいま。フィリア」
「早かったのね。国中を周ると言っていたから、1年は戻らないと思っていたけれど」
本のキリが良くなったところで、フィリアと呼ばれた少女はリディの方を振り向いた。驚くでも喜ぶでもなく、ごく普通の出来事のようにリディと話し始める。
「あぁ、いろいろあってな。途中で帰ってきた」
リディは自身の後ろにいるニケの方へ目を向ける。
リディのやや後ろには、リディに従えるように立つ少年の姿があった。リディよりも汚れた見すぼらしいとも言える外套を着て、フィリアと視線を合わせないようにしている。
フィリアよりも背は低く、彼女からは年下のように見えた。
「その子が例の? 私の双子にしては随分と小さいようだけど」
「ん? あぁ、いや、この子は違う。旅の中でたまたま知り合ったんだ。行くところもないって言うんで連れてきた」
「そんな、ペットを拾うみたいに……」
リディの言葉に呆れつつ、フィリアは椅子を立ってニケの方へと近づく。
「あなた大丈夫? リディに無理矢理連れてこられたんじゃないわよね?」
「そんなことしないぞ」
リディの言葉を無視して、フィリアはニケの顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫」
ニケの言葉通り、その目には怯えや恐怖という感情は浮かんでいなかった。フィリアもリディがそんなことをするとは本気で思ってはいない。ただ、リディは時々突拍子もないことをするので念の為の確認だ。
「そう、私はフィリア。えっと……あなたは?」
「……ニケ、です。」
ニケはリディには頼らず、自分でフィリアの問いに答えた。
旅の帰りの道すがら、ニケはリディに言われていた。これから街で暮らすようになると、人と関わることが必要になると。人との関わりに慣れる、その第一歩としての相手がフィリアだった。
「よろしくね、ニケ。リディとお友達なら、私とも友達になれると思うわ」
フィリアはニケの心を溶かすような笑みを浮かべて、優しく言った。
「よし、ふたりとも仲良くなったな! それじゃあ、出かけるぞ!」
「えっ?」
リディはパンと手を叩くと、フィリアを外に誘う。この場でやることは全て終わったと言わんばかりで、フィリアの戸惑いなどお構いなしだ。
「ちょ、ちょっとリディ」
リディはフィリアの腕を取ると、先導して部屋を出ていく。ニケはその後ろをいつものように、とことこと着いてくる。
「新しい友達はニケだけじゃないんだ」
リディはキラキラとした目で、リディに腕を引っ張られながら着いてくるフィリアを見る。はやる気持ちを抑えられないとその目が言っている。
「こ、ここで会うのじゃダメなの?」
「あぁ、今はウチの森で待ってもらっている」
「森? それって、どういう……」
リディとニケはフィリアを連れ立って、王城を後にする。
王都の門を抜けると、大街道の周りに広がる広大な森が目に入る。王都の西に広がるこの森は遠くに見える山々、その麓まで広がる大森林だ。
「森にいるって、その友達ってどういう人なの?」
フィリアの問いにリディはいたずら心をくすぐられる。
彼らに会ったらフィリアはどんな顔をするだろう?
驚くだろうか?
呆れるだろうか?
怖がるだろうか?
いずれにせよ、リディが小さい頃からずっと妹のように思ってきたフィリアと、旅で出会い苦楽を共にしたニケたち。その出会い、それがリディには堪らなく嬉しいことだった。
「可愛い子たちだ。大丈夫、フィリアもきっと友達になれるさ――」
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