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セフレ(ルカ×海里)
クリスマスは予約済み
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かちり、かちり、とフォークが皿に当たる音がやけに大きく聞こえる。
客は自分たちだけではもちろんなくて、今日を楽しんでいる親子連れやカップル、友人グループが周りのテーブルで賑やかにおしゃべりに興じていた。
けれど、海里とその目の間に座っているやたらと顔のいい男、ルカはこの状況には似つかわしくなく口数少なに、今日限定のケーキプレートをつついている。
今朝、週末はいつもそうであるように昼近くに起きた海里は、何気なくスマホを見て飛び上がりそうに驚いた。
『今日ヒマだったら、ちょっと付き合って』
自分の目の錯覚かと思って、送り主の名前をもう一度確かめた。ルカで間違いない。
この前、家に行っていいか、と言われた時もそうだったけれど、事前に連絡してきて会おうと言われたことなどこれまでなかった。いつも、行きつけのバーやイベントで互いを見つけて、その時フリーなら一緒に飲んで、どちらかの部屋かホテルでヤって、シャワーを浴びたらそのまま解散、だった。
初めて寝てから少しした頃、どうやら本気になってしまったと自覚した海里はそれまでキープしていたセフレを全員切っているから、二回目以降海里側に連れがいることはなかったのだけれど、もちろん偶然を装っていたしルカには気づかれていないはずだ。
そうでなければいけなかった。ルカは界隈の暗黙ルールである「特定の相手を作らない」意思表示である親指に指輪をしていたし、海里だってルカに会うまでは割とモテる方のネコだったから、特定の相手に執着されることの鬱陶しさはよく分かっている。
だからこそ、いきなり家に行っていいか、と言われ、寝るでもなく二人で部屋飲みのようなことをする展開になった時には、押し隠していた気持ちが漏れ出ていてルカが牽制しにきたのかと、そう思ったのだ。あの晩は緊張で酔いが回るのが早くて、自分が下手なことを言うの怖さに、話の途中でなんだか空気がおかしな方向に変わったと感じた瞬間、海里は誤魔化すようにルカに迫ってそのまま押し倒していた。
ルカはなんだか不機嫌に見えて、でも海里の誘いには乗ってくれた。むしろ、いつも以上に激しかったような気がする。最後はほとんど記憶がなくて、朝になったら全部綺麗になった自分の身体に残る微かな甘い痛みと、昨日飲み散らかした酒の缶の残骸だけが夢ではなかったことを示していた。
結局そのまま連絡も取れず、海里もルカに会うのも気まずいし他の誰かと寝る気にもならないしで、あれきりどこにも顔を出していない。いい加減身体の方が欲求不満でどうにかなりそうだ、と思っていた矢先、今朝のメッセージが送られてきた、というわけである。
——俺たち、一体何してんだろ……。
昼に会ったことなんてもちろんない。何を着たらいいんだ、から始まって、よりによってクリスマスイブに繁華街近くの駅で待ち合わせるなんて恋人みたいなことをして、連れてこられたのはこのレストランだ。
——ご予約の、って言ってた気がするんだよな、入り口にいた店員さん。
ぐい、と背中に追いやられてしまったから名前まで聞き取れなかったのが悔やまれるが、確かにそう言ったところまでは聞こえた。それに、今つついているプレートは、ご予約限定、と書いてあった。
——予約、してたの……?
だとしたら、『今日ヒマだったら』と送ってきたのは、誰かと約束していた、その「誰か」が来られなくなった代わり、だったりするんだろうか。
そっと盗み見た親指には、今日も指輪がない。代わりに人差し指にシンプルなシルバーのものだけをはめていて、それには何か意味があるのかと考えてみたがわかるわけもなかった。
さっきからぐるぐるとそんなことばかりを考えていて、海里は目の前のかわいらしいプレートに全く集中できないでいる。
聞きたいことはいっぱい、あるのに。
何を聞いても、重いとかだるいとか、そんなふうに思われそうで何も聞けない。
——大好きな人と、クリスマスに限定スイーツを食べられるなんて、こんな幸せなことないはずなのに、なんでそんなしけた顔してんだよ、カイ!
ルカが知っている自分は「海里」としての素顔ではなく、あくまで夜の世界での「カイ」であって、「カイ」はこんなことでウジウジ悩まない。
ふう、と自分に喝を入れるように息を吐いて、海里は目の前のサンタを模したらしいマジパンの人形をそっと掬った。こういう人とか動物を模ったお菓子は一口に食べないとどうも残酷なことをしている気がしてしまう。
「カイ?」
目の前から、深くてよく響く、大好きな声がして、海里は弾かれるように顔を上げ、それからすぐににっこり笑った。うまく、笑顔を作れたはずだ。これで大抵の男はメロメロになってくれる、自信のある表情だった。
なのに、ルカはそれを見て何故か表情を曇らせる。
「何か口に合わなかった? 前、結構甘いものも好きだって言ってるの聞いたから、こういうの気にいるかなって思ったんだけど。カイ、イベントごと結構好きでしょ」
海里は思わずサンタを取り落としそうになって、慌ててフォークを持ち直した。
——え、予約したのは、俺と来るため?
