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第5章 宿敵討伐編

5-10 アンスリウム山の内部ダンジョン〜命からがら、からの小休止〜

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「も、もう普通に話しかけて平気なわけ?」
「はい~! ミミリちゃんならわかってくださると思ってました。腹ペコだって。さすがですぅ」
「……俺、文句言わずにはいられないんですけど。死にかけたんですけど……」
「「こっ、コラ! ゼラ!」」

 うさみとバルディに身を案じられながらも、つい、物申してしまったゼラ。それもそのとおりだ。さっきまで、死にそう、ではなく、殺されそうだったのだから。
 その証拠に、ゼラの鬼畜な【マジックバッグ】もケタケタと脳内でしゃがれ声を響かせている。

 ……血湧き肉躍る闘い! 蛇女も楽しみだっが、このメンヘラ姉ちゃんも最高だったぜぇ。まぁ、だいぶ手加減されてたがなあ。ハッハァ!

「うるっさいな。黙ってくれよ」
「「え?」」
「あら~思春期?」

 ゼラの【マジックバッグ】の声はゼラにしか聞こえないので、いつもの如く独り言のような構図に。うさみとバルディはびっくり。対してヒナタはこの状況を楽しんでいそうだ。
 まぁ、そんなこんなは置いておいて、ゼラには聞きたいことがあった。

「あの……ヒナタさん」
「なぁに? ゼラくん?」
「……ヒナタさん、俺たち相手に手加減されてましたか?」
「そうねぇ。意識飛びそうだったけど、辛うじて理性がまだあったから。一応、手加減してたわ」

 ヒナタは、うふふ、と笑いながらおっとりと片頬に手を当てて目を閉じる。

「やっぱりかぁ。強いなぁ、ヒナタさんは」
「ありがとう~」
「そう……なのね。全力でガードしたつもりだったけれど。でもゼラ、どうしてわかったの?」

 うさみの問いかけに、ゼラは【マジックバッグ】を指し示す。

「コイツが言うからさ。俺が見抜いたワケじゃない」

 ゼラはハハッと笑いながら、腰につけた【マジックバッグ】を指差した。
 うさみたちもクスリと笑う。

「ああ、なるほどねぇ」

 ◇ ◇ ◇

 一息ついたところで、ダンジョン内に鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。

「ヒナタさんどうぞ召し上がれ。うさみたちもね。美味しいパンに美味しいスープ、それにピギーウルフのステーキもありますよ! そうだ! 一角牛の焼肉も!」

「パン……、スープ……、ステーキ……。…………一角牛……?」

 ミミリの声に、ヒナタはスクリと姿勢を正した。青白かった顔がみるからうちに白くなり、綺麗ないつものヒナタに戻って顔から笑みがこぼれ始めた。
そして座位のまま垂れ目気味の目をつぶり、ありがたそうに胸の前に手を合わせた。

「パンに、スープ、ステーキ、焼肉……。ご相伴に預かります~」

 先程までの鬼神ヒナタはどこへやら。

「「「「ぷっ! あはははは」」」」

 いつもどおりのヒナタに、一同はついつい笑みをこぼしてしまうのだった。

 ◇ ◇ ◇

「どうぞ! 召し上がれ」

 ダンジョンの中に、モンスター避けの小屋を建ててから食事を摂ることになった。途中で新たなモンスターに襲われないための対策だ。

 ミミリが用意した豪勢な食事。ヒナタは、ゾンビモンスターのように、おどろおどろしくむしゃぶりつき始めた。いつものしとやかさ(平常時のヒナタ)は、どこへやら……。

「それで? どうしてあんな凄い豪華な玉座っぽいところに座ってたわけ?」

 うさみは、アップルパイを食べながらコーヒー片手にヒナタヘ問う。

「それがっ…………もぐもぐ……そのっ……」
「ああ、もう、いいわ。食べてから喋って」

 ミミリもゼラもバルディも、ヒナタの必死さにクスリと笑ってしまった。

 蛇頭のメデューサに立ち向かう前にヒナタに巡り逢ったのは、今となっては幸運だったかもしれない。
 もし、あのまま蛇頭のメデューサと戦闘になっていたら……蓄積した疲労により精彩を欠いて全滅していたかもしれないからだ。

