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クルマ(碓氷・裕貴)
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今時珍しいね、と言うのが一番よく言われる言葉だ。
次が、若いのに頑張ったね、若い人が好きでいてくれるなんて嬉しいなあ、あたり。
初対面でまずそう言われるのは一種の挨拶みたいなもので、特にそれに対して何の感情も持ったことはなかった。
でも、あの人に言われた時だけは、別だった。嬉しくて、子どものように、舞い上がった。
「うわ、またガソリン代上がってる……貧乏サラリーマンにはきついなあ……」
俺の趣味は車、いわゆるスポーツカーだ。
父親の影響で子どもの頃からモータースポーツの中継を見て育ち、社会人になって少ない給料を貯めてようやく憧れだった車を手に入れた。もちろん中古車だけど、俺の大事な大事な愛車だ。
同期には誰一人俺の趣味を理解する奴はいないけど、別にそれは昔からのことで慣れっこだし、別になんとも思っていない。昔だったらそういう趣味の人が集まりそうな場所に片っ端から行ってみて仲間を見つけるものだったのかもしれないけど、今はSNSで簡単に地元で共通の趣味の人を見つけることができる。俺もそうやって今の集まりに顔を出すようになった。
「おはようございまーす」
「おお宮口くんか、おはよう! はいこれ、今日のコースマップね」
「ありがとうございます、いただきます」
車種は色々だけど基本的にはスポーツカーと呼ばれるものが好きな人が、週末ごとに山道を走って美味しいものを食べたり景色を楽しんだりする、ゆるい集まりだ。ここの人たちのほとんどは俺より十歳以上年上の人ばかりで、でも若造の俺を馬鹿にしたりもせずよくしてくれる。ひとりっ子だった俺には兄貴分みたいな人がたくさんできた感じで、車の話も仕事の話もできる貴重な場所でもある。
今日は山をずっと走って隣の県まで行く、一日がかりのロングツーリング。大体ワンシーズンに一度くらいリーダー役をやってくれている人が企画してくれるもので、俺は今回初めて参加できることになってずっと前から今日を楽しみにしていた。
コースマップに記された休憩所や昼食会場などの細やかな説明書きを見ていると、遠くから特徴的な排気音が聞こえてきた。
「あ、あれ、碓氷さん……?」
「あの音は間違いないねえ。今日は珍しく参加するって言ってきたから俺もちょっとびっくりしてるんだけど」
碓氷さんはこの集まりの中でもかなり色んな意味で目立つ人で、俺もすぐに顔と車を覚えてしまった。職業不明、年齢は多分三十歳前後。最年少の俺よりは上だけど、集まりの中ではそれでも若い方に入る。目立つ理由の一つは、その歳にしてはかなりの希少車マニアで、今乗っているのも俺が名前しか聞いたことのないような、日本に現存していてちゃんと現役で動いているのはもう十台もないと言われているヴィンテージ車であること。そして二つ目が、本人の容姿が下手な俳優なんかよりも華やかだということだ。
男の俺でも、ヴィンテージスポーツカーから降りてくる碓氷さんを初めて見た時は、映画のワンシーンかと思ってしまったほどだった。見惚れる俺に、サングラスを優雅に外してにこ、と笑いかけた碓氷さんに、俺は息をするのを忘れた。――一目惚れ、というものが実在することをあの日俺は初めて身を持って知った。
――うっそ、今日碓氷さん来るって知ってたらもっとちゃんとした格好してくるんだった……!
