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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-20 アングリーな大剣使い
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「あのさ、こういうのを、痩せの大ぐ……」
「あら、ダメよバルディ。こういうのは、そっと見守るのが紳士的よ? お手本になるから、ゼラを見てごらんなさい? まぁ、だいぶ桃色だけどね?」
ゼラは、ふんわりと優しい笑みを浮かべながら、アップルパイを切り分けミミリに渡す。そしてテーブルに頬杖をつき、幸せそうに食べるミミリに負けないくらいの表情を浮かべてミミリを見つめている。
「まったく、可愛いったらないな」
バルディは、ゼラも可愛いがミミリのような妹分も可愛くてたまらない。自分の弟妹のように、それはそれは優しい表情で2人を眺めている。
「いい表情しちゃって」
そんなバルディも、パーティーの年長者(?)のうさみにとっては可愛く見える。
「たまには、大勢で食卓を囲むのもいいわね」
ミミリにゼラ、うさみだけで囲んでいるいつもの食卓。今日はバルディに、もう1人……。
「「んんんん~! お~いし~っ!」」
ミミリと同じく、片頬に手をあてて幸せそうに震える銀髪の女性。背中には、華奢な身体とタレ目のおっとり顔に似合わない鉄の大剣を背負ったまま。バルディ曰く、200キロはあるという。
「お嬢さん、貴方のご飯と~っても美味しいです! 久しぶりの食事、しかもこんなに美味しいご飯をたくさん食べさせてもらえるなんて」
おっとり顔の女性、ヒナタはポケットから出したレースのハンカチでお上品に口元を拭いた。
そのお上品さからは想像もできないくらいの量の料理が、彼女の胃に吸い込まれていった。いつも元気いっぱい、たくさん食べるミミリよりも、下手したら多い量かもしれない。
「褒めてくれて嬉しいです! ヒナタさん、久しぶりのお食事だったんですか?」
「そうなんです~。最後に食べたのはいつだったかしら……10日くらい前? もっと前かしら? 運良く水場に何度も巡り会えたから、干からびなくて済んでいたのですが、今回ばかりは死ぬかと思いました。……ところで……」
ヒナタは、頬に手をあてたまま目を細めてバルディを見る。
「貴方、バルディって呼ばれていますが、バルディ=アザレアですか?」
「そうです。お久しぶりです、ヒナタさん」
バルディは着座ながらも深々と腰を折った。親しき中にもなんとやら、というものなのだろう。やはりバルディは根本から礼儀正しい。
バルディのお辞儀に負けないくらい礼儀正しく腰を折ったヒナタは、顔を上げて再び片頬に手をあてながらミミリとゼラを見る。
「バルディ、もしかしてこの子たち、貴方のき……」
「最近アザレアにやってきた、後輩冒険者なんですよ。本当の弟妹のように、可愛がっています」
「……そうなんですね……」
礼儀正しいバルディは珍しく、先輩冒険者の言葉を遮ってミミリたちを紹介した。
うさみは、バルディの心の機微に触れたんだろう、と解釈し場の雰囲気を変えるべく自慢の自己紹介を試みる。
「私、魔法使いのうさみと申しますの。ミミリのぬいぐるみですのよ。私絵画も嗜んでおりまして、今後個展も開く予定なので是非工房にいらしてくださいね。おほほほほ~。こちらは見習い錬金術士のミミリ、そしてゼラですわ、以後お見知り置きくださいませ」
「これはこれは、ご丁寧に~。申し遅れましたが、私はヒナタ。アザレア出身です。見てのとおり大剣使いですよ。一応、C級冒険者です」
ミミリは思わずヒナタを見てしまう。華奢な体型で、どうやって大剣を振るうのか気になって仕方ない。
改めて目を向けてみると、美しいおっとり顔に似合わず、服も身体も汚れが目立つ箇所があった。黒っぽい、シミのようなもの。同じくうさみも気になったようで、2人は目を合わせて頷き合う。
女性はいつだって綺麗にしていたいもの。ミミリは【マジックバッグ】から、あるアイテムを取り出した。
「ヒナタさん、席を離れてここに立ってください。びっくりしちゃうかもしれませんが、動かないでくださいねっ!」
「は、はい」
ミミリは、手のひらに収まるサイズの筒状のボトルを振って、透明の蓋を外し、ボトルの頭頂部を人差し指で押した。
――しゅわわわわわ~!