「もぐもぐっ、はあああああ~! 落ち着きましたぁ」

 膨らんだお腹をポンポンと撫でるヒナタに、ミミリは食後のホットミンティーを差し出した。

「まぁ、ご丁寧に~」
「いえ、こちらこそ~」

 ヒナタは手を合わせて深々とお礼する。
 それにつられて、ミミリも深々とお礼する。

「それで、どうしてあんなところに座っていたわけ?」
「ええ~と、アンスリウム山の頂上で、誰がアザレアに戻って状況報告しに行くか話し合っていたんです。なぜか私を除いてみんながメンバー決めしてて。まったくもう、仲間外れでしたよ。まぁ、結局コブシくんが行くことになって。不満とかはないんですけれど」
「でしょうね(迷子キャラだし)……」
「え?」
「ななななんでもないわっ(何がキッカケで鬼神化するかわからないわ)」

 うさみは慌てて誤魔化した。『ヒナタじゃアザレアに帰れないもんね』なぁんて素直に話して、鬼神化でもされたらひとたまりもない。
 脳内にそのイメージが浮かぶ。うさみの身体の綿は凄惨にも引きちぎられていただろう。

「ひいぃぃ~」

 うさみはブルブルッと身震いした。考えただけでもむごたらしい。
 ヒナタはうさみの様子に首を傾げながらも、話を続けた。

「……それで、先に地下に潜っていったんです。最初は蜘蛛、次はモンスターハウス。私が全部倒したんですが、他のメンバーはそこで重傷を負ってしまい、お前は先に行けと言ってもらって、進むとまたモンスターハウスで……。あ、先遣隊のみんなは大丈夫でしたか?」
「ええ、治療したから平気よ。……なるほど。そういう経緯で一人でここにいたってことね」
「そうなんです~! でもどのモンスターも相手にならなくて。退屈でした。ちょっと集中しすぎて、みんなを守れませんでしたけれど」
「でも、すごい……」
「ふむぅ。ヒナタがさっき全部倒したはずのさっきのフロアが再度モンスターハウスになっていた、ということは、一度フロアモンスターを全滅させても、また自然と湧き出すってことよね。モンスターが」
「そうなるねぇ」

 ヒナタから発せられる驚愕の話を聞いては驚くミミリたち。

 ヒナタはあのモンスターたちが「退屈だった」という。でも、だとするならば――新たな強敵を求め先に進まなかったのだろうか。

「じゃあどうして先に進まず、ここの玉座に座っていたの?」
「あ、おほほほほ~」

 口元に手を当て、しとやかに微笑むヒナタ。
 なにか気まずい話になるようだ。

「モンスターを全部倒したあと、空腹で倒れちゃって……。ほ、ホラ、モンスターを倒すと下への階段が開くじゃないですか! それで下へ行こうとした前に、……空腹で倒れて……そうこうしているうちに、閉じちゃったんです。下への階段」
「もしかしてヒナタさん、それでそのまま、このフロアのボスモンスターになったんですか?」
「そうみたいなんですよねぇ~。なんかよくわからないけど、『フロアボスモンスター就任』ってどこからともなく声が聞こえたんですよ」

 ヒナタは困った風に片頬に手を当てて小首を傾げた。

「「「え――――――!」」」

 ということは、ボスモンスターのヒナタを倒さない限り、下への階段は開かない⁉︎ ミミリたちは、顔面蒼白になる。

 ミミリはボソリと、小さく呟く。

「このまま、戦闘するの……?」


 ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

「「「――?」」」

 闘ってもいないのになぜか下へ続く隠し階段が開かれた。

「へ?」
 
 と、驚くミミリに、ヒナタは一言。

「ミミリちゃんの美味しいご飯に、感謝感激完敗です~! ということで、私の敗けです。さっ! 休めたし先に行きましょう」

 意気揚々と歩き始めるヒナタ。
 ミミリたちは苦笑いしながら、ヒナタの後をついていった。

(はぁ、よかった……)

ヒナタ以外の全員が、ホッと胸を撫で下ろしながら……。


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