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第2章 審判の関所

2-13 1時間目、座学の時間

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 『1時間目 座学の時間 ~錬金術が秘める無限の可能性~』

 くまゴロー先生によって緑の板書に書かれた白文字。
 どうやら座学の時間では、錬金術の奥深さについての講義を受講させてもらえるようだ。

「さぁ、1時間目の授業を始めましょう。全問正解されたミミリさんの入学テストの問題用紙に沿って進めていきますよ」
 と言って先生は、ミミリの問題用紙を緑の板書に貼りだした。

「エェッ⁉︎ ……恥ずかしいなぁ」

 ミミリはほんのり赤く染まった頬を両手で抑えて少し俯く。うさみはミミリの様子を見て思わずクスッと笑ってしまう。

「まったく、うちのミミリは可愛いんだから」


『森のくま先生の錬金術士の錬成学校~入学テスト~ 

 名前:ミミリ

 第一問(記述問題)
 汎用性の高い【ミール液】を錬成するために必要な錬金素材アイテムの名前は?

 答:ミール草×5、冷たい水×1

 第二問(記述問題)
 戦闘アイテムにおいて使用頻度の高い【睡眠薬】。必要な錬金素材アイテムの名前は?

 答:誘眠剤ゆうみんざいの素×3、【しずく草の原液】×1、【ミール液】×1

 第三問(択一問題)
 アイテム錬成には、いくつかのポイントを押さえておく必要があります。では、次のうち不要なものは?
 1 温度管理
 2 MP管理
 3 工程管理
 4 探究心
 5 熱い心

 答:不要なものはありません。

 第四問(択一問題)
 味覚だけでなく嗅覚、視覚、心をも虜にする【魅惑の香辛料】。次の錬金素材アイテムに加えて、後一つ必要なものは?
 ・魅惑のスパイス(赤)
 ・魅惑のスパイス(黄)
 ・魅惑のスパイス(オレンジ)
 ・【ミール液】
 ・?????

 1 【雷電石の粉末】
 2 【火薬草の結晶】
 3 【ミンティーの結晶】
 4 【しずく草の原液】
 5 【陽だまりの薬湯】

 答:4の【しずく草の原液】、必要数は2です。

 問題は以上です。お疲れ様でした!』

 問題用紙には、くまゴロー先生によって付された赤マルが全問題に付けられている。


「さぁ、このテストの解答について、何か気がつくことはありますか?」

 うぅ~ん、と一斉に腕を組み首を捻る一同。
 ハッと気がついたのはゼラだった。
 挙手したゼラに向かって、先生は左の手のひらで優しく回答を促す。

「はい、ゼラくん」
「ハイッ! 【睡眠薬】と……」
 と、言いかけたゼラの言葉を遮るのはうさみだ。

「ゼラの夜寝る前の飲み物は聞いてないわよ?」
「からかうなよな、うさみ。俺の内なる羞恥心がまた荒ぶり始めるだろ? ……すみません、脱線して。【睡眠薬】と【魅惑の香辛料】を錬成するためのアイテムに共通するものがあるようです」

「……。 ――ほんとね‼︎」

 うさみはゼラの回答途中で揶揄を入れたものの、ゼラが的確に回答したことに驚いた。

 ……ゼラ、意外とやるのよね。まぁ、口に出しては褒めないけど。うちの子たちは、なかなかやるのよ。驚いたでしょ、くまゴロー先生?
 と考えながら、うさみはふふんと鼻を鳴らし自慢気な表情を浮かべる。そんなうさみを横から見るミミリは、また考え事で忙しいんだろうな、と優しく微笑んだ。

「素晴らしい回答ですよ! 皆さん、ゼラくんに大きな拍手を贈りましょう!」

 ――パチパチパチパチ!

 拍手を浴びるゼラは得意気にミミリ越しにうさみを見て、
「夜の飲み物の件、名誉挽回したからな?」
と言ってドヤ顔で笑った。まるで褒めてくれと言わんばかりに。

「頑張るのはすごいし、いいことなんだけど、物足りないのよねぇ。ゼラはからかわれてナンボなんだから」
「……⁉︎ 何か言ったか?」
「いーえ、何にも」

 うさみは慌てて口をつぐんだ。


「ゼラくんがお気づきのとおり、これら錬成アイテムには共通する錬成アイテムが使われています」

 説明しながら、先生は緑の板書に要点を書き連ねていく。錬成アイテム名はピンク色、その他の文字は白色で。そして共通する錬成アイテムには、黄色の矢印を右横に書いていった。

『共通する錬成アイテムについて考えてみましょう

◎【睡眠薬】
 ・誘眠剤《ゆうみんざい》の素×3
 ・【しずく草の原液】×1  ←共通!(個数相違あり)
 ・【ミール液】×1 ←共通!

