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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-21 もう1つのあだ名

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「フフッ! アハハハハ! 足りない……ワァ」

 恍惚の表情をねっとりと浮かべるヒナタは、もっと獲物を寄越せと言わんばかりに、手のひらを上に向けて妖艶に指を動かし手招きしている。

「ミミリちゃん、何か甘いもの持ってないか?」
「エッ、甘いもの?」
「できれば、口の中に放り込めるサイズのものがいい」
「ええと……」

 バルディは、ミミリが【マジックバッグ】から出したアイテムを受け取って、笑い狂うヒナタの口へ向かって放り投げた。

「アハハ……はうっ!」


 【はちみつぷるんグミ 体力・MP回復(小)】


 バルディは、弓使いの感覚を活かした投擲とうてき能力で5メートル程度離れたヒナタの口の中へ見事にグミを投げ入れてみせた。
 すると……。

 ――。

 ――――。

 ヒナタはピタリと止まり、動かなくなった。

「あ、あの~。ヒ、ヒナタ、さん?」

 ミミリはおずおずとヒナタに声をかける。
 そのミミリを、ヒナタから守るように身体で隠すゼラ。うさみはミミリの腕にしがみつきながら、怖いものみたさでヒナタを見ている。

 ヒナタはようやく顔だけ動かして、森の木の葉の隙間から澄んだ青い空に向かって――

「ピギーウルフは物足りなかったけど……」

 ――と呟いてから片頬に手を当て、

「美味しいです~」

 と、口の中に広がる幸せに正気を呼び戻され、憑き物が取れたように、ミミリたちへおっとり顔を向けて小首を傾げた。


「鬼神、甘味で人と成る……。クセありすぎでしょ……」

 ミミリの腕から身を乗り出し、うさみはいつもどおりに毒づいた。

◆ ◆ ◆

「一宿二飯の恩義に報いる前に、またまたご相伴に預かれるなんて~!」
「ふふ。どうぞ召しあがれ。煮込みそうめんです。私は錬金釜で作りたいものがあるので、先に食べててくださいねっ」

 ――ちゅるっ!

 そうめんをすする、幸せな音。
 ピギーウルフとの戦闘で見せた一面が嘘のように、おっとりと幸せな表情を浮かべるヒナタ。
 うさみは思わず、質問したくなってしまう。

「ねぇヒナタ、戦闘中のこと、覚えてるの?」

 ヒナタはそうめんを口に運ぶのをやめ、片頬に手を当てて目を細める。

「覚えてますよ~。私、大剣を握ると少~しだけ強気になっちゃうんです」

「……」

 「あれで少し⁉︎」と言いたくなるうさみとゼラではあったが、本当に大剣を握ることだけが性格変異のスイッチなのかがわからなかったので、ヒナタをじ~っと見ながら、無言でそうめんをすする。

 ――ちゅる、ちゅるる……

 そうめんをすする音だけが食卓に響く。
 ヒナタはうさみたちを見て、ふぅっとため息をついた。

「なんだか……大剣を握る時もそうなんですけど、こういう雰囲気も……可愛がってあげたくなっちゃうんですよねぇ~」

 ヒナタはフォークに絡まったそうめん越しに、一同へニヤリとした笑みを浮かべてから、バルディにだけ見えるように軽くウインクをした。

「「――‼︎」」

 冗談を真に受け、ビクッと身体を硬直させるうさぎが2羽。
 屋外テーブルを挟んでヒナタと向かい合わせに座るゼラとうさみは、テーブルにお椀を置いて少しだけ身を屈め、顔を寄せ合って緊急会議を開く。それも極々、小さな声で。

「『鬼神という名の猛獣に睨まれたうさぎの会』、若しくは『人の皮を被った女豹の会』、開催よゼラ!」
「お、おう⁉︎ 随分と失礼な題名だな。まぁ、それは一旦置いておいて。 おっとりお姉さんかと思っただけに、俺は今汗が止まらない」
「私もよ、私のうさぎセンサーが『あるものを捧げてこの場を離れよ』と告げているわ!」
「なんだ? なんて言ってるんだセンサーは」

 小声ではあるものの、眼前で繰り広げられる会議は同じテーブルを囲むバルディとヒナタにはもちろん聞こえるわけで。
 少し離れたところで何やら錬成中のミミリ以外全員が、うさみの次なる発言に耳を傾けている。

「それはね……」
「うん……」

「コシヌカシという名の、生贄よん」

「――! 俺のことじゃないだろうなッ?」
「どうかしらね~ん」

「プハッ! 相変わらず面白いな、このパーティーは」
「ふふ。バルディが可愛がりたくなる気持ちもわかりますね~」

「なんだか楽しそうなお話してますね! 何のお話ですか?」

「あらミミリ! 錬成お疲れ様。ちょっとみんなでゼラの話してたところよ」
「やっぱり俺の話かよッ」

 ミミリはニコニコ笑いながら、笑い溢れるテーブルへ出来たてホヤホヤの料理を置いた。

「「わあああ~! 美味しそう」」


【そうめんとじゃがいものチーズガレット】

 ――カリッ、パリリッ!

