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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-31 努力と覚悟と荒療治

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「うふふふふ、ふふふふふふ」

 ミミリは不気味に笑いながら、そしてとっても鼻息が荒い。

 ミミリは、無事に完成させることができた錬成アイテムに、湧き上がる嬉しさを抑えることができない。
 気を抜くと、自分でも不気味だと感じる笑い声を無意識のうちに発してしまう。

「……ねぇ、ミミリ、大丈夫?」
「うふふふ、へーきへーきっ!」

 先程から、うさみがコーヒーを飲みながらミミリを心配そうに見ていることに気がついていたが、ミミリはそれでも湧き上がる笑いを止めることができない。


 あれから数日。
 ミミリは、【絶縁の軍手(グローブ)】のレシピと向き合って、改良に改良を重ね試行錯誤してきた。結果、漸(ようや)く発現させたかった効果をもつ軍手(グローブ)を作ることができたのだ。


 そして今。
 先日の騒動のお詫びも兼ねて、無事にアイテムが完成した旨の報告に庭で鍛錬中のゼラのもとへ向かうところ。
 両手には、【絶縁の軍手(グローブ)】をしっかりはめて。



「ミミリ、いいところに来ましたね」

 庭先に出ると、ゼラに声をかけるよりも先にアルヒに呼び止められた。

「二人ともお疲れ様! いいところって、今から休憩するところなの?」

 麗かな日和の昼下がり。
 大きなメシュメルの木の下、重なり合う葉の隙間から、柔らかな木漏れ日がアルヒたちを照らしている。
 深い茶の幹と深い緑の葉、鈴なりに実るメシュメルの実。
 そして背景には澄んだ空にぽっかりと浮いた雲。
 どれもがアルヒたちを映えさせる。

「うぅ、眩しい」

 ミミリは陽の眩しさ……ではなく、映える少年少女の眩しさに思わず手を翳した。
 そしてふと、自分の行動が誰かに似ているかもしれない、と思ったりした。


 どうやら、剣の特訓は区切りがついたようだ。
 アルヒは剣を鞘にしまい、ゼラは玉のように吹き出した大粒の汗を首にかけたタオルで拭いているところだった。

 最近ゼラは、素振りを終えるとアルヒと手合わせをしている。直近の採集作業を終えてそれほど日は経っていないが、アルヒほどの熟練者との手合わせは、もともと筋がよかったゼラの剣技を加速度的に磨かせていった。

「休憩も兼ねて、ゼラにちょっとした講義を行うところだったのです。ミミリにもちょうどお声掛けするところだったのですよ。……あら、その軍手(グローブ)、もしかして完成したのですか?」

 アルヒの問いかけで、ミミリは庭に来た本来の目的を思い出した。

「うふふふふふ、見てみて!漸(ようや)く完成したの。【絶縁の軍手(グローブ)】!」

 ミミリは手のひらを二人に向けて完成をアピールする。
 ゼラは、ミミリの手にはめられた青色の軍手(グローブ)を見て、ウッとたじろいだ。

「あのさ、ミミリ。俺、ミミリとケンカしたくないんだよ。もし今ミミリと握手したりしたら、俺もしかしてミミリとケンカしたくなっちゃうのかな。」

 ミミリはニヒッと笑って、ゼラににじり寄り、おもむろにゼラの片腕を「え~い!」とと掴んだ。
 途端にゼラは大声を上げる。

「わあぁ‼︎ ミミリ、ちょっと! ……あれ? 平気、かも?」

 ゼラは突然掴まれたことに驚いただけで、心境の変化は特に感じていない様子。
 ミミリはほうっと安堵のため息をつく。

「その様子だと、大丈夫そうだね!」
「おぉーいミミリ、実験したのか?」

 ゼラの指摘にミミリはペロッと舌を出す。

「エヘヘ~ごめんね? でも、大丈夫だろうなっていう自信はあったよ? ……9割くらいは」
「……9割が高いのか低いのか俺にはわかんないな」

 首を傾げるゼラに、ミミリは錬成アイテムの詳細説明をする。

「この【絶縁の軍手(グローブ)】はね、雷電石の採集作業に向けて作ったんだよ! 雷電石を触ってもビリリッてこないように、耐性を持たせてみたの」


【絶縁の軍手(グローブ) 良質 特殊効果:品質が良質以上の場合、絶縁効果が発現。電流を通さなくなる】


「あのね、木綿の糸と【ガラスの粉末】だけでなくて、木の屑を追加してみたの! 思い描いた効果は出せたんだけど、もっといい錬金素材アイテムと出会ったらもう少し改良したいなって思うんだよね。この【絶縁の軍手(グローブ)】は伸び代あると思うんだよねぇ~っ!」
 と、錬成への熱い想いを語るミミリ。

