上 下
158 / 207
第5章 宿敵討伐編

5-24(幕間)見習い魔女は錬金術士

しおりを挟む
「うふふふ……うふふふ。麻痺蜘蛛の脚、睡眠スリープフライの鱗粉をよく混ぜます……うふふうふふふ」

 深夜……薄暗い工房の一階……大きな錬金釜の前。大きな帽子を被った魔女は、ぐるりぐるりと木のロッドで錬金素材アイテムをすりつぶしている。口布をつけ、粉塵を吸い込まないように、丁寧に、丁寧に……。
 練金釜のサイドテーブルには、ロウがしたたる蝋燭が一本。下から照らし上げて、より妖艶で神秘的な魔女を演出している。
 それだけではなかった。
 なんと隣には、カウンターテーブルの上で大きな帽子にすっぽり被うさぎのぬいぐるみが1匹……手と足だけ帽子から出して動く様は、まるで魔女の使い魔のよう。

「これで、あと蛇の毒を加えたら」
「完成ですわね、魔女様」
「「うふふふふふふふ」」


 ――――――パチッ!

「「きゃあっ」」

 後ろからずっと様子を見守っていたゼラは、容赦なく電気をつけた。

「ゼラくんひどーい! 魔女ごっこしてたのにー!」
「そうよー! ひどいわこのヘタ…………、やっぱりこれはあまりにも可哀想だから言うのをやめておくわ。H、とだけ言っておきましょうか」
「え、えっち⁉︎」

 魔女に扮したミミリはずざざざざざざーっと壁際に避けた。妖艶な魔女はどこへやら。いつもののほほんとした見習い錬金術士のミミリがここにいる。

「あ、あのさ……うさみ。配慮してくれたんだろうけど、今のは完全にうさみの配慮ミスだと、俺は言う権利があると思うんだ」
「……そうね、失言だったわ。……ゴメン!」
「潔いなッ」

 ミミリはゼラをどこかの地方のキツネさんのように、白けた眼差しを向けている。

「しら~」

「おいうさみっ、ミミリに変なこと教えるなよな!」
「でも可愛くない? あのミミリ」

 ゼラは改めてミミリを見てみる。
 ゆるいウェーブがかったピンク色の髪を2つに結い、若草色のリボンで留めている。
 大きな帽子は少し傾けて被ってそれもまた可愛らしさの演出となり効果は抜群だ。
 白く透き通り透明感のある肌に桜色に染まる頬。
 小さな唇はぷるんとピンク色に染まり、晴れた空色の瞳をわざと細め、白けた目でしら~っとこちらを見ている。

「だ、だめだ……可愛い」
「ほらね」

 ゼラは崩れ落ちた。なんたる不覚。
 (わかってはいたが)みんなの人気者のミミリ。一番近い存在でいるためには、存在感や貫禄が必要なのに。ミミリの愛らしい姿を見て、ゼラは腰を抜かしてしまった。

「この、コシヌカシ。もう、Kでいいじゃない」
「はい、Kデス」

 ミミリは、ちょこちょこっとゼラの元へ駆けていき、足をモジモジさせながら、上目遣いでゼラを見る。

「あの、あのねっ、簡単にねっ、か、か、か、」
「か?」
「か、可愛いとかねっ、言ったら、ダメなんだよ」

 ――か、か、可愛い。
 ゼラは過呼吸になりそうになった。

「ヒュー、ヒュー……」

 なんだか、呼吸まで本当に苦しい。
 ゼラは本当にヒューヒュー言い出した。

「ああっ! ゼラくん! 麻痺蜘蛛の脚と睡眠スリープフライの粉塵吸っちゃったんじゃないかな」

 ヒューヒューと呼吸するゼラ。

「なんか、身体が痺れるのに、すげえ、眠た……」

 ゼラは、ガタリと膝をついて、そのまま工房内の床に倒れた。

「やばいわねこれは! ――癒しの春風」
「大変! 【ひだまりの薬湯】も!」

 ゼラは、なんとか一命を取り留めた。

 ◆

「ここは……」

 気づけばゼラは、自室のベッドの上。
 バルディが横についていてくれた。
 おそらく、運べなくてミミリかうさみが呼びに行ったんだろう。

「大丈夫か、ゼラ。災難だったな」
「いや、最初は心を撃ち抜かれたと思ったんですよ」
「へ?」
「あ、いや……なんでもないです」

 ――バタバタバタバタッ!