◎【魅惑のスパイス】
 ・魅惑のスパイス(赤)
 ・魅惑のスパイス(黄)
 ・魅惑のスパイス(オレンジ)
 ・【ミール液】×1 ←共通!
 ・【しずく草の原液】×2 ←共通!(個数相違あり)』

「ゼラくんすごい!」
「なるほどね……」

 うさみは、腕を組んでふぅむ、と頷く。
 この世に生を受けて以降、ミミリやアルヒとともに暮らしてきたうさみ。錬成アイテムに馴染みはあるものの、それらを構成する錬金素材アイテムを意識することはあまりなかった。採集作業をすることはあっても、実際に錬成するのはうさみではなかったからだ。

「同じ錬成アイテムがベースになっていても、分量が違ったり、その他に加えるアイテムが異なったり、また工程が異なるだけで全く違ったアイテムを作ることができる、それが、錬金術の魅力です」
「とても、わかりやすい講義だわ」

 例を挙げながらわかりやすく説明するくまゴロー先生の授業はさすがの一言。生徒たちの集中力は、先生の手腕によって高まってゆく。

 生徒たちの視線を一身に浴びる先生は、笑みを浮かべながら、新たな文字を書き始めた。

『錬成アイテム×錬成アイテム=無限の可能性』

「読んで字の如くですが、錬成アイテムを掛け合わせることが、錬成術が秘める無限の可能性です」

 ミミリの晴れた空色の瞳は、どんどんとキラキラ輝きを増していく。「錬金術の無限の可能性」にすでに魅せられているミミリにとっては、首肯するしかない先生の言葉。ミミリは前のめりになるくらい授業に夢中になっている。
 それはゼラも同じだった。

「無限の可能性っていうのなら、俺にもわかります。ミミリの【絶縁の軍手グローブ】で、俺も錬金術に同じことを思ったから」
「ほう、それは興味深い。その話、ぜひ聞かせてください」

 俺には何のアイテムを使っているかわからないから、ということでゼラに促され説明するミミリ。

 ミミリが失敗を活かし、改良を重ねて完成させた【絶縁の軍手グローブ】。
 失敗作は温厚なミミリが怒るほどの効果をもたらし、成功作は雷属性の魔力の絶縁効果がある。
 失敗と成功の分岐点は、1つの錬金素材アイテム、「木の屑」だ。錬金素材アイテムといっても、森の窪地の大きな木を伐採したときに手に入れた副産物。
 日常生活で軽視されがちな物であっても、錬金術士にとっては打開の一手と成り得たりする。これもまた、錬金術の無限の可能性だと言えるだろう。
 
 【絶縁の軍手グローブ】について一通りの説明を終えたミミリ。緊張から、ミミリの顔はすでに真っ赤になっている。
 興味深い錬金術の話で瞳を輝かせた次なる者は、くまゴロー先生だった。

「なんと興味深い錬成アイテムの話でしょうか。ミミリさん、貴方の発想は素晴らしい」
「ありがとうございますッ!」
「……ゼラくん?」

 ミミリの代わりにお礼するゼラ。
 ミミリもうさみも思わず笑ってしまった。

「アンタ、ミミリの何様のつもりよ?」
「俺はミミリ隊長のプレゼンターだな! ホラ、『入学テスト』に書いた俺のプレゼンテーション、良かっただろ? テストに解答してるはずなのに、なんだかミミリの推薦状みたいになっちゃってさ」
「自ら地雷を踏んでくスタイル? あんなに恥ずかしがってたじゃない」
「そうでもしないと、俺の羞恥心は荒ぶりたがる。……俺は、俺の羞恥心に耐性をつけたいんだ」

 ミミリはゼラの発想にクスリと笑ってしまう。

「なんだか、アルヒの雷属性の特訓みたいだね。『属性習得のためには常に属性の中に身を置かないと』って」
「だろ? 俺はアルヒさんの一番弟子だからな!」
「困った一番弟子さんね? 次の属性習得は『羞恥心』?」
「真面目な修行も、ちゃんとしてるから!」

 ミミリもうさみもクツクツ笑う。
 それにつられて、くまゴロー先生も。
 ……姿は見えないが、どこからかピッピッピッと音がするのは、ピロンの笑い声?