 まぁるい円盤状のガレットは、ミミリが表面にナイフを突き立てるたびに食欲をそそる音を上げている。

「はじめての料理だな……ミミリちゃん、これは風変わりなピザか?」
「違うんですよ~! そうめんの残りとじゃがいも、チーズなどなどを混ぜ合わせて焼き上げてみたんです」

 ミミリは器用な手つきで、ガレットを切り分けていく。

 等分に切り分けられたガレットをサクリとフォークで刺して、口に運べば――

 ――カリッ! サクサクッ!

 ――という音とともに、香ばしいチーズと程良い塩味、外はカリッと中はほっくりの絶妙な歯応えが口いっぱいに広がる。

「「んんん~! 美味しい~!」」

 「猛獣」と「うさぎ」は、片頬に手を当てて震えて幸せな表情を浮かべている。ゼラも同じく、美味しいガレットに舌鼓を打つ中、バルディはというと……。

「ミミリちゃん、これ、錬成アイテムかなにかか?」
「錬金釜で焼き上げやすくするために少~しだけ【ミール液】を足しましたけれど、錬成アイテムっていうよりは料理ですね! フライパンでも簡単にできると思いますよ!」

「――すごい! すごいぞ! これは、流行るぞ!」
「もしやのまさかッ! バルディ、感じるわけっ?」
「そのとおりだうさみちゃん!」

 うさみはお行儀悪く、テーブルの上にピョンっと飛び乗り、立ち上がったバルディと呼吸を合わせ、2人揃って仰々しく手を大きく開いた。

「革命だっ!」 「革命だわぁっ!」
「「アザレアに吹き荒れる革命の追い風ッ!」」

「そうと決まれば、作戦会議だッ」
「そうねバルディ。アザレアの懐も私たちの名声もウッハウハの鰻登りになる戦略を練らないと」
「「フフフフフフ」」

 席に座り直した2人は、身を屈めることなく少し偉そうに胸を張って額を寄せ集い『目指せウハウハ緊急会議』を開催し始めた。

「……なんだか息ぴったりだな」
「……ほんとだねぇ」
「「なんだかヤキモチ……」」
「焼いちゃうかも」 「焼いちゃうな」

 ミミリとゼラは、うさみとバルディを見てちょっぴり嫉妬心を抱く。

 それを見たヒナタは、

「本当に可愛らしくって、応援したくなっちゃうのもわかりますね」

 と笑った。

◆ ◆ ◆

「ええっ! いいですよそんな、お礼だなんて」
「いただいてばかりで何もしないのは心苦しいわ。だから私が差し上げたいんです。後でアザレアの街で落ち合いましょうね~。工房に伺いますから」

 ヒナタは美味しい食事と宿のお礼にと、森の中で見つけた綺麗な花をミミリにプレゼントしたいのだと言う。うさみが工房のインテリアにもこだわっていると聞き、枯れた後にはドライフラワーにして欲しいのだそうだ。
 せっかくだからついていきたい、と言ったものの、冒険者ギルドでは新米冒険者の帰還を首を長くして待っているはずだ、と断られてしまった。
 それでも何故かバルディは顔色を変え語気強めに、ついていく! と息巻くものの「先輩が後輩を見捨ててどうするのですか」と怒られ何も言えなくなってしまった。

「そうだ、ミミリちゃん。取り急ぎ、これを。旅途中の露店で見つけたものだけれど。」

 ヒナタは、横かけバッグの中から、一冊の本を取り出した。

「これは……」
「私には使い道がないけれど、貴方のお役に立てるんじゃないかしら。薬草を買った時にオマケでもらったものだから、お代は気にしないでくださいね」


 『駆け出し冒険者の錬金術~盾と矛~』

「わぁ! ありがとうございますっ」
「こちらこそ。活用できる人に読んでもらったそうが、本も喜びますから」

 ヒナタはとびきりおだやかに、そしておっとりと。片頬に手を当てて、目を細めて微笑んだ。


 ヒナタは背を向けつつも時折振り返りながら、森の中を進んでいく。

「じゃあね~! また後で落ち合いましょうね~」
「「「はーい」」」

 元気よく返事をするミミうさ探検隊にひきかえ、顔色の悪いバルディ。

「ヒナタさーん! この位置から、まっすぐ南! まっすぐ南ですよ! もう一度言いますね! まっすぐ……」
「はいはーい‼︎ わかりました、心配屋のバルディ」

「はぁ……。大丈夫かなぁ」

 過剰に心配をするバルディの真意は、この後ミミリたちも知るところになる。


 アザレアの街で落ち合うはずだったヒナタ。
 待てども待てども、彼女が工房を訪れることはなかった。

 『鬼神の大剣使い』、これは、彼女を表すあだ名の

 ――もう1つのあだ名は……。

 『レアキャラの迷い子ヒナタ』。

 ミミリたちがまたヒナタと再び出会う日は、
 
 もう少し、

 ――先の話。
 
 

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