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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ
1-39 後生の頼みと酒の盃
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「これは……」
この場に居合わす誰もが、雷竜すらも固唾を飲んだ。
偉大なる錬金術士、スズツリー=ソウタの切羽詰まった書き残し。
『もう、ダメだ。時間がない。』
この文章の真意を探ろうと、手がかりを求めて錬成メモをめくってゆく。しかし、これだという手がかりは得られなかった。
強いて手がかりを挙げるとするならば、
・何かを必死に錬成していたということ。
・複数の錬成素材アイテムを試したような形跡が読み取れるが、上手くいかなかったであろうこと。
……そして。
・破り取られたページがある。
ということだった。
「ご主人様……!」
アルヒは両手で顔を抑えてその場に泣き崩れた。
うさみもミミリも、アルヒの震える身体にそっと手を添える。
「切羽詰まった様子で錬成してただろうなってことは素人目にもわかるけど、でも、まだ何かあったって決まったわけじゃないと思いますよ。アルヒさん」
「そうよ、アルヒ」
ゼラたちがアルヒを励ますため必死に声を掛けている傍らで、ミミリは腕を組んでうぅ~んと唸り始めた。
「わしが最後にソータに会ったのはいつじゃったかの……。100年ほど前かもしれん。わしは一度眠りにつくと、軽くそれくらい経ってしまうからの。だがわしが眠りにつく前のソータには、今思えば違和感があったかもしれん」
雷竜、黄色い猫の姿をしたそれは、紅い瞳を細めながら、ピンクの鼻先をひくひくと震わせ天井を仰いだ。
アルヒは座り込みながら、顔は上げずに雷竜に縋る声を絞り出す。
「それは、どのような違和感でしたか。些細なことでも構いません。教えてください」
雷竜は、アルヒのほうへは目を向けず、唸るミミリを見ながら過去を辿って話し始めた。
「ソータは、いつも緑のを連れて歩いとった。採集へも、討伐へもの。この地下空洞にわしと酒を呑みに来る時もそうじゃ。片時も緑のを離さんかったじゃろ。それが……。わしが眠りにつく前の話じゃが、一人で地下空洞へ訪れることが多なった。そのころじゃ、ヤツの大海のような性格が、次第に窮屈そうに変わってしまったと感じるようになったのは」
アルヒは座り込みながら、涙を指の先で拭って、ゆっくりと話し始めた。
「その作業台に置いてあるご主人様の本、私は初見です。おそらく、お一人でこちらへ来た時に書いたものではないかと思われます」
あのさ、とゼラは全員へ疑問をぶつける。
「ご主人様って、アルヒさんを作った時点で200歳は超えていたんですよね?つまり時間はたっぷりあった、ってこと。そんな人が、焦って時間がないって、どういうことなんだろう」
雷竜は、木製のテーブルから跳び降りて、アルヒの前へと場所を移動した。
そして、愛らしい小さな前足のピンク色の肉球で、泣いて座り込むアルヒの足をフニッと優しく踏んだ。
「のう、緑の。これは、わしの心に秘めておこうと思ったんじゃがの。何せ、わしの友からの後生の頼みじゃ。じゃがの……、このような状況になってまで伏せておくのは得策ではない。ソータもわかってくれるじゃろ」
アルヒはそれまで俯いていた顔をやっとあげて、黄色く愛くるしい猫に縋る思いで懇願する。
「教えてください」
雷竜は、フーッと息を吐く。
「ソータとサシで酒を呑み交わした時に意味深なことを言っておった。自分に何かあった時は、アルヒとポチを頼む、との。……このことは伏せるように言われておったが。まぁ、わしとソータの仲じゃ。約束を違えたがなんとかなるじゃろ」
雷竜の言葉を聞いて、ますます涙を零すアルヒ。
うさみはアルヒに触れながら、腑に落ちない点を洗ってゆく。