碓氷さんの車はスポーツカーとは言ってもヴィンテージ車なので、現代の車とは繊細さが違う。そのため近場をのんびり走る時は参加することが多いが、今日のような走行距離の長いものはリスクが大きいので参加しないのだと聞いていた。
「どおりで、今日はやたら参加者が多いなと思ってました……」
「ははは、碓氷効果だねえ」
当たり前だが、碓氷さんはモテる。何なら碓氷さんが来るようになってからこの集まりの規模はそれまでの三倍になり、そのおかげでこの近辺で一番有名になったというからすごい。
正直、碓氷さんに近づきたくて寄ってくるような人たちを俺はよく思っていなかった。でも仕方ない、俺にはそんなに車をいじりまわせるほどの資金も時間も技術もないし、せいぜい壊さないように大切に楽しみながら、碓氷さんを囲む人垣をいつも悔しい気持ちで眺めるしかなかった。
――だからまあ、俺がどんな服を着てようが、碓氷さんの視界にも入らないのは分かってるけどさ……。
排気音規制などなかった時代の古めかしく心くすぐられる重低音を立てながら集合場所に滑り込んでくる碓氷さんの愛車(と、すでに目ざとく碓氷さんを見つけて追ってきたらしい取り巻きの人たちの車の隊列)を見ながら、思わずため息が出た。
そんな俺の心中を知ってかしらずか、リーダーがちらりと俺を横目で見る。
「碓氷くんは男女問わず手が早いって噂だからねえ、宮口くんも気をつけなよ。こんなことは言いたかないんだけど、仲間内で揉め事は起こしてくれるなよってちゃんとあいつにも釘を刺してはあるんだけど、どうもあれ見てるとねえ……」
冗談めかして言っているが、碓氷さんとは古い知り合いらしいリーダーの苦労が透けて見えて俺も苦笑いした。
「いやいや、俺なんか視界にも入ってないでしょ。大丈夫ですよ」
「いやあ宮口くん若くて可愛いからなあ~」
「リーダーに可愛いって言われてもひとつも嬉しくないんですけど!」
そんなやりとりがひとしきりあって、やがてリーダーの集合の声のもと注意事項の説明と隊列分けがあり、ツーリングへと出発することになった。その時はまだ、俺はこの先何が起きるかなんてこれっぽっちも予測していなかった。
「え、うそっ、やば、え!?」
事件はひとつ目の休憩所を過ぎてしばらくしたところで起きた。
ツーリングというものに初めて参加する俺は不慣れだから隊列の最後尾から二番目にしてもらっていたのに、走っているうちに一般車に挟まれて前を行く車を見失い、焦って曲がるはずの道を曲がらずにルートを外れてしまったのだ。ナビがリルートしてくれているから目的地までは着けるはずだが、これは最短距離を示しているので山道を行く仲間とは確実に合流できない。
「うわ、どうしよ、とりあえずどこかとまるとこ……って、うわ、碓氷さんも付いてきちゃってる!?」
ここで事故るのが一番洒落にならない、と気を落ち着けてバックミラーを見た俺は思わず叫んだ。最後尾に碓氷さんが配置されていたのは知っていたしそのせいで緊張が倍増しになっていたのだが、まさか碓氷さんまで一緒に間違えるとは思っていなかった。
――俺に着いてきちゃったんだよな……うわーもうこんなの最悪だ……
しかし、やってしまったものは仕方がない。こんな格好悪い形で初めて言葉を交わすなんてもう終わったな、と思いながら、ようやく前方に見えたコンビニの駐車場の一番隅に駐車し、覚悟を決めて俺は車を降りた。
「ごめんなさい! 俺、道間違っちゃって。碓氷さんを巻き添えにしてしまって本当にすみません」
碓氷さんが降りてきた瞬間を見計らって俺は深々と頭を下げた。
――呆れたか、怒られるか……、どれでもきついな……。
しかし碓氷さんの反応はそのどれでもなかった。
「ああ、そうだったの? まあ、いんじゃない? ナビあるし、目的地には辿り着けるでしょ。アレなら、俺が電話いれよっか?」
余裕の笑みで返されて、俺は観念した。
だめだ。惚れるなって方が、無理だ。どれだけ女癖(男癖)が悪かろうが、リーダーには言えないけど俺はこの人が好きだ。
「い、いえ! 俺が間違えたんで! 俺が連絡入れます!」