「まったく、ピロンまで馬鹿にしやがって」
と、ゼラは腕を組んで不満気に呟いた。


 くまゴロー先生は授業の最後に、もう1つ錬金術の魅力について語ってくれた。

「もう一度この文字を見てください。『錬成アイテム×錬成アイテム=無限の可能性』。不良なアイテムを掛け合わせるよりも、良質なアイテムを掛け合わせた方が質の高い錬成アイテムとなる可能性が高まります。……具体例を挙げましょう」

 くまゴロー先生は、ミミリに視線を移す。

「ミミリさんが今までに錬成したアイテムのうち、思い入れのある錬成アイテムを教えてください。そしてその構成アイテムも」

 ミミリがうぅーんと唸ったのちに、
「【弾けるピギーウルフのミートパイ】です」
と答えると、うさみもゼラも「ひぃ~」と引き気味の声を上げた。

「……? どうしたの? 2人とも。」
「「……なんでも、ないよ……」」

 2人の様子を見て察するくまゴロー先生。

「相当な威力を持つ錬成アイテムのようですね」

 先生は、ミミリから聞き取った【弾けるピギーウルフのミートパイ】の構成アイテムを、次々に板書していった。

『【弾けるピギーウルフのミートパイ】
 ・ピギーウルフの肉 ×3
 ・メシュメルの実(中身) ×2
 ・小麦粉 ×1
 ・【ミール液】 ×1
 ・【火薬草の結晶】 ×1
 ・【弾けたがりの爆弾】のカケラ 適量』

「注目していただきたいのが、錬金素材アイテム3種類に、錬成アイテム3種類を使用しているということですね。……なるほど、これは思い入れも強くなるはずです」
「……というと?」

 質問したのはうさみだった。もちろん、ゼラも同じ疑問を抱いている。
 ミミリだけは、理解してもらえて嬉しい、そんな表情を浮かべていた。

「【弾けるピギーウルフのミートパイ】に使用した錬成アイテムも、錬成アイテムとしての完成品です。例えば、【ミール液】を錬成するためには、ミール草が5つと、冷たい水が1杯必要です。……ここまでお話したら、貴方たちならピンとくるかもしれませんね」
「【火薬草の結晶】も、【弾けたがりの爆弾】も、いくつもの錬金素材アイテムを使って出来た錬成アイテムってことだよな……」
「今まで意識していなかったけど、錬成アイテムってたくさんの錬金素材アイテムを緻密に組み合わせて作られていたのね」

 うさみたちの驚く様子を見て、ミミリは照れながらふふっと笑う。

「なんだかすごそうに聞こえるかもしれないけれど、たまたま出来上がることだってあるんだよ。……ホラ、【びっくりアップルパイ(サプライズパーティー用)】とかね?」
と言って、ミミリはペロッと舌を出した。

「まぁ、確かにアレはビックリしたけど……」

 呟くうさみの気持ちを代弁したのは、くまゴロー先生だった。

「驚く気持ちもわかります。ですが、偶然のように見えて必然かもしれません。錬金術には、才能が必要ですから」
と言いながら、くまゴロー先生はミミリをため息混じりに眺めて笑った。

 ……なんて有望な生徒なのでしょう。【絶縁の軍手グローブ】の発想もさることながら、【弾けるピギーウルフのミートパイ】も素晴らしい作品です。なぜならば、これを錬成するためには……。

「【弾けるピギーウルフのミートパイ】を錬成するためには、数にしてなんと32もの錬金素材アイテムが必要になりますね。そして強調すべきはそれらが全て良質でない限り、錬成アイテムは完成しないということでしょうか」

「「……。……‼︎ エェェ~ッ⁉︎ 【弾けるピギーウルフのミートパイ】1つ作るのにアイテムが32個も必要なのぉ~!」」
「息ピッタリですね」

 驚くうさみたちに反して、ゆったりとミミリは完成させた感想を語った。

「うん、ちょっと大変だったかなぁ。……でも、楽しかったよ?」

 ミミリは小首を傾げながらふふっと笑う。

「うちの子、やっぱりすごいわよね?」
「な? プレゼンテーションのしがいがあるだろ?」

 うさみとゼラもミミリの凄さがわかったようだが、より錬金術の知識があるくまゴロー先生は尚更だ。

 ……なんて、才能ある生徒なんでしょう。

 かくして、1時間目の座学の時間『~錬金術が秘める無限の可能性~』は、ミミリの才能の一端を垣間見て、無事に授業終了の鐘の音を迎えたのだった。


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