「おかしいわね……。それって、自分にこれから何が起こるのか、まるで予知していたみたいじゃない。考え過ぎかもしれないけれど。でも、そう仮定するならば辻褄が合うわ。その、予知していた来たる時まで『時間がない』と焦りを感じていたならね」
「たしかにな。で、ソウタさんと呑んだ後、どうやって別れたんだ?」
ゼラはすっかり雷竜にタメ口で、親近感露わに質問をする。雷竜も、自身が小童と呼んでいる存在からタメ口で話されていることに不快感は示さず、普通に応答する。ゼラのことを心から認めたようだ。
「それがの、覚えていないんじゃ。酒を呑み交わした後、ポックリと寝てしまっての。起きたらうぬらが扉の外にいたんじゃ」
うさみは小声で
「使えないニャンコね」
と毒づいたが、雷竜にはバッチリ聴こえていたようで、怒りを露わに爪を剥いた。
「うぬの四肢を引き裂いて、綿を引きずり出してやろうかの」
恐ろしいセリフとは裏腹に、可愛いニャンコがただ爪を出して片手を上げているだけ。今の雷竜はなんら怖くない。
うさみは冗談が通じない相手にたじろぐことなく、
「やぁね、半分冗談よ」
と軽くあしらい話を続ける。
「……で、何か他に覚えていることないわけ?」
雷竜は、長く黄色いしっぽをパタンパタンと地に押し当て、細めた目を更に細めて、目を瞑(つぶ)って回想した。
「そういえば、酒に酔って気持ちよく眠りについたというよりは……」
「「言うよりは……⁇」」
「……気持ち悪かったのぅ」
はぁ~、とうさみとゼラは大袈裟にため息をついた。
「なんじゃ、失礼な奴らじゃの。あと……ゴメン、と言っておった気もするの」
「ゴメンって、どういうことかしら」
「わからん。夢かもしれん」
はぁ~、とうさみとゼラはまた大袈裟にため息をついた。
「うぅ~ん! わかんないや‼︎」
全員が話し込む中、1人唸り続けていたミミリは途端に大きな声を上げた。
「うわっ! ビックリしたよミミリ! 悪いけどミミリのこと忘れてた。そうだよな、俺たちもみんなで考えたけどわからないことだらけだよ」
ゼラは図らずも蚊帳の外にしてしまっていたミミリに慌ててフォローを入れる。
しかし、ミミリは真剣な表情でゼラのフォローも聞こえていないようだった。
ミミリは緑の錬金釜を覗き込んで、ほんの少し残った「何か」を回収した。
「ーー錬成終了、回収!」
回収された「何か」は、ミミリが【マジックバッグ】から出した小瓶に回収された。そしてミミリは、それを【マジックバッグ】に収納する。
【睡眠(スリープ)蝶(フライ)のしびれ粉 最高品質 麻痺(大) 追加効果:対象の身体の自由をめまいや麻痺などで奪う。大量に摂取した場合深い眠りにつくことがあるが、生命を奪うには至らない】
「え? どういうこと⁇」
うさみはミミリの行動の意図を問う。
ミミリはうさみも同じ疑問を抱いていると思い込み、ミミリが抱く腑に落ちない点を話し始めた。
「うさみもわからないでしょ? 私もわからないんだよね。なんでスズツリー=ソウタさんが雷様にしびれ粉を飲ませたのか」
「ぬっ⁉︎」
一番驚いたのは、雷竜だった。黄色くふわふわな毛を逆立てて、しっぽはボン!と大きくなる。
「雷様のお部屋あった、木製の丸い入れ物に、ほんの少しだけどしびれ粉の成分が残っていたんだ。……と言っても、私もあのお部屋では何の錬成アイテムが入っていたのかまではわからなかったんだけどね。この部屋に来て、釜の中を見てピンときたの」
「ぐぬぬぬぬ……」
雷竜の眉間に皺が寄っていくのがわかる。
ふわふわな黄色の毛で覆われている顔が、みるみる険しくなっていった。
「うぅ~ん。【雷様の思(おぼ)し飯(メシ)】みたいに、好んで食べたのかなとも考えてみたんだけど、その様子を見ると違うみたいだね。気づいてなかったのかな?」
ミミリの悪意ない言葉に、雷竜は少し身を屈めた。
「……アンタ、酒に一服、盛られたんじゃないの?」
「ぬをををを‼︎」
うさみのトドメの一撃で、雷属性の頂点である雷竜はその場に虚しく崩れ落ちた。
