105 / 207
第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-28 あいるびーばっく?
しおりを挟むもう一度アルヒ似の少女に会えるかもしれない、という期待を込めて、ミミリたちは瞑想の湖のほとりで野営することにした。
ミミリが【マジックバッグ】から取り出したのは、屋外用のテーブルに椅子、小屋……と、いつもどおりの充実した野営グッズ。
「相変わらず、すげぇな、こりゃ……」
出発前、「入念な準備をするように!」とゼラに念を押ししたものの、想像のはるか上をいく完璧すぎる準備に思わずコブシは脱力した。
「ははっ。バルディさんの時もそうでしたが、コブシさんもこの野営グッズにビックリしてもらえて嬉しいです。俺も最初ビックリしたんですけど、ミミリとうさみにはこのすごさが全然わかってもらえなくて」
「うん、わかるよ。ゼラの気持ち。本当にすごいことだよ。この充実っぷりは。
……ところで、大丈夫か?」
「ははは……。なんとか」
コブシに心配そうな眼差しを向けられるゼラは今、両手を焚き火にかざして冷え切った身体を暖めている。
「わ、悪かったわよ。ゼラ。でも仕方なかったのよ。あんな大事件に見舞われたんですもの。誰も予想だにしなかった大ハプニングでしょ?」
うさみは焚き火の火の粉で引火しないように、少し距離をとった位置で椅子に腰掛け、気まずそうにコーヒーを一飲みした。
「ははっ、そうだよな。あれはどう考えたって、大ハプニングだ」
ククッと笑うゼラは、満点の星空を見上げて思いに耽る。
……あぁ、死ぬかと思った。
――ゼラが死ぬ思いをした、大ハプニングとは……。
◆ ◆ ◆
――時は、瞑想の湖に訪れた時まで遡る。
「消えちゃった……。アルヒによく似た、お姉さん」
大好きな家族、アルヒに似たお姉さんが消えてしまったことに気落ちするミミリ。それはうさみも同じだった。
「大丈夫か、2人とも。……はぁ」
と気遣うゼラもまた、やはりそれは同じだった。
「兄さん、ミミリちゃんたち、大丈夫かしら」
事情はわからないものの、いつも元気でほがらかなミミうさ探検隊の落ち込む姿に心配の色を隠せないデイジーは、助けを求めるかのようにコブシを見る。
コブシはデイジーの肩にポンと触れ、敢えて元気に大きな声で湖の中央を指差した。
「湖の中から浮かび上がったアレ、なんだろうな。何かすごいモノだったりして」
コブシの言葉に、ミミリのしっぽはピーンと伸びる。
「――! そうでした! 消えちゃったお姉さんが言ってたんです。湖の結晶、大事に取っておいて。きっと役に立つから……。って! 取りに行かなきゃ!」
「……でも、どうやって?」
「「「「う~ん」」」」
一同は、湖の中央に浮かび上がる蒼い球体を見ながら揃って首を傾げた。
「よ、よーし! ここは私が。こんなこともあろうかと、私あるモノを準備してきたんです! 『準備しろー準備しろー』ってうるさかった兄さんに今は感謝ですね」
言いながら、デイジーは腕をクロスさせてニットの裾をつかみ、おもむろに脱ごうとしたところで――、
「うるさいは余計だろ! ……って、泳ぐ気じゃないだろうな? この湖、底が見えないだけにのんびり泳ぐのは無謀な気がするぞ」
腕をガシッとコブシに抑えられ、デイジーは脱ぐのを途中でやめた。
捲し上げられたニットの下から見えていた彼女の褐色の肌と色気たっぷりの腰骨、見事なくびれは、再びニットの下にかくれんぼしてしまう。
「チッ……。いいところだったっていうのに余計なことしてくれちゃって」
ふるふると震えていたうさみのしっぽは、コブシのせいでピタリととまった。
コブシへの苦言を呈したうさみの呟きが聞こえてしまったゼラは、若干引き気味にうさみを見る。
「なぁによゼラ。文句ある?」
「……ありません……」
萎縮するゼラの傍らで、群青の湖のほとりに膝をついて水中を見るミミリ。
「本当に底が見えないね。お魚がいるかどうかもわからないや。やっぱり泳ぐしかないかなぁ」
「「「う~ん」」」
更に頭を悩ませる一同を見て、うさみは勝ち気に胸を反る。
「ふふふふん。私たちの出番よ!」
「私たち?」
「そっ! 私たち!」
うさみは、ゼラのふくらはぎにポンと触れる。
「そ! 私とゼラの出番よ!」
「はああ? 俺? いや、役に立てるのは嬉しいんだけど、どうやって? だってうさみは、水に濡れるの嫌いだろ?」
「そ、だから。私たちの出番なの! 題して! 『ゼランゲリオン、発進! ~湖の結晶を目指して~』よ!」
うさみは、これでもかと自慢気に胸を張る。ピーンと伸ばした耳も誇らし気。
キラキラと目を輝かせるミミリと、憐れんだ眼差しを向けるコブシのデイジーの期待に応えるべく、ゼラは若干投げやりに……。
「よ、よし! ゼランゲリオン、発進します!」
付け焼き刃のやる気とともに、ゆるゆると拳を突き上げた。
◆ ◆ ◆
……ギシッ、ギシッ!
