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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-32 属性習得に投じる身

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「お、お願いします‼︎」

 ゼラはおずおずとアルヒに両手を差し出した。

「先程ミミリの手を握った時の半量の魔力を流しますね」

 アルヒはゼラの手を掴み、ゼラに心の準備をさせる。

「さぁ、いきますよ⁉︎」

 ゼラは手に力を入れ、身体を硬らせて身構える。

 ……ビリッ‼︎

「……ッ‼︎  痛(い)ッテェ‼︎」

 ゼラは思わずアルヒの手を払い、後方へ飛び退いてしまった。

 アルヒの「いきますよ⁉︎」、の合図と共に静電気の何百倍か知れない痛みが、一瞬にしてゼラの手のひらを襲った。
 ゼラは屈みながら、思わず両の手のひらを確認する。焼かれたような気がしたが、幸いにして焦げていなかった。

「痛いってか熱い‼︎ 今のでミミリの半量の魔力⁉︎」

 ゼラは手首をブンブン振りながら、手のひらの表面に当てられた熱を冷ますのに必死だ。

「大丈夫? ゼラくん」

 ミミリは駆け寄って、ゼラの手を掴んで手のひらを確認する。ゼラを掴むミミリの手には、青色の【絶縁の軍手(グローブ)】が。

「手が赤くなっちゃってるけど、血は出てなさそうだね。良かったぁ」
「うん、ありがとな……」

 ミミリの心配をよそに、ゼラは若干心ここに在らずで。
 ゼラの意識の大半は、ミミリの手、【絶縁の軍手(グローブ)】に向いていた。

 ゼラは、アルヒがミミリに流した魔力の半量であの痛みだったのに、と改めて軍手(グローブ)の凄さを実感した。

 前作は、温厚なミミリが怒るほどの効果をもたらして。
 今作は、ゼラの倍量の雷属性の魔力を流されても、ミミリに痛みを感じさせなかったという。

 ゼラは、改めて「錬金術」の力を目の当たりにした。
 改良に改良を重ねれば、魔力の絶縁効果まで付与できるなんて。錬金術の無限の可能性に、ミミリやアルヒたちのご主人様、スズツリー=ソウタが魅せられるわけだ、と納得した。

「はは、ありがとうミミリ。その【絶縁の軍手(グローブ)】の効果を身をもって実証したよ。すごいよ、その軍手(グローブ)は」

 ゼラの褒め言葉に、アルヒも同意する。

「えぇ。間違いなく良作だと思いますよ。では次は、ゼラの手を握った時と同量の魔力を流して木を切ってみます。ですが、力加減は先程木を両断した時と一緒ですよ。違いは属性の有無のみです」

 …シュルン!

 アルヒは再び、深紺の鞘から白刃の剣を引き抜いた。
 森の窪地の大きな木の幹へ狙いを定め、フッと息を一つ吐く。

「雷帯剣(らいたいけん)‼︎」

 ……ドォォン!

 振り下ろされた一太刀は、雷(いかづち)の如く。
 蒼白く眩い閃光とともに大きな木の幹は一刀両断され、断面は黒く焦げ、焼け焦げた臭いと黒い煙がもくもくと立ち昇った。
 と思ったのも束の間。
 パチパチと乾いた音を発した幹はやがて大きな火となった。

「きゃあぁ~! アルヒたんさっすがぁ~!」
「アルヒ、カッコイイよ」

 うさみとミミリはキャッキャと黄色い声援をアルヒに浴びせている。

「属性を纏わせると威力が増すということ、伝わりましたでしょうか。これにて講義を終了します」

 アルヒは剣を鞘に収め、小首を傾げて微笑んだ。

「はい、それはもう……。本当にすごいです、としか……」

 ゼラは、力不足を思い知らされ、拳と唇を固く結んだ。

 アルヒはゼラの心中を察してか、ゼラに激励の言葉を捧げる。

「ゼラ、属性を武器に付与させるということは、一朝一夕にはできないことなのかもしれません。ミミリは物心付いた頃から錬成していましたからね。ミミリも長い時間をかけて得たスキルなんですよ」
「そうだよ、ゼラくん。私、もっと小さい頃からアイテム錬成してたけど、失敗ばっかりだったの」