 ミミリが懇切丁寧に説明してくれたものの、ゼラはやはり首を傾げる。
 錬成アイテムとそうでないアイテムの見分けすらつかないゼラには尚更、先日の失敗作と今回の成功作の違いがわからない。

「俺には何のことやらさっぱりだけど、俺もミミリに負けずに頑張らなきゃなぁ」


 二人のやりとりを見守っていたアルヒ。
 アルヒは、ミミリの錬成の成果、【絶縁の軍手(グローブ)】を改めて見て、感嘆の声を上げた。

「素晴らしい効果ですね。しかも、これからの講義にピッタリの錬成アイテムです。さぁ、講義を始めましょうか。」


 ーーアルヒが準備してきますと言って少し経った頃。

「アルヒ、どうしたの? その格好」

 ミミリは【マジックバッグ】から屋外用のテーブルと椅子を出し、着席してアルヒの講義を受けようと思ったところ。

 家に入って準備を終えたアルヒが戻ってくると、見たことのない黒縁眼鏡をつけていたので、思わず確認してしまった。

 ……それだけではなく。

 アルヒは戦闘用ドレスから着替えまでしている。
 白のブラウスに黒のタイトスカート。足元はヒールが高い黒のパンプス。

 アルヒは黒縁眼鏡を指でクイッと上げて、
「ご主人様が、「形から入ることも大切だ」と仰っていたのが印象深くありまして。なので、私もご主人様に倣って形から入ってみました。それでは講義を始めます」
 と、キリリと話した。

 黒縁眼鏡と、エメラルドグリーンのイヤリングがキラリと光る。

「「おおおおおお~‼︎」」
 ミミリたちは思わず熱狂の拍手をアルヒ先生に贈る。


 ……ガチャ‼︎

「なになに~? どうしたの? まだミミリ変な笑い声出してるの?」

 外から聞こえる騒がしさに、家の中から出てきたうさみ。
 アルヒを見て口を押さえてハッとする。

「ーー‼︎ 女教師様‼︎ ……はああぁぁ尊い……‼︎ うふふふふふ」

 今度はうさみが不気味な笑いが止まらなくなった。
 うさみのしっぽは、隠れることなくふるふる震えている。

 ……さっきの私ってあんな感じだったんだ、気をつけよう。
 うさみを見て、ミミリは心の中で自戒した。



 テーブルに、うさみも着席して。
 アルヒ先生の講義が開講された。

「まず、属性のお話を致しましょう。鍛錬を積む、若しくは少しの契機によって魔力に特性を持たせることができる場合があります。魔力に特性を持たせること、それを称して『属性』と呼びます」

 ふむふむ……と、ミミリはノートに書き留めながら講義を受けるのに忙しい。そしてゼラは真剣に耳を傾け、聴くことに全力集中している。
 しかし、講義に熱中する2人に構いもせず、うさみはアルヒ女教師様に夢中だ。

「モンスターを討伐する際、攻撃に属性を付与して闘う者がいます。例えば、私は剣戟に雷の属性を纏わせて「蒼電(そうでん)一閃(いっせん)」を放つことができます。他にも風の属性を少々。……ちなみにうさみはより多くの属性を扱うことができますね。まさに属性のオールラウンダーと呼べるでしょう」