やたら大きな声が出て、碓氷さんはふふっと笑った。恥ずかしさとなんだかいろんなものが入り混じって、俺の心臓は破裂寸前だ。
「……はい。そうなんです。碓氷さんも巻き込んでしまって。ここからだと……ええ、そんな感じですよね。本当すみません。できるだけ早いとこ向かうので……わっ!?」
リーダーに電話で報告している途中で、後ろから伸びてきた手にスマホを取り上げられた。驚いて振り返る俺にウインクした碓氷さんが、奪い取った俺のスマホを耳につける。
「あ、俺。そう。まあゆっくり行きますんで。こちらのことはお構いなく。え? 大丈夫だよー。はーい。それじゃそういうことで」
返されたスマホはもう通話が切れていた。何が起こったのかわからなくて呆然と見上げる俺に、ゆっくりと碓氷さんが近づいてくる。
「碓氷、さん……?」
「聖也、って呼んで。宮口……裕貴くん」
頭の中で警告が鳴っているけど、俺は動けなかった。碓氷さんの目ってこうして見るとすごく綺麗なアンバーだな、とか、肉食獣に睨まれた獲物ってこんな気持ちなのかな、とかすごく場違いなことを思っていた。
「きみが道を間違えてくれた時、俺、ラッキー、って思ったんだよね、こうして誰の邪魔も入らず話せてさ。きみ、俺のこと、ずっと見ててくれたでしょ? 俺も、ずっときみをこうして近くで見たかった」
頭の中の警告音が大きくなる。思わず後退りした拍子に、自分の車に身体をぶつけた。
ピー、という電子音で我にかえる。ドライブレコーダーの衝撃検知だ。停車していても、車体に衝撃を感じると一定時間録画する機能が着いている。
「あ……」
「ふふ、ここでこうしたら、ドラレコに映っちゃうね。きみはどうしたい? そのまま動かないでいたら、俺はYESと受け取るけど」
そう言いながら碓氷さんの手が伸びてきて、俺の頬をするりと撫でた。こくりと喉が鳴る。碓氷さんは俺に逃げ道を用意してくれているとわかる。今なら冗談で済ませられる、でも俺は浅ましい欲望を抑えきれなかった。
そっと目を伏せて、碓氷さんの手に顔をぎこちなくすり寄せる。YESの意思表示。顔から火が出そうだった。
「ドラレコは……あとで消します」
スッと伸びてきた両手で顔を挟まれて、視界いっぱいに碓氷さんの顔が広がった。
ーーー
第76回 お題「ツーリング」「カメラ」
次が、若いのに頑張ったね、若い人が好きでいてくれるなんて嬉しいなあ、あたり。
初対面でまずそう言われるのは一種の挨拶みたいなもので、特にそれに対して何の感情も持ったことはなかった。
でも、あの人に言われた時だけは、別だった。嬉しくて、子どものように、舞い上がった。
「うわ、またガソリン代上がってる……貧乏サラリーマンにはきついなあ……」
俺の趣味は車、いわゆるスポーツカーだ。
父親の影響で子どもの頃からモータースポーツの中継を見て育ち、社会人になって少ない給料を貯めてようやく憧れだった車を手に入れた。もちろん中古車だけど、俺の大事な大事な愛車だ。
同期には誰一人俺の趣味を理解する奴はいないけど、別にそれは昔からのことで慣れっこだし、別になんとも思っていない。昔だったらそういう趣味の人が集まりそうな場所に片っ端から行ってみて仲間を見つけるものだったのかもしれないけど、今はSNSで簡単に地元で共通の趣味の人を見つけることができる。俺もそうやって今の集まりに顔を出すようになった。
「おはようございまーす」
「おお宮口くんか、おはよう! はいこれ、今日のコースマップね」
「ありがとうございます、いただきます」
車種は色々だけど基本的にはスポーツカーと呼ばれるものが好きな人が、週末ごとに山道を走って美味しいものを食べたり景色を楽しんだりする、ゆるい集まりだ。ここの人たちのほとんどは俺より十歳以上年上の人ばかりで、でも若造の俺を馬鹿にしたりもせずよくしてくれる。ひとりっ子だった俺には兄貴分みたいな人がたくさんできた感じで、車の話も仕事の話もできる貴重な場所でもある。
