ワンライまとめ

雫川サラ

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音大生(湊×怜音)

この毎朝を、ずっと

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「おはよ……」
「おはよう」
 起き抜けの掠れ声で、いつもの朝。
「寝癖、すごいぞ」
 後ろ、と指さされ、おう……と返事をしながら、怜音は冷蔵庫を開ける。
 朝は弱いのだ。
 それでも両親に負担をかけて音大に通っている自覚はあるから、授業料分に見合ったものは吸収しなければ、と、こうしてなんとか寝過ごさずに起きられているのだから自分でもまあ頑張れている方だとは思う。
 ルームメイトで高校からの友人の湊とは科もバイト先も違うから、朝家を出て以降の生活パターンはほとんど合わない。だから朝以外の食事は各自、と取り決めをして、自炊して余った食材は共有するようなどんぶり勘定で今日までやってきている。
「もうすぐ出来っから、箸出しといて」
 ただ、朝食だけは、なんだか一緒に食べるのが定着していた。別に、そうと決めたわけでもなく、なんとなくそうなった。
 朝ほとんど目も開いていない怜音を見かねて、湊が怜音の分の朝食も自分のと一緒に作るようになったのも、そう決めたわけではなく、いつの間にかそうなっている。
 弟の分もよく作ってたからさ。
 バタートーストに、ベーコンエッグとミニトマト。
 日によって卵がスクランブルになったり、前の日の余り物の味変だったり、少しずつバリエーションが加えられるそれに感嘆の声を上げた怜音に、湊は照れくさそうにそう言った。
 怜音はそれを聞いて、またか……と内心落ち込んだ。
 弟と仲がいいらしい湊は、無意識だろうがよく弟の話をする。しかもそれが大抵、怜音と重ねるように言うから、その度に怜音はちくりと胸の奥が痛くなった。
 やきもち、なのだと最近は怜音も自分の感情を分かっている。
 湊は弟がいるからいいよな。俺もそんなふうに話せる相手が欲しかったな。
 表面上は、そう思っている。そこまでは、多分口に出してもおかしくないだろうとも思う。怜音は一人っ子で、きょうだいがいる湊を羨ましく思う気持ちは多分、そんなにおかしいことじゃない。
 でも、その下に、本当は湊じゃなくて、湊にそうやって心を向けてもらえる湊の弟が妬ましい、と思っている自分がいることに、怜音はうっすら気づいていた。
 多分この先、湊の口から、弟以外の誰かの話が出たら、この気持ちがもっと拗れていくだろうという予感さえしている。
 そんな気持ちを他の誰にも抱いたことがない理由については、深く考えたら何かがまずい気がして考えていない。
「はいお待たせ」
 ぼーっと座る怜音の前にことりと置かれた皿の上には、湯気を立てるミニオムレツとハッシュドポテトがのっている。今日は豪勢だ。
「すげ」
「なんか早く目が覚めちゃったから腕振るってみた」
 いただきます、と手を合わせて、箸でオムレツを割ると、中からとろりと半熟の黄色が顔を出した。
「すげ、うま」
「そりゃあよかった」
 にこにことして自分の分も口に入れ、お、確かに今日はいつにも増して上出来、と得意げな顔の親友を見ていたら、自然と口に出ていた。
「お前の飯なら毎日食えるな……」
「えっ」
 驚いて動きを止めた湊の顔に、怜音はしまった、と思ったがもう遅い。頼むから深読みしないでくれ、と祈るような気持ちになったけれど、この反応を見るにそこに含まれた感情まで伝わってしまっているかもしれない。
 眠気が一気に吹き飛んで、背中に嫌な汗が浮かぶ。
 どう誤魔化そう。いやマジでうまいからさあ、とズレた感じで強引に押し切るか、冗談だって! と茶化すか。
 しかし、湊がじわじわと顔を赤くするから、怜音は思考を中断した。今度はこちらが狼狽える番だ。
 ——え、照れてんの? これ? え、どうすればいいの俺?
 頭の中がパニックになったまま、怜音の顔も熱くなる。
 先に沈黙を破ったのは湊だった。
「あ、あはは、そこまで気に入ってくれてんの、嬉しいなあ」
 それから湊はよく分からないことを早口で話したり、テーブルにぶつかりながら皿を下げたり、いつもの三倍くらい慌ただしくアパートを出ていった。
「俺と、同じ時間に始まるはずだよな、一限……」
 青ざめられたんなら、確実に悪手だったと分かる。
 ——でも、あれは……
 悪い反応だとは思えなかった。
 むず、と座りが悪いような心地を抱えて、怜音も席を立つ。
 そんなことが万にひとつもあるものか、と信じがたい気持ちにはなりながら、心がどうしたって浮き立った。
 そっと、壊れ物を包み込むように、温めたい。今すぐどうにもならなくても、この温かい気持ちを、忘れたくない、と怜音は思って、シンクに二つ並んだマグカップをそっと指で撫でた。

 ーーー

第86回 お題「朝ごはん」「おはよう」
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