「ゼラくん、起きたの? 大丈夫?」
「はぁ、心配したわ、ゼラ」

「ありがとう、みんな。ごめん。普段ミミリに錬成中は換気に気をつけろとか言っておいて、俺が口布するの忘れてたよ」

 ゼラは上半身起き上がり、恥ずかしそうに鼻を擦る。

「ううん、おかげでいいサンプルが取れたよ! やっぱり、解毒薬も作らなきゃダメだね! あれから更に蛇の毒を加えたものを吸っていたら、多分ゼラくん、助からなかったもん。でもちょっと不思議なのは、手遅れでもおかしくなかったのに、ゼラくん、毒に対する抵抗力がある気がするんだよねぇ」
「「「………………………………………………」」」

 ――――――――――――――一同、絶句。

「やっぱり麻痺蜘蛛とかの成分や分量は当たってたね! んー。蛇の毒じゃなくてあと何かを加えたら、スズツリー=ソウタさんが作った【睡眠スリープフライのしびれ粉】になると思うんだよなぁ~。 あっ! いけない! お粥作るね、ゼラくん!」

 と言って、ミミリはパタパタとキッチンに駆けて行った。

「「「くすくすっ」」」
「ミミリちゃんて面白いよなぁ。みんなが惹かれるの、わかるよ」
「――! まさかバルディさんもっ?」
「そうなんだ」

「「えええええええええええええええええ」」

 ゼラもうさみも発狂した。

「嘘だよ、ごめん。俺はただ可愛い妹だなって思うだけ。俺はローデが好きなんだ」

 サラリ、と言ってのけたバルディ。
 これが大人の男性……とゼラもうさみも感心する。

「バルディ、見直したわ」
「片思いだけどな。ははっ」

「すごいな、いつかは俺も、ミミ……

 …………………………………………!

 …………………………………………!」

「どしたの? ゼラ」

 ゼラの顔がどんどん青ざめてゆく。
 魔法をかけても、まだ解毒できていなかったのだろうか。

「大丈夫か、ゼラ」
「魔法、かける?」

 心配する2人を振り切って、キッチンへ駆けるゼラ。

「ミッ、ミミリ! まさか練金釜でお粥作ってないよな? 麻痺蜘蛛の成分とか、ちゃんと洗ったか?」

 急にキッチンにゼラが現れて驚いたミミリは、ゼラの一言で二重に驚いた。

「あ、あはははは~。あんまり、洗ってない。良かったー。みんなで食べるところだった」

 ミミリの声は、バッチリと全員に聞こえ。

「「「ミミリ~!」」」

 アザレアの街に響き渡ったミミリへの叫び声の理由が、このことだったのはここだけの話。

「えへへ~。失敗失敗……解毒薬の試作品混ぜてみるのもありかなぁ。成功率3割だけど……」
「「「やめなさいっ」」」
「は~い」

 ◆ ◆ ◆ ◆

 アルヒさん、元気ですか?
 ゼラです。
 最近、危なく死にかける出来事があって。
 まぁ、ミミリのおっちょこちょいな話なんですけれどね。
 アルヒさんなら、こんな時どう諭すのかなって思って手紙を書いてみました。

 大変なことも、
 つらいことも、
 悲しいことも、
 たくさんあるけれど。
 
 俺たちは元気でやっていますよ!

 アルヒさんたちに早く吉報を届けられるように、頑張りますね。

 ――追伸――
 うちの見習い魔女さんは、立派に錬金術士として成長していますよ。


 アルヒさんたちのご健康とご多幸を願って。

 見習い冒険者 ゼラ

   
しおりを挟む

処理中です...