今日は山をずっと走って隣の県まで行く、一日がかりのロングツーリング。大体ワンシーズンに一度くらいリーダー役をやってくれている人が企画してくれるもので、俺は今回初めて参加できることになってずっと前から今日を楽しみにしていた。
コースマップに記された休憩所や昼食会場などの細やかな説明書きを見ていると、遠くから特徴的な排気音が聞こえてきた。
「あ、あれ、碓氷さん……?」
「あの音は間違いないねえ。今日は珍しく参加するって言ってきたから俺もちょっとびっくりしてるんだけど」
碓氷さんはこの集まりの中でもかなり色んな意味で目立つ人で、俺もすぐに顔と車を覚えてしまった。職業不明、年齢は多分三十歳前後。最年少の俺よりは上だけど、集まりの中ではそれでも若い方に入る。目立つ理由の一つは、その歳にしてはかなりの希少車マニアで、今乗っているのも俺が名前しか聞いたことのないような、日本に現存していてちゃんと現役で動いているのはもう十台もないと言われているヴィンテージ車であること。そして二つ目が、本人の容姿が下手な俳優なんかよりも華やかだということだ。
男の俺でも、ヴィンテージスポーツカーから降りてくる碓氷さんを初めて見た時は、映画のワンシーンかと思ってしまったほどだった。見惚れる俺に、サングラスを優雅に外してにこ、と笑いかけた碓氷さんに、俺は息をするのを忘れた。――一目惚れ、というものが実在することをあの日俺は初めて身を持って知った。
――うっそ、今日碓氷さん来るって知ってたらもっとちゃんとした格好してくるんだった……!
碓氷さんの車はスポーツカーとは言ってもヴィンテージ車なので、現代の車とは繊細さが違う。そのため近場をのんびり走る時は参加することが多いが、今日のような走行距離の長いものはリスクが大きいので参加しないのだと聞いていた。
「どおりで、今日はやたら参加者が多いなと思ってました……」
「ははは、碓氷効果だねえ」
当たり前だが、碓氷さんはモテる。何なら碓氷さんが来るようになってからこの集まりの規模はそれまでの三倍になり、そのおかげでこの近辺で一番有名になったというからすごい。
正直、碓氷さんに近づきたくて寄ってくるような人たちを俺はよく思っていなかった。でも仕方ない、俺にはそんなに車をいじりまわせるほどの資金も時間も技術もないし、せいぜい壊さないように大切に楽しみながら、碓氷さんを囲む人垣をいつも悔しい気持ちで眺めるしかなかった。
――だからまあ、俺がどんな服を着てようが、碓氷さんの視界にも入らないのは分かってるけどさ……。
排気音規制などなかった時代の古めかしく心くすぐられる重低音を立てながら集合場所に滑り込んでくる碓氷さんの愛車(と、すでに目ざとく碓氷さんを見つけて追ってきたらしい取り巻きの人たちの車の隊列)を見ながら、思わずため息が出た。
そんな俺の心中を知ってかしらずか、リーダーがちらりと俺を横目で見る。
「碓氷くんは男女問わず手が早いって噂だからねえ、宮口くんも気をつけなよ。こんなことは言いたかないんだけど、仲間内で揉め事は起こしてくれるなよってちゃんとあいつにも釘を刺してはあるんだけど、どうもあれ見てるとねえ……」
冗談めかして言っているが、碓氷さんとは古い知り合いらしいリーダーの苦労が透けて見えて俺も苦笑いした。
「いやいや、俺なんか視界にも入ってないでしょ。大丈夫ですよ」
「いやあ宮口くん若くて可愛いからなあ~」
「リーダーに可愛いって言われてもひとつも嬉しくないんですけど!」
そんなやりとりがひとしきりあって、やがてリーダーの集合の声のもと注意事項の説明と隊列分けがあり、ツーリングへと出発することになった。その時はまだ、俺はこの先何が起きるかなんてこれっぽっちも予測していなかった。
「え、うそっ、やば、え!?」
事件はひとつ目の休憩所を過ぎてしばらくしたところで起きた。
ツーリングというものに初めて参加する俺は不慣れだから隊列の最後尾から二番目にしてもらっていたのに、走っているうちに一般車に挟まれて前を行く車を見失い、焦って曲がるはずの道を曲がらずにルートを外れてしまったのだ。ナビがリルートしてくれているから目的地までは着けるはずだが、これは最短距離を示しているので山道を行く仲間とは確実に合流できない。