しかし絶対的強者が崩れ落ちても全然違和感はなく。
今は見た目が愛らしい黄色い猫が、ふにゃりとアルヒの膝に顔を埋めただけだった。
この場に居合わす誰もが、雷竜すらも固唾を飲んだ。
偉大なる錬金術士、スズツリー=ソウタの切羽詰まった書き残し。
『もう、ダメだ。時間がない。』
この文章の真意を探ろうと、手がかりを求めて錬成メモをめくってゆく。しかし、これだという手がかりは得られなかった。
強いて手がかりを挙げるとするならば、
・何かを必死に錬成していたということ。
・複数の錬成素材アイテムを試したような形跡が読み取れるが、上手くいかなかったであろうこと。
……そして。
・破り取られたページがある。
ということだった。
「ご主人様……!」
アルヒは両手で顔を抑えてその場に泣き崩れた。
うさみもミミリも、アルヒの震える身体にそっと手を添える。
「切羽詰まった様子で錬成してただろうなってことは素人目にもわかるけど、でも、まだ何かあったって決まったわけじゃないと思いますよ。アルヒさん」
「そうよ、アルヒ」
ゼラたちがアルヒを励ますため必死に声を掛けている傍らで、ミミリは腕を組んでうぅ~んと唸り始めた。
「わしが最後にソータに会ったのはいつじゃったかの……。100年ほど前かもしれん。わしは一度眠りにつくと、軽くそれくらい経ってしまうからの。だがわしが眠りにつく前のソータには、今思えば違和感があったかもしれん」
雷竜、黄色い猫の姿をしたそれは、紅い瞳を細めながら、ピンクの鼻先をひくひくと震わせ天井を仰いだ。
アルヒは座り込みながら、顔は上げずに雷竜に縋る声を絞り出す。
「それは、どのような違和感でしたか。些細なことでも構いません。教えてください」
雷竜は、アルヒのほうへは目を向けず、唸るミミリを見ながら過去を辿って話し始めた。
「ソータは、いつも緑のを連れて歩いとった。採集へも、討伐へもの。この地下空洞にわしと酒を呑みに来る時もそうじゃ。片時も緑のを離さんかったじゃろ。それが……。わしが眠りにつく前の話じゃが、一人で地下空洞へ訪れることが多なった。そのころじゃ、ヤツの大海のような性格が、次第に窮屈そうに変わってしまったと感じるようになったのは」
アルヒは座り込みながら、涙を指の先で拭って、ゆっくりと話し始めた。
「その作業台に置いてあるご主人様の本、私は初見です。おそらく、お一人でこちらへ来た時に書いたものではないかと思われます」
あのさ、とゼラは全員へ疑問をぶつける。
「ご主人様って、アルヒさんを作った時点で200歳は超えていたんですよね?つまり時間はたっぷりあった、ってこと。そんな人が、焦って時間がないって、どういうことなんだろう」
雷竜は、木製のテーブルから跳び降りて、アルヒの前へと場所を移動した。
そして、愛らしい小さな前足のピンク色の肉球で、泣いて座り込むアルヒの足をフニッと優しく踏んだ。
「のう、緑の。これは、わしの心に秘めておこうと思ったんじゃがの。何せ、わしの友からの後生の頼みじゃ。じゃがの……、このような状況になってまで伏せておくのは得策ではない。ソータもわかってくれるじゃろ」
アルヒはそれまで俯いていた顔をやっとあげて、黄色く愛くるしい猫に縋る思いで懇願する。
「教えてください」
雷竜は、フーッと息を吐く。
「ソータとサシで酒を呑み交わした時に意味深なことを言っておった。自分に何かあった時は、アルヒとポチを頼む、との。……このことは伏せるように言われておったが。まぁ、わしとソータの仲じゃ。約束を違えたがなんとかなるじゃろ」
雷竜の言葉を聞いて、ますます涙を零すアルヒ。
うさみはアルヒに触れながら、腑に落ちない点を洗ってゆく。
「おかしいわね……。それって、自分にこれから何が起こるのか、まるで予知していたみたいじゃない。考え過ぎかもしれないけれど。でも、そう仮定するならば辻褄が合うわ。その、予知していた来たる時まで『時間がない』と焦りを感じていたならね」