 照れ笑いして頬を赤らめるミミリに続き、うさみは、遠き日とそして最近の事件を思い返して笑う。

「……そうよねぇ、本当にミミリはずっと努力してきたわ。ふふ、でも、……この間、【びっくりアップルパイ】で家が無くなるところだったわね?」

 うさみのからかいに、ミミリはぷくっと頬を膨らませる。

「もぉー‼︎ ……でもそう、そのとおりなんだけど。だからまだ、見習い錬金術士なんだけどね」

 ミミリは、あはは……と笑って照れ隠しに鼻を擦った。

 ゼラはみんなの優しさに、胸と目頭が熱くなる。

「ありがとう、みんな。頑張るよ、俺」
「もちろん、私も頑張るよ! ゼラくんと、一緒にね!」

 ミミリも満点の笑みを浮かべてゼラの気持ちに併走した。


 アルヒは二人に優しい瞳を向けながら、少し哀しげな表情をする。

「属性付与を習得できたら、……それはもう、貴方たちの旅立ちの時かもしれませんね」

 アルヒは少し目を閉じて。
 呼吸を整えて、微笑を浮かべる。

「……来たるその日まで。全力で支援いたします。貴方たちの旅が、最善となりますよう」

 ミミリは、今にも泣き出しそうな気持ちを抑えるので必死なので、何の言葉も紡げなかった。そして、うさみも同様に。


 一方でゼラはというと。
 大粒の涙を、ポロポロと流している。


「……もっもうゼラくんてば‼︎ せっかく私、我慢、して……た……のに……」

 ゼラにつられて、ミミリは溢れる涙を最早抑えることができなくなってしまった。アルヒの置かれた状況を知った日にたくさん泣いたので、もう泣くまいと心に誓ったはずなのに。

「うっうぅ……」
「ごっごめん……ミミリ……」

 アルヒは場の空気を沈ませてしまったことを気に病んで、心から申し訳なさそうに「すみません」と肩を落とした。

 しぃんとした場に響く啜り泣き。

 そんな中、自身の悲しみを押しこらえて、口を開いたのはうさみだった。

「もっ、やぁね! とりあえず、泣くのは後よ? 属性の習得が先なんだから!」

 気丈に振る舞ううさみにつられて、ミミリもグッと堪えて笑顔を作る。

「そそそ、そうだよねぇ! 私ももっともっと頑張らなきゃだもん、だよね? ゼラくん!」

 この流れで言葉を続けると思ったゼラは、意外にも目を固く閉じている。

「……ゼラくん?」

 ミミリの問いを深く飲み込んで、ゼラはゆっくり瞼を開いた。

「うん、そうだ……。アルヒさんを安心させるためにも、俺がまず、頑張らないと。引き続き、ご指導よろしくお願いします」

 ゼラは固く決意して、更なる成長を心に誓った。

「えぇ、こちらこそ、よろしくお願いします。ゼラ、ミミリ」
「「……よろしくお願いします!」」


 うさみはポムッと両手を合わせて、楽しげな雰囲気で質問を投げかけた。

「それじゃあ、話も纏まったことだし景気付けに~?」
「景気付けに~?」

 ミミリはすかさず、合いの手を入れる。

「パァッと焼肉パーティーしましょうか! 幸いに火もあることだしねん! ポチも呼びましょっ!」
「わぁい! さんせ~い!」

 ミミリは諸手を挙げて喜んだ。



 ……準備も捗り、このまま和やかに焼肉パーティーが始まると思ったゼラだったが、アルヒの言葉でほのぼのムードは覆る。

「ゼラ、それにミミリも。焼肉パーティーが終わったら、そのまま採集作業に行きますよ? 属性習得のための荒療治、まだ始まっていませんからね?」

「エッ……⁉︎ さっきのビリビリじゃなかったんですか⁉︎」
 ゼラは予想外の事実にたじろいで驚く。

 アルヒはゼラの反応に驚くこともなく、もちろんです、と大きく頷く。

「常に属性の中に身を置かないと。属性との親和性が高まれば習得への道も開けるはずです」
「常に……かぁ」

 ゼラは先程の苦痛を思い浮かべ、こめかみを指で摘んで目を閉じた。
 ゼラはふと、こんな時にも動じず一切口を開かないミミリが流石だなと思って目をやると。つい先ほどまで一緒にいたはずのミミリの心はそこにいなかった。