 ミミリもゼラも尊敬の眼差しでうさみを見るが、うさみはアルヒ女教師様にうっとりと見惚れたままだった。

「ーーハッ‼︎」

 うさみは空気を読み、背筋を正してすかさず取り繕う。

「ふふふん、私意外とすごいぬいぐるみだったりするのよねん」
 とは言うものの、さすがのうさみも少し恥じらう。

 ゼラはうさみに白けた目を返してからアルヒ先生に向き直すが、ミミリはうさみの良き理解者なので、心からの賛辞をうさみに贈る。

「うんうん、うさみがどれくらいすごいかは私はよく知ってるよ!」

 ミミリの表裏ない声掛けに、うさみの羞恥心は救われた。


 続きを話しましょう、と言ってアルヒは軌道修正をする。

「ちなみにご主人様は全属性を扱うことができると仰っていました。錬成でアイテムに属性を付与させることも、また逆に属性に耐性を持たせることも、属性を扱うという意味では同義なのです。つまりミミリは、すでに属性を扱えているということになりますね」

 ミミリは属性を意識せずに錬成をしていたため、それがすごいことなのかどうなのか、ということについてはあまりピンとこなかった。

 ……しかしゼラは、一人だけ属性を扱えないことに関して、とてつもない焦りを感じた。

「……すごいなぁ。俺も属性を纏って剣を振るえたら少しはみんなの役に立てるかもしれない。アルヒさん、属性を扱えるようにするにはどうしたらいいですか?」

 ゼラの渾身の願い。
 ゼラは、教えてください、とアルヒに深く頭を下げる。

「現状に甘んじず絶えず邁進しようとする心掛け、大変素晴らしく思います。では、少し実演してみましょうか」

 アルヒは優しく微笑んで、ミミリに手を差し伸べた。

「……え、私⁉︎」
「ミミリ、御協力願えますか?」
「はい、喜んで!」


 ミミリは、アルヒに指示されたとおり【マジックバッグ】の中から、森の窪地の大きな木を出した。

「コード選択。衣装交換。戦闘モードセット」

 コードを唱えると、瞬時に衣装は切り替わる。アルヒは、肩を出したタイトな膝丈ドレスに着替えが完了した。

 ミミリもゼラも、相変わらずの衣装切り替えの速さに舌を巻くが、
「あぁん、残念~」
 と、うさみだけは女教師衣装を名残惜しんだ。

 アルヒは、大きな木の太い幹に向かって剣を構える。
 ふーっと息を吐いて、

「一刀両断‼︎」

 と太い幹目掛けて剣を振り下ろした。

 ……スパァン‼︎

 木の幹は、見事なほどに真っ二つに叩き切られた。

「……すげぇ‼︎ さすがアルヒさん」

 アルヒの剣技を見て学ぼうとするゼラ。
 その素晴らしさに息を呑み、そして圧倒され足は小刻みに震えた。

 一度アルヒは白刃の剣を深紺の鞘にしまい、両手を出してミミリを求める。

「さぁ、ミミリ。【絶縁の軍手(グローブ)】をはめて、私の手を取ってください」
「うん、わかった!」

 ミミリは言われるまま、軍手(グローブ)をはめ、アルヒの両手をギュッと握る。

「私は貴方に雷属性の魔力を流しています。ミミリ、感じますか?」
「うぅ~ん」

 ミミリは特に何も感じることができない。
 …強いて言うなら。

「強いて言うなら、今日もアルヒは可愛いなぁって」

 アルヒの陶器のような肌は、いつもどおり美しい。吸い込まれそうな新緑の目も。
 ミミリの自慢の、見目麗しき心優しい家族。

「ふふふ、ありがとうございます。しかし、やはりその軍手(グローブ)は優秀ですね」

 アルヒはそう言って、次はゼラに手を差し出した。

「さぁ、次はゼラの番です」

「…あの、俺の予想どおりなら…」

 ゼラは戸惑いを隠せず二の足を踏んでしまう。

「えぇ、おそらく想像どおりかと」

 アルヒは隠さず問いに答える。

「ゼラくん、頑張って!」
「ホラ早く! 漢見せなさいっ! コシヌカシ!」

 ミミリは心からの応援を。そしてうさみは躊躇するゼラに横から檄を飛ばす。

 覚悟を決めてゼラは言う。

「わかったよ! 頑張ったらあだ名返上するからな⁉︎」

 アルヒはゼラの覚悟を称え、
「一段上へと成長を望むなら、常に努力と時に覚悟と。稀に荒療治も必要ですからね」
 と、言葉に似合わない優しい笑みを浮かべてゼラに両手を差し出した。


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