「たしかにな。で、ソウタさんと呑んだ後、どうやって別れたんだ?」
ゼラはすっかり雷竜にタメ口で、親近感露わに質問をする。雷竜も、自身が小童と呼んでいる存在からタメ口で話されていることに不快感は示さず、普通に応答する。ゼラのことを心から認めたようだ。
「それがの、覚えていないんじゃ。酒を呑み交わした後、ポックリと寝てしまっての。起きたらうぬらが扉の外にいたんじゃ」
うさみは小声で
「使えないニャンコね」
と毒づいたが、雷竜にはバッチリ聴こえていたようで、怒りを露わに爪を剥いた。
「うぬの四肢を引き裂いて、綿を引きずり出してやろうかの」
恐ろしいセリフとは裏腹に、可愛いニャンコがただ爪を出して片手を上げているだけ。今の雷竜はなんら怖くない。
うさみは冗談が通じない相手にたじろぐことなく、
「やぁね、半分冗談よ」
と軽くあしらい話を続ける。
「……で、何か他に覚えていることないわけ?」
雷竜は、長く黄色いしっぽをパタンパタンと地に押し当て、細めた目を更に細めて、目を瞑(つぶ)って回想した。
「そういえば、酒に酔って気持ちよく眠りについたというよりは……」
「「言うよりは……⁇」」
「……気持ち悪かったのぅ」
はぁ~、とうさみとゼラは大袈裟にため息をついた。
「なんじゃ、失礼な奴らじゃの。あと……ゴメン、と言っておった気もするの」
「ゴメンって、どういうことかしら」
「わからん。夢かもしれん」
はぁ~、とうさみとゼラはまた大袈裟にため息をついた。
「うぅ~ん! わかんないや‼︎」
全員が話し込む中、1人唸り続けていたミミリは途端に大きな声を上げた。
「うわっ! ビックリしたよミミリ! 悪いけどミミリのこと忘れてた。そうだよな、俺たちもみんなで考えたけどわからないことだらけだよ」
ゼラは図らずも蚊帳の外にしてしまっていたミミリに慌ててフォローを入れる。
しかし、ミミリは真剣な表情でゼラのフォローも聞こえていないようだった。
ミミリは緑の錬金釜を覗き込んで、ほんの少し残った「何か」を回収した。
「ーー錬成終了、回収!」
回収された「何か」は、ミミリが【マジックバッグ】から出した小瓶に回収された。そしてミミリは、それを【マジックバッグ】に収納する。
【睡眠(スリープ)蝶(フライ)のしびれ粉 最高品質 麻痺(大) 追加効果:対象の身体の自由をめまいや麻痺などで奪う。大量に摂取した場合深い眠りにつくことがあるが、生命を奪うには至らない】
「え? どういうこと⁇」
うさみはミミリの行動の意図を問う。
ミミリはうさみも同じ疑問を抱いていると思い込み、ミミリが抱く腑に落ちない点を話し始めた。
「うさみもわからないでしょ? 私もわからないんだよね。なんでスズツリー=ソウタさんが雷様にしびれ粉を飲ませたのか」
「ぬっ⁉︎」
一番驚いたのは、雷竜だった。黄色くふわふわな毛を逆立てて、しっぽはボン!と大きくなる。
「雷様のお部屋あった、木製の丸い入れ物に、ほんの少しだけどしびれ粉の成分が残っていたんだ。……と言っても、私もあのお部屋では何の錬成アイテムが入っていたのかまではわからなかったんだけどね。この部屋に来て、釜の中を見てピンときたの」
「ぐぬぬぬぬ……」
雷竜の眉間に皺が寄っていくのがわかる。
ふわふわな黄色の毛で覆われている顔が、みるみる険しくなっていった。
「うぅ~ん。【雷様の思(おぼ)し飯(メシ)】みたいに、好んで食べたのかなとも考えてみたんだけど、その様子を見ると違うみたいだね。気づいてなかったのかな?」
ミミリの悪意ない言葉に、雷竜は少し身を屈めた。
「……アンタ、酒に一服、盛られたんじゃないの?」
「ぬをををを‼︎」
うさみのトドメの一撃で、雷属性の頂点である雷竜はその場に虚しく崩れ落ちた。
しかし絶対的強者が崩れ落ちても全然違和感はなく。
今は見た目が愛らしい黄色い猫が、ふにゃりとアルヒの膝に顔を埋めただけだった。
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