ワンライまとめ

雫川サラ

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幼馴染(悠司×行人)

代償はしもやけ指二本分

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 初恋の人と、同窓会で再会する。
 それが、どれくらいよくあることなのか、俺には分からない。
 ドラマや漫画なんかでは見るような気がするし、同窓会での再会がきっかけで結婚まで行った夫婦の話も聞いたことがあるような気もする。
 なんでそんなことを気にしているのかと言えば、俺がこの再会に対してどれだけ舞い上がっても恥ずかしくないのか、分からないからだった。
 素直な気持ちとしては、もう運命だろ! と言いたい。悠司も、俺を見つけるなりがばりと抱きついてきたくらいだから、それなりに嬉しかったのだろう、と思ってはいる。
 でも、そこから先が、全然、ダメなのだ。
「好きすぎる……」
 スマホを見つめたまま、多分かれこれ三十分は経過している。
 同窓会で、俺は悠司と連絡先を交換した。人気者の悠司はいろんな人に話しかけられていて、とてもゆっくり話ができそうな状況じゃなかったから、勇気を出して、俺から聞いた。
 俺の勤め先の広告のモデルをやる、と言っていた。俺に会いたかったからと。
 その言葉はすごく、嬉しかった。けど、同時に、たぶん、悠司が思っているほど都合よく会えたりはしないだろうな、と、もちろん口には出さないけど、思っていた。
 だって俺は、一介の開発部の研究員。役職にすらついてない、ヒラ社員だ。広告に出演するモデルと会うようなことは万にひとつもない。俺と悠司の間には、悠司の所属している事務所、そこと契約関係にある広告代理店、そして弊社のマーケティングチーム、と言った大勢の人間が挟まっている。一社員にとって自社の広告に出てくれているモデルなんて、すごく遠い存在なのだ。
 でも、俺はわざわざそんなことを言って悠司の心意気をくじくような真似をしたくなかった。
 だから、会いたかったら、俺からアクションを起こさなければいけない。そのために、プライベートの連絡先をもらった。
 それなのに、このザマなのだ。
 たったの一文を。この前は楽しかった、今度、飯でも行かないか。
 それだけを打てばいいのに、こんな遅くに迷惑じゃないか、あるいはもしかしたら忙しくて俺からの連絡なんか気づかずスルーされたらどうしよう、そんなくだらないことを延々考えてしまう。
 帰宅してから暖房もつけずにラグに腰を下ろしてそうしているから、そろそろ手足が寒さにかじかんできた。
「うー」
 ここでエアコンをつけたら負ける気がして、ええいままよ、と俺はかじかんだ指で文字を打ち始めた。

 恥ずかしくて目を、見られない。
 それについても、どのくらいよくあることなんだろうか。
 俺たちは大人になってから初めて、二人きりで会っている。
 動物は生涯の鼓動の数が定められているというから、俺はこのまま行くと、早死に確定だ。
「……」
「……」
 問題なのは、ガチガチで一言も発することができないのが、俺だけじゃないということだ。
 あの同窓会での大胆な抱擁が嘘のように、力が入りまくってるのが俺まで伝わってくるから、一層何も言えない。
「……何、飲む」
 カラカラの喉から無理やりみたいに、声を押し出した。
 悠司が指定してきた店は、多分そういう有名人とかが使うような、プライバシーの守られそうなところで、俺なんかが気軽に入れる雰囲気じゃなくて、余計に縮こまりたくなる。
 今更、俺なんかと釣り合うやつじゃない、という、ひどい気後れをしていた。
 結局、仕事の会食みたいに、ひどくぎこちない会話しかできなくて、店を後にする頃には早くそこから逃げ出したくてたまらなかった。
 あんなに会いたかったのに。ひと目見られるだけでも幸せだと思っていたのに。ここから今すぐ立ち去らなければ、泣き出してしまいそうだった。お酒も料理も、きっとすごくいいものだっただろうに、ちっとも味がわからなかった。
「……じゃあ、俺」
「ユキ」
 声が、重なった。
 思わず見上げた先に、怖いくらい真剣な顔の悠司がいた。
 じゃあ、俺、そろそろ帰るわ。そう言おうとしていた俺の残りの言葉は、その眼差しに粉微塵に消し飛んだ。
 ——うわああ、やっぱりスッゲーかっこいい……ダメだ俺、今絶対変な顔してる。
 痛いような切ないような、そんな感情は、他の誰にも抱いたことのないものだ。
 今この瞬間だけで、もう二度と会えなくても生きていけそうな気がした。
 惚けたように見つめていたから、悠司が手を差し出していたことに、気づけなくて、何か焦れた顔をしているな、と思った時には、腕を引かれてその胸の中に閉じ込められていた。
「……ごめん、今だけ」
 もう冬だな、と出てくる時思った、その外気の寒さが、一瞬で汗をかくほど暑くなる。
 悠司の体温、俺より高いな、なんて、初めて知った。
 嘘、だろ。
 確かにここは店のすぐ脇の薄暗がりで、もうあまり人も歩いていないからまず誰も気づかないだろうけど、そういうことじゃなくて!
「え、ど、」
 こんな時にちゃんと喋れる能力が俺にあったら、たぶん最初からメッセージを送れなくて手足がかじかんだりしていない。
「ごめん」
「な、んで」
 繰り返し悠司が謝るから、それがよくわからなくて、これだけかろうじて口にした。
「嫌、だったら、」
 嫌なわけがない。どちらかというと心臓が破裂しそうだし膝から崩れ落ちそうで、それは別の意味で困るけど。
 でも、何も気のきいた言葉なんか出るわけもなくて、ただ懸命に俺は頭を横に振った。
 ほ、と頭上で安堵するみたいに息を吐いた悠司がやがて腕を緩めるまで、俺はずっと大人しく囚われていた。
「ゆ、うじ、こうすんの、好きなの」
 同窓会の時もしていたし、もしかしたら深い意味なんてなくて、挨拶みたいなものなのかもしれない、と俺の中の心配性が素直に喜べなくてそんなことが口から出た。
「……」
 答えがないから、少し不安になって、目を上にあげた。
 悠司の横顔は、真っ赤だった。
 どんな答えより雄弁なそれに、俺は急にたまらなくなって、その瞬間恐怖とか不安とか全部どこかに行って、そっとそれまで両脇に垂らしていた腕を悠司の背中に回した。
 こんなに離れ難い温もりを知ってしまって、俺はどうしたらいいんだろう。
 帰りたくないけど、引かれたら嫌だ。また会えるだろうか。
 次の約束を取り付けるために俺が勇気を振り絞って口を開くまで、俺たちは冷たくなった足が痛くなっても、そこでそうしていた。

 ーーー

第89回 お題「抱擁」「ぬくもり」
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