「あわわ~⁉︎」
するとたちまち、ボトルから1メートルくらい離れたヒナタに向かって、白くボリュームのある泡が飛び出した。
【シャボン羊さんのスプレーボトル メリーさんのような仕上がり 特殊効果:全身をメリーさんのような泡が包み込み、軽く擦るだけで汚れを浮かせる。一定期間の防汚効果の恩恵付き。持ち運びに適したボトルタイプでアウトドアにピッタリ】
「ヒナタさん、そのまま軽く擦ってください! ……うさみ!」
「オッケーよん! ……清浄なる温風、ミンティーを添えて」
うさみが魔法の詠唱とともに【ミンティーの結晶】を一粒空へ放り投げると、結晶は一瞬にして粉砕され、粉末となって温風に乗りヒナタを優しく包み込む。
「しあ……わせ……」
ヒナタは清涼感のある温風に包まれ、泡も吹き飛びあっという間にふんわりと乾いてしまった。肌はしっとり、それでいてさっぱりとした極上の仕上がり。服も新品のように美しい。
「すご……いな……。俺、驚いてばかりだ」
「私もです。これが、錬金術士と魔法使い……。いけない、お礼が遅れました。ありがとうございました」
驚くバルディとヒナタに、トドメのエスコートをしたのはゼラだった。
「2人ともお疲れでしょうから、小屋でゆっくり休んでください。宵の番は俺たちが交代でしますから」
バルディとヒナタは互いに顔を見合わせた後、2人揃って深々と腰を折った。
「「何から何まで、ご親切に~」」
あまりに礼儀正しい、先輩冒険者たち。ミミリたちは思わずクスリと笑ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「嘘……みたい……」
「信じ……られない、わ……」
「夢なんじゃないか? きっと、そうだ」
ミミリとうさみ、そしてゼラも。
たった今起こったことが、
その目で見たことが、
信じられない。
――その信じがたい世界の中心で視線を一身に浴びる人物。
渦中の人は――――笑っていた。
――時は少し前に遡る。
野営を無事に終え朝ご飯も済ませた後、うさみの探索魔法により、たくさんの反応を感知した。
色は、パープル。接近速度から見ても、ピギーウルフだと推測された。
「みんな! 戦闘体制をとって! おそらくピギーウルフ。複数個体いるわ!」
「「「ーー!」」」
「う、うん! わかった!」
「俺は精々、足を引っ張らねえようにしねぇと」
「俺が先陣を務める! みんなは後ろに……」
「ふふっ! ふふふ……」
――緊迫感漂う中、不気味にも聞こえる笑い声が響き渡る。
大剣を留めるベルトを、ポタリと地面に落としながら柄を握るヒナタ。いつもどおり片頬に手を当てているが、異なるのは、その表情。
しとやかでおっとりではなく――そこにいたのは、不自然に眉尻を下げ恍惚の表情で不気味な笑みを浮かべる、ヒナタだった。
「みんなァ、邪魔しないでよネェ……! 獲物は全部私のだからァッ!」
「「「え……? 誰、アレ……」」」」
一同が半ば言葉を失う中、ハッと気がつくバルディ。
「どうなるかと思ったが俺たちはツイてる。今日はヒナタさんがいる。『鬼神の大剣使い』が見られるぞ……!」
――そこから先は、凄惨たるものだった。
ピギーウルフは、5体だった。
うさみは、全員に保護魔法――聖女の慈愛をかけ……ようとした。
ヒナタは、うさみがヒナタにも保護魔法をかけようとした瞬間、ヘビがうさぎを睨むかのようにキッと睨め付け、静止させた。
「邪魔すんなって、言ったでしょう? 獲物は全部、私のなんだかラァッ!」
ヒナタが両手で大剣の柄を握った途端に感じる、彼女の内から湧き上がるような禍々しい気配。目に見えないが、底冷えするような、歪んで毒々しいオーラを纏っているような、そんな気さえする。
「これって、剣聖の逆鱗みたい……」
うさみが思わず呟くように、ピギーウルフ5体の敵対心は一瞬にしてヒナタに向いた。
「いらっしゃい、ワン公ども……!」
獰猛なピギーウルフは、恨めしそうに唸り声を上げてヒナタに襲いかかった。
そのスピードは、放たれる矢の如し。
ヒナタは、ピギーウルフが地を蹴り首元に喰らい付こうと迫り来るタイミングで――
「アハハハハ! まず1匹~ッ!」
――大きく大剣を真横に薙ぎ払い、ピギーウルフを斬り払った。
「ギャウウウウウ~!」