 ……ミミリはどうやら、会話の輪から外れて焼き肉に全神経を捧げていたようで。

 それはもう驚くくらいの真剣な表情で、ピギーウルフの肉の焼き加減をトングで摘んで確認している。

「さいっこうの焼き色‼︎ お肉焼けたよぉ~‼︎」

 気づけばポチも着座していた。巨体に似合わず、なんとも可愛らしいお利口なお座りで。
 ゼラはハハッと笑ってお皿を差し出す。

「……まずは腹ごしらえだよな! ミミリ、俺にもお肉くれ~!」



 ーー山陵の間に日が隠れようとしている頃。

 焼肉パーティーを満足するまで堪能して、ミミリたちは今日の採集作業地を目指して、森の中、樹間を歩いていた。

 うさみが魔法で灯した、浮かぶ小さな灯り、「灯(とも)し陽(ひ)」を頼りに、足元に気をつけて進んでいく。
 アルヒにうさみにミミリにゼラ。
 いつもどおりの順番で。
 ポチは今日もお留守番だが、焼肉効果で満足気だったので快く送り出してくれた。

 ミミリは今日も【ピギーウルフのセットアップワンピース】を着用している。日の暮れた夜の森に最適で、夜目も効くし、身体も軽い。欠点を敢えて挙げるとするならば、ゼラの眼前にしっぽがあることくらいかもしれない。

「それで、今日の目的地の確認なんだけど」

 うさみは、灯(とも)し陽(ひ)を維持するため、右手を上げながら目の前のアルヒに話しかける。
 もちろんうさみは、探索魔法もかかさない。

「今日は雷電石(らいでんせき)の採掘場へ行こうと考えています。雷電石(らいでんせき)とは呼んで名の如く雷を帯電している石です」

 先頭を行くアルヒは振り返りはせずとも、うさみの問いに丁寧に答えた。

 そっかぁ、とミミリは石を掘る様をイメージする。

「ということは、山陵の麓の方まで行くのかなぁ。岩肌をツルハシとかで掘削するとか?」
「詳しいな、ミミリ! ……でもそれだと、岩肌にひっそり隠れた雷電石(らいでんせき)にツルハシが当たった瞬間、あの刺激的な痛みを感じることになるのか……」

 ゼラは蘇る記憶で手に焼けるような痛みを感じる。

「いくら荒療治が必要とはいえ、無理せず【絶縁の軍手(グローブ)】をはめたらどう? 無理が祟ると身体壊すわよ?」

 うさみの意見にミミリも同意する。

「そうだよ! それに、山陵の麓まで行くとなると、今晩中には着かないだろうから、どこか適当な野営地を見つけて一晩越すことになりそうだしね。目的地にやっと着いて、疲れた身体に浴びた雷でショックで倒れたら大変だよ?」
「それは想像しただけで倒れそうだな」

 ゼラはブルッと身震いをした。


「盛り上がっているところ恐縮なのですが、雷電石(らいでんせき)の採掘場に着きましたよ」
「え……?」

 ミミリが周囲を見渡す限り、ここには採掘できそうなものが見当たらない。

 樹間を抜けて、開けた地。
 例えば森の窪地のように、開けた地に草木が広がっているというわけでもなく、ここには一切何もない。

 思えば森の窪地は草木がその地を隠すかのように、ひっそりと森の中に潜んでいる隠れ家の場所のようなものだった。それこそ、魅惑草のような珍しい動く草が居を構えるに相応しい場所。

 だがここは、何の前触れもなく唐突に現れた。
 森の窪地との共通点を挙げるとするならば、木々に囲まれた地である、の一点に尽きる。
 しかし決定的に異なる点は、「自然」か「不自然」か。
 この地は、元々木々が多い茂っていた場所を、「何か」で抉って故意に造られたように感じる違和感がある。

 この不自然な地は、森の窪地とは比べ物にならない勾配の窪みがある。さらには何やら、中心に穴が空いているような。
 窪みの外周、その縁は隆起していて、その周りも草一つ生えずに地が剥き出しになっている。

「……ここで雷電石(らいでんせき)が採れるの?」
 ミミリは故意に造られたであろうこの場所に恐怖の念を抱きつつ、アルヒに質問をした。

「えぇ、ここが採掘場ですよ。厳密には、この下が。窪地の中心に空いた穴から、入ることができます」
「えぇ⁉︎ 地面の下ってこと?」

 ミミリたちの驚きに、アルヒは落ち着いて笑顔で答える。

「仰る通りです。これから私たちが向かう場所は、この地の地下。『雷電石(らいでんせき)の地下空洞』です。属性習得の近道は、日々属性の中へ身を投じること。しばらくここで生活してみましょうか」
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