湖の上に、張り巡らせた即席の橋。ゼラが一歩踏み出すたびに、橋は軋んだ音を上げる。
ゼランゲリオンこと、ゼラはうさみの魔法――しがらみの楔で作られた蔦の橋を渡っている。
うさみを讃えるみんなの声を背で聴きながら、ゼラは慎重に一歩一歩進んでいた。
「う、なかなかこわいもんだな」
森の中の湖という地の利を活かし、湖の周りの木々を活用したうさみ。木を突き破って出てきた蔦を編んで造られた一本の橋は思ったより頑丈だったが、湖の中央に向かうにつれて弛みが大きくなっていく。強度を増すため多方向から一定間隔で橋の脇を支えている蔦がなければ、たちまち千切れてしまっていたかもしれない。
「これか……」
遠くからでも蒼く輝いて見えた湖の結晶。
うさみが橋を作ってくれた位置が絶妙だったので、手を伸ばせばすぐ届く位置にそれはあった。
「うっわ……、すげぇ」
『濃度の高い、水の球体』。
ゼラの精一杯の語彙力で表現されたそれを優しく拾い上げる。手中に収めることはできたものの、触れようとしても触れることができない。
――ちゃぽん……。
薄皮1枚分くらいの隙間を隔てて持つことができた球体は、人の頭1つ分くらいの大きさ。足場が不安定な橋の上でゼラが体勢を整えるたびに、形を保ったまま揺蕩う球体はちゃぽんと音を立てる。間近で見ると尚、引き込まれそうなほどの群青の色をしていた。
「よ、よし! なんとか回収できたぞ。あとはこれをもって、戻るだけ……。 ――うわっ!」
ゼラが球体を抱えて踵を返そうとした途端に、橋が一度大きく揺れた。
「……う、うさみ! 蔦の橋がヤバ……。
……いや、ヤバいのは、俺だ!」
ゼラは揺れる橋を駆け出した。
「ーーうさみ! もう少し、堪えてくれえええ!」
ゼラが目指す先で、うさみたちは……。
「ほぎゃああああああー! わっ、私の背中に節足動物があぁぁ~」
「せ、節足動物ってうさみちゃん、俺はしがみついてる君のお腹で何も見えな……」
「助けてミミりん、デイジ~! とって、とってええええ」
「ふえええ、バッタ、私バッタ触れない~」
「こ、ここは年長者の私が! エイッ! エイッ!」
「ぎゃあああああー! デイジー、拷問しないでえええ」
デイジーが勇敢に落ちた枯れ枝でうさみの背中を突くたびに、うさみの魔法で造られた橋はどんどん脆く歪んでゆく。
「ミミリ! せめてこれだけでも、受け取ってくれ!」
「は、はいっ!」
ゼラは思い切り、湖の結晶をミミリへ投げた。
「お、おとと……」
ぱしゃん、という音とともに湖の結晶はミミリの胸に抱き止められる。
「ミミリ、ナイスキャッチ! よし、あとは俺が無事に帰るだけ!」
残すところ1メートル弱。
いっそのこと、思い切りジャンプしてしまえば届くかもしれない。でも、その衝撃で蔦が千切れてしまうかも。
そんな一分の迷いが、ゼラの明暗を分けたのだった。
「ひぎゃああああー! 耳、耳の間に入ってきたああああ! も、もうだめ、私……」
――ブチィッ、ブチブチブチッ!
無情にも、蔦の橋は千切れてしまった。
「あ……」
……こうなるなら、いっそのこと、ジャンプすればよかったなぁ。
そんなことを思いながら、片手を伸ばしたまま――ゼラは湖の中へと消えていった。
「きゃあああー! ゼラくーんっ」
「たたたたたたいへん! 兄さん! 早くゼラくんを!」
「耳の間の節足動物、とってええええ」
「な、何があったんだ? ゼラがどうした?」
――今回の冒険も序盤から例にもれずにバタバタの模様。
とはいえ、なんとか不思議なアイテム「湖の結晶」を手に入れることができたミミリたち。
――さて、湖に沈んでいったゼラはどうなったかというと。
この後無事に(?)、自力で湖から這い上がったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる