ワンライまとめ

雫川サラ

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東堂流星の些細なこだわり(『熱血くんと嫌味なアイツ』後日談)

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 俺だって、こんなことで機嫌を損ねているだなんて、自分でもちょっと恥ずかしいんだ。
「で? それで東堂はどうしたいわけ」
「佐倉……お前、簡単に言ってくれるな……」
「ほーら眉間の皺! せっかくの美男子が台無し!」
 俺の話を真剣に聞く気があるのかないのか、目の前の同期がむにむにと眉間を揉んでくるのが鬱陶しくて手を払いのける。

 きっかけは些細なことだ。というか、恋人どうしの行き違いなんて八割がたが些細なことに始まるのではないかと最近思えてきた。
 新聞記者になって九年、こうして誰かに自分の私的な相談をするのは初めてなくらい、今までの俺は徹底して割り切った関係しか持ってこなかった。それがどういう風の吹き回しか、昨年から同期の一人と初めて順序を踏んだ恋愛関係になり、それからというもの、どうも何一つ自分の思ったようにいかない。
「けど、俺は小野と付き合い始めてからの東堂は前よりずっといいと思うけどね。バチバチのライバルだったお前らが、今や公私ともに英京新聞報道部の誇る相棒なわけで」
「〝いい〟の定義は」
「……前言撤回したくなってきた」
 同性と恋愛関係にある、ということをオープンにできるような環境ではないし、別にそれを俺も望んではいない。ただ、こうして、俺の手札で対処できない事態が起こった時、誰かに気兼ねなく話せるありがたみは思ったよりも感じている。
 佐倉は異動になる前に、一緒に組んで事件を追ったことがある同期であり、俺の、その、恋人であるところの、小野将吾とも仲のいい、いわゆる「共通の知人」という位置にいる人物だ。そして、俺と小野が相談した結果、ただ一人俺たちの事情を知っている人間である。だからこそ、こんな自分でもくだらないと思うことを話せてしまうのは、いいのか悪いのか、判断がつかない。
「素直に言えばいいじゃん。名前で呼んでほしいって」
 ぶほ、と口からアルコールを吹き出しそうになって、慌ててタオルで押さえる。比較的静かに話のできる半個室がある店を指定して良かった。
「……お前に相談したのが間違っていた」
「可愛くないなあ」
「俺のどこにそもそも可愛げがあったと?」
 そうじゃない。そういうことを言いたいのではない。反射で言い返してから、俺はこめかみを片手で揉んでため息をついた。俺の性格に耐性のある佐倉でよかったと思う。
 小野と付き合って、一年になる。それを祝おうなどという恥ずかしい思考は持ち合わせていないが、そろそろ、いいんじゃないか、と思っているのだ。
 ……名前で、呼び合っても。
「ていうか、お前はそもそも小野のこと何て呼んでんの」
「……小野」
 佐倉が天を仰いだ。
「お前がそれじゃー拗ねる資格どっこにもないって」
「拗ねてはいない」
「いやどっからどう見ても拗ねてるよそれは。実際口きいてないんだろ?」
 佐倉の指摘にぐ、と口をつぐむ。黙る俺に佐倉が目を丸くするが、事実なのだから言い返しようがない。
 恋人に誕生日を祝われるのは、くすぐったかったが悪くなかった。だが、あれはやっぱりどうしても気に入らない。
「まあ、東堂の言いたいことも分かるけどさ……俺だって結婚前付き合ってる時にうちの奥さんにそれやられたら、かなりショックだとは思うし」
 公言はしていないがそこそこの甘党である俺のために買っておいた! と胸を張って、ちょうど休みが重なった日にいそいそと差し出された箱を開けた俺が見たものを、その気持ちを想像してみてほしい。
 チョコレートでできたプレートには、デカデカと〝HAPPY BIRTHDAY TODO〟と書かれていた。
「期待していたわけじゃないんだが……もうそれが俺の名字というよりも、タスクみたいに見えてきてな」
「あーね、トゥドゥの方の……」
 微妙な顔で固まってしまった俺に小野は「えっ、甘党って聞いてたからこれにしたんだけど……チョコレートは嫌いだったか?」とおかしな方向に勘違いをし、訂正するのも恥ずかしいし面倒だしで、微妙な空気のまま今に至っているというわけだ。
 なおさすがに佐倉にも話していないが、一度気になってしまうと夜ベッドの中でも名字で呼ばれるのが引っかかって行為に集中できなくなり、結局それ以降半月以上なんだか喧嘩しているような、俺が一方的に機嫌を損ねているような状態が続いてしまっている。
「でもさ、結局小野は分かってないんじゃん? あいつのことだもん、察しろっていうのは無理だろ」
「まあ、それはな……」
「じゃあやっぱり正面から伝えるしかないと思う。俺は。以上」
「~~~~」
「それか、お前から呼ぶかだな。将吾~♡って」
「死ね。輪転機に挟まって死ね」
「あらやだリアル! 労災! ……でもさ。実際東堂にとって、それってどの程度重要なことなの? いやほら、それはもういずれいつかは、ってことにして、今の関係を修復する方を優先にすることもできるっていうかさ」
 佐倉に言われて、俺は唸った。確かに、それも一つではある。そして俺はそんなことに拘っているのが恥ずかしいと思っているくせに、それだけ譲れないと思ってしまっていることにも気づいた。
「……お前、意外に鋭いな」
「意外には余計。これでも一緒にサツ回りした仲でしょーが」
「気色の悪い言い方をするな。……けど、まあ、そうなんだろうな……名字で呼び合っていると、どうしても仕事が抜けない感じがする。それに、小野はこのままでいいって思っているのだろうかとか……俺だけが拘っているのだとしたら、なんだか子どもじみているようで、言い出しにくい。自分でも、ここまでこだわると思っていなかったんだが」
「お前のそういうところだよ、俺がさっき〝いい〟って言ったのは。……だ、そうですよ、小野さん?」
「……!?」
 佐倉が何を言っているのか一瞬、飲み込めなかった。隣のテーブルとを隔てている布が持ち上がり、ひょい、とバツの悪そうな顔がのぞいて、俺は完全に思考が停止した。

「……おい」
 こちらが何も言う前に、佐倉が両手をあげる。
「いやいや俺は気を利かせたんだからね? お前らのことだから絶対変な方に拗れて収拾つかなくなるし、それで弊社報道部がエースと二番手のパフォーマンス低下で被害を被るのは俺としても見過ごせないしさあ」
 ちっ、と舌打ちする俺に、小野がびくりと首をすくめた。しかし、以前とは違い、それで黙りこくらないのが、あいつなりの変化なのだろう。
「……俺も、思ってたんだ。そろそろ、いいかなって」
 その言葉に俺も顔がかあっと熱くなった。視線を彷徨わせると、半目で頬杖をついている佐倉が目に入り、居心地の悪さが加速する。
「けど、ほら、なんか俺、やらかしそうで」
「何を?」
 佐倉が助け舟を出す。こういうところは昔から変わっていないと思う。要領が悪く言葉の上手くない小野に、よく打ち合わせなんかでもアシストをしてやっていた光景が懐かしい。
「会社でさ、うっかり呼んじまいそうで……」
 視界の端で、佐倉が再び天を仰ぐのが見えた。

「俺何? ただ惚気を聞かされにきただけの役回り? ちょっとそこの稼ぎ頭、もう一杯と言わずもう二杯奢ってもらっていいでしょうかね」
 完全に目の座った佐倉に何も言い返す言葉を持たない俺は好きにしろとだけ伝え、そっと小野を見る。茹蛸のように真っ赤な顔が、同じようにこちらを見ていた。
 恋人らしく呼び合うのには、もう少し、かかりそうだ。でも、その遅さも自分たちらしくて悪くないのかもしれなかった。

  ーーー

第77回 お題「相棒」「ライバル」
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