苦しそうな呻き声を上げながら、胴体を深く切られた衝動で宙を飛ぶピギーウルフ。着地の姿勢をとることも叶わず、横腹を激しく打ち付けながらゴロゴロと転がっていった。
「す、すご……」
思わず、ゼラは声を上げてしまう。
ピギーウルフと剣を交えたことがある者だからこそ、ヒナタのすごさがわかるというもの。
ピギーウルフは、スピードもあればパワーもある。すれ違いざまに一太刀浴びせる、のならばわかるが、向かってくるパワーも重量もねじ伏せて、あのように切り払うのは至難の業だ。それこそ、怪力とも呼べるような圧倒的なパワーがなければ到底無理な話。華奢なヒナタのどこに、そんな力があるというのだろうか。
「アハハハハッ! ビビっちゃって。腰でも抜かしたわけ? コシヌカシがぁ!」
「――!」
ゼラは思わず、『コシヌカシ』という単語にピクンと身体が反応してしまう。
「ちょ、俺のことじゃないぞ?」
気がつけば、うさみとバルディが憐れんだ目でゼラを見ていた。
ヒナタが言うほうのコシヌカシ4体は威圧されその場ですくんでいたが、示し合わせたかのようにうち2体が同時に地を蹴り、内なる狂気――決死の覚悟とともに迫り狂った。
迫り来るタイミングで下から斜め上へ振り上げられる大剣。
――ザンッ
という音ともに、まるで子犬かのような鳴き声を上げてピギーウルフは2体仲良く吹き飛ばされた。
「アハハハハ! ねぇ、どれっくらい痛いの? ねえ!」
残る2体は、しっぽを巻いて逃げ出していった。
滑稽とも思える敗者の後ろ姿に、追い討ちの言葉を浴びせるヒナタ。
「アハハハハ! 逃げ出しちゃうのね? 負け犬のコシヌカシめが」
「ーー! くそ、コシヌカシっていう単語に身体が勝手に反応する」
またもや身体がビクンとしてしまうゼラ。
そんなゼラは視界に入らず、ヒナタはーー不気味な笑い声を上げながら、片手だけで大剣を振るう。
――ブゥン、ブゥン!
大剣が、重たそうに、しかし勢いよく宙を舞う。
大剣についた血糊は、空を斬りながらビシャリと地に落ちる。
気がつけば、戦闘は終了していた。
――そして、時は現在へ。
横たわるピギーウルフと、飛んだ血飛沫。その世界の中心で、ミミリたちの視線を一身に浴びる人物。
渦中の人、鬼神の大剣使いヒナタは――――笑っていた。恍惚至極の表情を、ねっとりと浮かべながら。
「あら、ダメよバルディ。こういうのは、そっと見守るのが紳士的よ? お手本になるから、ゼラを見てごらんなさい? まぁ、だいぶ桃色だけどね?」
ゼラは、ふんわりと優しい笑みを浮かべながら、アップルパイを切り分けミミリに渡す。そしてテーブルに頬杖をつき、幸せそうに食べるミミリに負けないくらいの表情を浮かべてミミリを見つめている。
「まったく、可愛いったらないな」
バルディは、ゼラも可愛いがミミリのような妹分も可愛くてたまらない。自分の弟妹のように、それはそれは優しい表情で2人を眺めている。
「いい表情しちゃって」
そんなバルディも、パーティーの年長者(?)のうさみにとっては可愛く見える。
「たまには、大勢で食卓を囲むのもいいわね」
ミミリにゼラ、うさみだけで囲んでいるいつもの食卓。今日はバルディに、もう1人……。
「「んんんん~! お~いし~っ!」」
ミミリと同じく、片頬に手をあてて幸せそうに震える銀髪の女性。背中には、華奢な身体とタレ目のおっとり顔に似合わない鉄の大剣を背負ったまま。バルディ曰く、200キロはあるという。
「お嬢さん、貴方のご飯と~っても美味しいです! 久しぶりの食事、しかもこんなに美味しいご飯をたくさん食べさせてもらえるなんて」
おっとり顔の女性、ヒナタはポケットから出したレースのハンカチでお上品に口元を拭いた。
そのお上品さからは想像もできないくらいの量の料理が、彼女の胃に吸い込まれていった。いつも元気いっぱい、たくさん食べるミミリよりも、下手したら多い量かもしれない。
「褒めてくれて嬉しいです! ヒナタさん、久しぶりのお食事だったんですか?」
「そうなんです~。最後に食べたのはいつだったかしら……10日くらい前? もっと前かしら? 運良く水場に何度も巡り会えたから、干からびなくて済んでいたのですが、今回ばかりは死ぬかと思いました。……ところで……」
ヒナタは、頬に手をあてたまま目を細めてバルディを見る。
「貴方、バルディって呼ばれていますが、バルディ=アザレアですか?」
