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第2章 審判の関所

2-30(幕間)忖度疑惑?

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 ミミリたちが旅立った後。
 ピロンとくまゴロー先生は名残惜しさから、未だ教室で佇んでいた。

 くまゴロー先生は、うさみがテストの余白に描いてくれた絵を緑の板書に貼り、柔らかい笑みを浮かべて眺めていた。額縁にでも入れて飾ろうか、そう思った瞬間、ピロンはくまゴロー先生にいつもの調子で話しかける。

 ――ピロン!
『まったく、血も涙もない冷徹なくまかと思っていましたが、意外や意外。血も涙もあったのですね』
と言うピロンの揶揄も込めた言葉に、くまゴロー先生は少し自嘲気味に答える。

「それについては仰るとおり、としか言えないですね。しかし、貴方こそ。例えばあのパーティーへの審判を甘くしてしまいたくなるような気持ちは同じだったのではないですか?」
『まぁ、同じですね』
「いかなる事情があろうとも審判は公正かつ厳正に行うよう仰せつかっていたのですから、私たちはお叱りを受けるかもしれませんね」
『問題ありません。露見しなければよいのですから。振り返りをしてみましょうか。完全犯罪をするためには、理解度が重要ですから』
「完全犯罪とは聞こえが悪いですが、共通認識を持ち理解を深めるという点は全面的に賛同いたします」



 ――かくして、くまゴロー先生とピロンの会議が始まった。しかも、二人だけではなく「共犯者」も交えた大規模な会議だ。

 くまゴロー先生は、主にピロンと議論を重ね、いささか甘い審判となったと懸念される箇所を緑の板書に書きだしていった。

『議題:ミミうさ探検隊への忖度疑惑について
①ピロンのワンポイントアドバイス
②うさみへの態度
③流れるそうめん大会の開催
④モンスターの協力
⑤【マジックバッグ】贈呈
⑥ダンジョンクリア後の冒険出発地点について』

「では①から。要所要所で御助言されてらっしゃいましたね。私たちは審判を下す側。本来、慣れ合ったり挑戦者にとって過度に有利になるような助言はしてはならない……」
『それを言うなら③だって④だってそうでしょう。そうめん大会でもてなした挙句、立ちはだかるべきモンスターでさえも協力するとは』
「ぷー」
「ぶー」
「えぇ、間違いなく、やってしまいましたね。本来は食糧支援なんてあり得ないですから」

 共犯者として会議に出席しているパステルぷる、ダークぷるも小刻みに震えしょぼんとしている。

「いわば私たちは同じ罪を犯したパーティー。一連托生です。正直に話してお叱りを受けましょうか」
 ――ぴろぉぉん?
『それはあり得ないでょう。口裏合わせてシラを切ればいいのです』
「ぷ~」
「ぶ~」

 正直に打ち明けようとしたくまゴロー先生の意思に反して、ピロンたちは否定的。
 反対多数により口裏を合わせる方向で採択されてもなお、くまゴロー先生は譲らない。

「では、状況に応じて打ち明けられそうなのであれば正直に話すということで」
『……この堅物が』
と言うピロンに賛同し、ぷるぷるたちもガックリしている。それでも怯まないくまゴロー先生にぶつけるのは、ピロンの究極の一言。

『②の件はどうするのです。出会い頭に挑戦者を口説くなど前代未聞なのでは?』

 途端に、くまゴロー先生の顔は陰り、小さな耳はピクンと動く。そして声量を落とし眉間に皺を寄せながら、重たい口をゆっくり開いた。

「……手を、打ちましょう。口裏を合わせるという方向で」
『フフフ。ぷるぷるたちよ、私のことは知将と呼んでいただいても差し支えありませんよ』
「ぷぷぷ~」
「ぶぶぶ~」

 表情などほぼないというのに、ピロンもぷるぷるたちも、ニヤリと微笑んだ気すらするから不思議だ。
 くまゴロー先生は、不本意ながらも悪巧みの会に与することになってしまい少し心がざわつくも、うさみのことを想えば仕方ないことだと割り切った。


 ――ピロン!
『それよりも……、⑤です。本来、錬金術士ルートのクリア報酬はご主人様から託された黒い本のみでしょう? なぜゼラに【マジックバッグ】をあげたのです? ゼラは錬金術士でもないというのに』
「……それは……」

 ピロンの質問を受けて、くまゴロー先生はゼラの人となりを頭に思い浮かべる。
 面倒見がよく、人当たりも良く。常に一生懸命で笑顔が印象的なゼラ。
 しかし、ゼラがふと見せる影は、ゼラの決して長くはない人生においてかなりの負荷があることを感じさせた。それは過去の闇なのか、それとも何かの重責か。いずれにせよ、よわい15歳の少年が背負うにはあまりにも重たすぎる何かがゼラにはある。

「何らかの形で、ゼラくんの力になりたくなってしまいまして。それに、アタッカーのゼラくんにピッタリでしょう? 武器専用の【マジックバッグ】だなんて。彼の仲間を助けたいと想う決意は強く固い。彼ならばきっと、あの気性の荒い【マジックバッグ】とも上手くやれるでしょう」
『まぁ、基本的に憐れな弟分ですが、やる時はやる子だと私も思います』
「それに、可愛らしくもあるでしょう? ゼラくんのミミリさんに対する態度は」
 ――ピッ!
『あまりに度がすぎるスケコマシは、定期的にお仕置きされたほうがいいとは思いますが』
「……度がすぎる好意。なる、ほど……」