「うわ、どうしよ、とりあえずどこかとまるとこ……って、うわ、碓氷さんも付いてきちゃってる!?」
ここで事故るのが一番洒落にならない、と気を落ち着けてバックミラーを見た俺は思わず叫んだ。最後尾に碓氷さんが配置されていたのは知っていたしそのせいで緊張が倍増しになっていたのだが、まさか碓氷さんまで一緒に間違えるとは思っていなかった。
――俺に着いてきちゃったんだよな……うわーもうこんなの最悪だ……
しかし、やってしまったものは仕方がない。こんな格好悪い形で初めて言葉を交わすなんてもう終わったな、と思いながら、ようやく前方に見えたコンビニの駐車場の一番隅に駐車し、覚悟を決めて俺は車を降りた。
「ごめんなさい! 俺、道間違っちゃって。碓氷さんを巻き添えにしてしまって本当にすみません」
碓氷さんが降りてきた瞬間を見計らって俺は深々と頭を下げた。
――呆れたか、怒られるか……、どれでもきついな……。
しかし碓氷さんの反応はそのどれでもなかった。
「ああ、そうだったの? まあ、いんじゃない? ナビあるし、目的地には辿り着けるでしょ。アレなら、俺が電話いれよっか?」
余裕の笑みで返されて、俺は観念した。
だめだ。惚れるなって方が、無理だ。どれだけ女癖(男癖)が悪かろうが、リーダーには言えないけど俺はこの人が好きだ。
「い、いえ! 俺が間違えたんで! 俺が連絡入れます!」
やたら大きな声が出て、碓氷さんはふふっと笑った。恥ずかしさとなんだかいろんなものが入り混じって、俺の心臓は破裂寸前だ。
「……はい。そうなんです。碓氷さんも巻き込んでしまって。ここからだと……ええ、そんな感じですよね。本当すみません。できるだけ早いとこ向かうので……わっ!?」
リーダーに電話で報告している途中で、後ろから伸びてきた手にスマホを取り上げられた。驚いて振り返る俺にウインクした碓氷さんが、奪い取った俺のスマホを耳につける。
「あ、俺。そう。まあゆっくり行きますんで。こちらのことはお構いなく。え? 大丈夫だよー。はーい。それじゃそういうことで」
返されたスマホはもう通話が切れていた。何が起こったのかわからなくて呆然と見上げる俺に、ゆっくりと碓氷さんが近づいてくる。
「碓氷、さん……?」
「聖也、って呼んで。宮口……裕貴くん」
頭の中で警告が鳴っているけど、俺は動けなかった。碓氷さんの目ってこうして見るとすごく綺麗なアンバーだな、とか、肉食獣に睨まれた獲物ってこんな気持ちなのかな、とかすごく場違いなことを思っていた。
「きみが道を間違えてくれた時、俺、ラッキー、って思ったんだよね、こうして誰の邪魔も入らず話せてさ。きみ、俺のこと、ずっと見ててくれたでしょ? 俺も、ずっときみをこうして近くで見たかった」
頭の中の警告音が大きくなる。思わず後退りした拍子に、自分の車に身体をぶつけた。
ピー、という電子音で我にかえる。ドライブレコーダーの衝撃検知だ。停車していても、車体に衝撃を感じると一定時間録画する機能が着いている。
「あ……」
「ふふ、ここでこうしたら、ドラレコに映っちゃうね。きみはどうしたい? そのまま動かないでいたら、俺はYESと受け取るけど」
そう言いながら碓氷さんの手が伸びてきて、俺の頬をするりと撫でた。こくりと喉が鳴る。碓氷さんは俺に逃げ道を用意してくれているとわかる。今なら冗談で済ませられる、でも俺は浅ましい欲望を抑えきれなかった。
そっと目を伏せて、碓氷さんの手に顔をぎこちなくすり寄せる。YESの意思表示。顔から火が出そうだった。
「ドラレコは……あとで消します」
スッと伸びてきた両手で顔を挟まれて、視界いっぱいに碓氷さんの顔が広がった。
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第76回 お題「ツーリング」「カメラ」
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