「そうです。お久しぶりです、ヒナタさん」
バルディは着座ながらも深々と腰を折った。親しき中にもなんとやら、というものなのだろう。やはりバルディは根本から礼儀正しい。
バルディのお辞儀に負けないくらい礼儀正しく腰を折ったヒナタは、顔を上げて再び片頬に手をあてながらミミリとゼラを見る。
「バルディ、もしかしてこの子たち、貴方のき……」
「最近アザレアにやってきた、後輩冒険者なんですよ。本当の弟妹のように、可愛がっています」
「……そうなんですね……」
礼儀正しいバルディは珍しく、先輩冒険者の言葉を遮ってミミリたちを紹介した。
うさみは、バルディの心の機微に触れたんだろう、と解釈し場の雰囲気を変えるべく自慢の自己紹介を試みる。
「私、魔法使いのうさみと申しますの。ミミリのぬいぐるみですのよ。私絵画も嗜んでおりまして、今後個展も開く予定なので是非工房にいらしてくださいね。おほほほほ~。こちらは見習い錬金術士のミミリ、そしてゼラですわ、以後お見知り置きくださいませ」
「これはこれは、ご丁寧に~。申し遅れましたが、私はヒナタ。アザレア出身です。見てのとおり大剣使いですよ。一応、C級冒険者です」
ミミリは思わずヒナタを見てしまう。華奢な体型で、どうやって大剣を振るうのか気になって仕方ない。
改めて目を向けてみると、美しいおっとり顔に似合わず、服も身体も汚れが目立つ箇所があった。黒っぽい、シミのようなもの。同じくうさみも気になったようで、2人は目を合わせて頷き合う。
女性はいつだって綺麗にしていたいもの。ミミリは【マジックバッグ】から、あるアイテムを取り出した。
「ヒナタさん、席を離れてここに立ってください。びっくりしちゃうかもしれませんが、動かないでくださいねっ!」
「は、はい」
ミミリは、手のひらに収まるサイズの筒状のボトルを振って、透明の蓋を外し、ボトルの頭頂部を人差し指で押した。
――しゅわわわわわ~!
「あわわ~⁉︎」
するとたちまち、ボトルから1メートルくらい離れたヒナタに向かって、白くボリュームのある泡が飛び出した。
【シャボン羊さんのスプレーボトル メリーさんのような仕上がり 特殊効果:全身をメリーさんのような泡が包み込み、軽く擦るだけで汚れを浮かせる。一定期間の防汚効果の恩恵付き。持ち運びに適したボトルタイプでアウトドアにピッタリ】
「ヒナタさん、そのまま軽く擦ってください! ……うさみ!」
「オッケーよん! ……清浄なる温風、ミンティーを添えて」
うさみが魔法の詠唱とともに【ミンティーの結晶】を一粒空へ放り投げると、結晶は一瞬にして粉砕され、粉末となって温風に乗りヒナタを優しく包み込む。
「しあ……わせ……」
ヒナタは清涼感のある温風に包まれ、泡も吹き飛びあっという間にふんわりと乾いてしまった。肌はしっとり、それでいてさっぱりとした極上の仕上がり。服も新品のように美しい。
「すご……いな……。俺、驚いてばかりだ」
「私もです。これが、錬金術士と魔法使い……。いけない、お礼が遅れました。ありがとうございました」
驚くバルディとヒナタに、トドメのエスコートをしたのはゼラだった。
「2人ともお疲れでしょうから、小屋でゆっくり休んでください。宵の番は俺たちが交代でしますから」
バルディとヒナタは互いに顔を見合わせた後、2人揃って深々と腰を折った。
「「何から何まで、ご親切に~」」
あまりに礼儀正しい、先輩冒険者たち。ミミリたちは思わずクスリと笑ってしまうのだった。
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「嘘……みたい……」
「信じ……られない、わ……」
「夢なんじゃないか? きっと、そうだ」
ミミリとうさみ、そしてゼラも。
たった今起こったことが、
その目で見たことが、
信じられない。
――その信じがたい世界の中心で視線を一身に浴びる人物。
渦中の人は――――笑っていた。
――時は少し前に遡る。
野営を無事に終え朝ご飯も済ませた後、うさみの探索魔法により、たくさんの反応を感知した。
色は、パープル。接近速度から見ても、ピギーウルフだと推測された。
「みんな! 戦闘体制をとって! おそらくピギーウルフ。複数個体いるわ!」
「「「ーー!」」」
「う、うん! わかった!」
「俺は精々、足を引っ張らねえようにしねぇと」