 ピロンの包み隠さぬ物言いは、女性視点の一意見として非常に参考になることが多い。
 審判の関所にて審判を下す側として立場を同じくするくまゴロー先生にとって、ピロンとの着眼点の差異は貴重な価値があるものだった。思い返せばミミリの母親のイヤリングも、ピロンはしっかりと記憶していた。

「……過度な好意は相手にとって負担になり得るということですか、心に留めておきます」


 ――ピロン!
『最後に⑥。クリア後の出発地点についてです。これは最良の地ですよね。人と人とが行き交う街が目と鼻の先ですから』
「えぇ、これは私とピロンさんで決めましたね」
『同意見だったとはいえ、私は大変驚きました。いつもなら、貴方はもっと無慈悲な場所へ『放出』するではないですか。例えば獰猛なモンスターが跋扈する森や、極端な例では深海の底とか。血も涙もないくまだと戦慄したものです』
「えぇ。過去の話において言えば、確かに。希少種モンスターが巣食う地へ送り出した例もありましたね。しかし、それが本来の審判の関所のあるべき姿。審判を公正かつ厳正に行った結果です。しかし今回は――」

 くまゴロー先生が話を続けようと思った矢先、ぷるぷるたちが小さな目を潤ませて、震えながら訴えている。言いたいことがあるようだ。

 くまゴロー先生は、ぷるぷるたちの気持ちがなんとなくわかるような気がする。それは先生という特性だけではなく、ある共通点があるからだ。

「気にしているのですか? 本来敵対すべきミミリさんたちに協力したこと」
「ぷ~……」
「ぶ~……」
「大丈夫ですよ、私たちは皆同じです。貴方たちの気持ちはよくわかりますから」

 おそらくはミミリが醸し出すなんとも言い表せない魅力的な雰囲気に惹かれたのだろう、とくまゴロー先生は考えた。
 
 ……気持ちは痛いほどわかるのですよ。かつてモンスターであった私も、偉大なる錬金術士スズツリー=ソウタに惹かれましたから……

「知性や言語……本来ならば、ありとあらゆるものを私に与えてくださった、ご主人様の言い付けに従い、報いるべきなのでしょうけれど」
『ソレはソレ、コレはコレです。予定どおり口裏を合わせればよいのです。『忖度など一切ない』、と。いかがですか、共犯者諸君』
「ぷぷー!」
「ぶぶー!」

 ぷるぷるたちも、ピロンの提案の口裏合わせに大賛成のようだ。くまゴロー先生に向ける視線は先程とはうってかわって、すっかり元気そうに見える。

 繰り返しになるが、ピロンたちは表情などほぼないというのに、不敵に笑っているように見えてしまうから不思議でならない。

 くまゴロー先生は、クスリと笑ってから、話を切り替えるため、ドムッとひとつ、手を叩く。

「話を元に戻しましょう。⑥については、ほぼミミリさんたちが実力で勝ち取った出発地点と言えますね。融通したとするならば、真っ黒であるはずだった移動経路の滑り台を明るい虹色にしたことでしょうか」
『その程度、忖度のうちにも入らないでしょう。あのパーティーのダンジョン攻略は素晴らしかった』
「ぷぷ!」
「ぶぶ!」

 ぷるぷるたちも強く同意している。モンスターですら賞賛するほどに、ミミリたちのダンジョン攻略は素晴らしかった。

「素晴らしいと思える攻略をした挑戦者は、これにて2組目となりましたね。アルヒさんたちに会うに足る倫理観を持ち合わせると太鼓判を押せる挑戦者は」
『そうですね。過去にクリアした挑戦者は、アルヒ姉様たちに会うに足る倫理観を持ち合わせておらず、元いた世界へお帰りいただきましたからね』
「……えぇ。クリア後の出発地点として、とんでもない場所から新たな冒険を始めていただくオマケ付きではありますが。そういえば、空の上に『放出』したこともありましたね」
 ーーピッ!
『やはり根本は、冷徹冷酷なくまそのものではないですか』



 仕切り直して、ピロンは言う。
 ――ピピッ!
『では、ミミうさ探検隊への忖度疑惑は晴れたということでいいのではないでしょうか。終わりよければ全てよしということで』
「……上手くまとまったように見えますが、特に②、うさみさんへの態度については口裏合わせを重々お願いいたしますね。出会い頭に口説いてはいない、『私たちは互いに惹かれあったのだ。それは、運命だったのだ』と」


『……』
「ぷ……」
「ぶ……」


 ピロンもぷるぷるたちも、くまゴロー先生のキザな物言いに言葉を失った。
 少し間を置いて、ピロンは敢えて聞こえる音量でポップアップに大きな文字を綴る。

 ――ピロン!
『あまりに度がすぎるスケコマシもキザ野郎も、定期的にお仕置きされるべきですね』



 ――ここは、一風変わったダンジョン、「審判の関所」。
 審判を下す者たちは、ダンジョンの次なる挑戦者を心を焦がして待ち続けている。
 もちろん、審判を甘くしてしまいたくなるあのパーティーの再訪は胸を躍らせ待ち続けている。

 来たるその日を心待ちにして。
 審判の関所は、再び闇に包まれてゆく……。
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