「俺が先陣を務める! みんなは後ろに……」
「ふふっ! ふふふ……」
――緊迫感漂う中、不気味にも聞こえる笑い声が響き渡る。
大剣を留めるベルトを、ポタリと地面に落としながら柄を握るヒナタ。いつもどおり片頬に手を当てているが、異なるのは、その表情。
しとやかでおっとりではなく――そこにいたのは、不自然に眉尻を下げ恍惚の表情で不気味な笑みを浮かべる、ヒナタだった。
「みんなァ、邪魔しないでよネェ……! 獲物は全部私のだからァッ!」
「「「え……? 誰、アレ……」」」」
一同が半ば言葉を失う中、ハッと気がつくバルディ。
「どうなるかと思ったが俺たちはツイてる。今日はヒナタさんがいる。『鬼神の大剣使い』が見られるぞ……!」
――そこから先は、凄惨たるものだった。
ピギーウルフは、5体だった。
うさみは、全員に保護魔法――聖女の慈愛をかけ……ようとした。
ヒナタは、うさみがヒナタにも保護魔法をかけようとした瞬間、ヘビがうさぎを睨むかのようにキッと睨め付け、静止させた。
「邪魔すんなって、言ったでしょう? 獲物は全部、私のなんだかラァッ!」
ヒナタが両手で大剣の柄を握った途端に感じる、彼女の内から湧き上がるような禍々しい気配。目に見えないが、底冷えするような、歪んで毒々しいオーラを纏っているような、そんな気さえする。
「これって、剣聖の逆鱗みたい……」
うさみが思わず呟くように、ピギーウルフ5体の敵対心は一瞬にしてヒナタに向いた。
「いらっしゃい、ワン公ども……!」
獰猛なピギーウルフは、恨めしそうに唸り声を上げてヒナタに襲いかかった。
そのスピードは、放たれる矢の如し。
ヒナタは、ピギーウルフが地を蹴り首元に喰らい付こうと迫り来るタイミングで――
「アハハハハ! まず1匹~ッ!」
――大きく大剣を真横に薙ぎ払い、ピギーウルフを斬り払った。
「ギャウウウウウ~!」
苦しそうな呻き声を上げながら、胴体を深く切られた衝動で宙を飛ぶピギーウルフ。着地の姿勢をとることも叶わず、横腹を激しく打ち付けながらゴロゴロと転がっていった。
「す、すご……」
思わず、ゼラは声を上げてしまう。
ピギーウルフと剣を交えたことがある者だからこそ、ヒナタのすごさがわかるというもの。
ピギーウルフは、スピードもあればパワーもある。すれ違いざまに一太刀浴びせる、のならばわかるが、向かってくるパワーも重量もねじ伏せて、あのように切り払うのは至難の業だ。それこそ、怪力とも呼べるような圧倒的なパワーがなければ到底無理な話。華奢なヒナタのどこに、そんな力があるというのだろうか。
「アハハハハッ! ビビっちゃって。腰でも抜かしたわけ? コシヌカシがぁ!」
「――!」
ゼラは思わず、『コシヌカシ』という単語にピクンと身体が反応してしまう。
「ちょ、俺のことじゃないぞ?」
気がつけば、うさみとバルディが憐れんだ目でゼラを見ていた。
ヒナタが言うほうのコシヌカシ4体は威圧されその場ですくんでいたが、示し合わせたかのようにうち2体が同時に地を蹴り、内なる狂気――決死の覚悟とともに迫り狂った。
迫り来るタイミングで下から斜め上へ振り上げられる大剣。
――ザンッ
という音ともに、まるで子犬かのような鳴き声を上げてピギーウルフは2体仲良く吹き飛ばされた。
「アハハハハ! ねぇ、どれっくらい痛いの? ねえ!」
残る2体は、しっぽを巻いて逃げ出していった。
滑稽とも思える敗者の後ろ姿に、追い討ちの言葉を浴びせるヒナタ。
「アハハハハ! 逃げ出しちゃうのね? 負け犬のコシヌカシめが」
「ーー! くそ、コシヌカシっていう単語に身体が勝手に反応する」
またもや身体がビクンとしてしまうゼラ。
そんなゼラは視界に入らず、ヒナタはーー不気味な笑い声を上げながら、片手だけで大剣を振るう。
――ブゥン、ブゥン!
大剣が、重たそうに、しかし勢いよく宙を舞う。
大剣についた血糊は、空を斬りながらビシャリと地に落ちる。
気がつけば、戦闘は終了していた。
――そして、時は現在へ。
横たわるピギーウルフと、飛んだ血飛沫。その世界の中心で、ミミリたちの視線を一身に浴びる人物。
渦中の人、鬼神の大剣使いヒナタは――――笑っていた。恍惚至極の表情を、ねっとりと浮かべながら。
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