「え……? ど、して、それを……それに、今朝今日ヒマだったら、って……」
「うん、だって前もって言ったら、カイは絶対警戒すると思ったから。このくらい、どっちでもいいけど、みたいな軽さじゃないと。でも来てくれるとは思ってたけど」
ばちん、とルカがウインクする。様になりすぎていて、海里は何も言い返せなかった。
——それ、昼間していい顔じゃないやつ……!
顔が熱い。多分真っ赤になっている。
これは、バレてる、と海里は思った。来ると思われていた、それはすなわち海里がもう誰とも関係していないことに気づかれている証拠に他ならないだろう。
——えええ、なら、なんで……?
ふわふわと周りだけを真綿で埋められるみたいなのに、肝心なところには切り込んで来ず、泳がされているようだ。
サンタを持ったまま混乱する海里に、ルカが微笑みかけた。
「あーあ」
ため息に乗った声が、海里に話しかけた感じではなくて、どうしたのだろうと海里は首を傾げる。
——嬉しいけど嬉しくない、みたいな、複雑な顔……。
ことルカに関して、頭が働かない自覚は海里にもあった。恋、というのはそういうものなのかもしれない。
眉を下げたまま、ルカが聞いたことのないような柔らかい声で言う。
「そうやって悩んでる顔も可愛いなんて、俺も大概だなって思ったの」
可愛い。その単語自体は海里もセックスの最中は特に言われ慣れているもので、ネコとしてのプライドをくすぐる言葉の一つだ。ルカに言われると一際嬉しいものではあったのは間違いないが、言われるのはこれが初めてではない。
なのに、この「可愛い」は、初めて聞くような響きだった。くすぐったくて、照れ臭くて、とてもじっとしていられないような。
「そ、それ、どういう意味」
「ん? そのままだけど」
「そのまま……」
だめだ、頭が働かない。とりあえず、闇雲に持ったままだったサンタを頬張った。
甘い。幸せな味だ、とようやくそっちは感覚が戻ったようで、とろける舌触りに頬が緩む。
「あーあ、またそんな顔しちゃって。ほんと可愛いんだから」
手が、伸びてくるのを、まるで他人事のように海里は眺めた。
頭を撫でられている、と気づくまで、数秒かかって、それから顔が爆発しそうに熱くなる。
最高のクリスマスプレゼントだ、と言われたのが聞こえた気がしたけれど、もうその言葉の意味は分からなかった。
ーーー
第93回 お題「クリスマス・イヴ」「ケーキ」
客は自分たちだけではもちろんなくて、今日を楽しんでいる親子連れやカップル、友人グループが周りのテーブルで賑やかにおしゃべりに興じていた。
けれど、海里とその目の間に座っているやたらと顔のいい男、ルカはこの状況には似つかわしくなく口数少なに、今日限定のケーキプレートをつついている。
今朝、週末はいつもそうであるように昼近くに起きた海里は、何気なくスマホを見て飛び上がりそうに驚いた。
『今日ヒマだったら、ちょっと付き合って』
自分の目の錯覚かと思って、送り主の名前をもう一度確かめた。ルカで間違いない。
この前、家に行っていいか、と言われた時もそうだったけれど、事前に連絡してきて会おうと言われたことなどこれまでなかった。いつも、行きつけのバーやイベントで互いを見つけて、その時フリーなら一緒に飲んで、どちらかの部屋かホテルでヤって、シャワーを浴びたらそのまま解散、だった。
初めて寝てから少しした頃、どうやら本気になってしまったと自覚した海里はそれまでキープしていたセフレを全員切っているから、二回目以降海里側に連れがいることはなかったのだけれど、もちろん偶然を装っていたしルカには気づかれていないはずだ。
そうでなければいけなかった。ルカは界隈の暗黙ルールである「特定の相手を作らない」意思表示である親指に指輪をしていたし、海里だってルカに会うまでは割とモテる方のネコだったから、特定の相手に執着されることの鬱陶しさはよく分かっている。
だからこそ、いきなり家に行っていいか、と言われ、寝るでもなく二人で部屋飲みのようなことをする展開になった時には、押し隠していた気持ちが漏れ出ていてルカが牽制しにきたのかと、そう思ったのだ。あの晩は緊張で酔いが回るのが早くて、自分が下手なことを言うの怖さに、話の途中でなんだか空気がおかしな方向に変わったと感じた瞬間、海里は誤魔化すようにルカに迫ってそのまま押し倒していた。
ルカはなんだか不機嫌に見えて、でも海里の誘いには乗ってくれた。むしろ、いつも以上に激しかったような気がする。最後はほとんど記憶がなくて、朝になったら全部綺麗になった自分の身体に残る微かな甘い痛みと、昨日飲み散らかした酒の缶の残骸だけが夢ではなかったことを示していた。
結局そのまま連絡も取れず、海里もルカに会うのも気まずいし他の誰かと寝る気にもならないしで、あれきりどこにも顔を出していない。いい加減身体の方が欲求不満でどうにかなりそうだ、と思っていた矢先、今朝のメッセージが送られてきた、というわけである。
——俺たち、一体何してんだろ……。
昼に会ったことなんてもちろんない。何を着たらいいんだ、から始まって、よりによってクリスマスイブに繁華街近くの駅で待ち合わせるなんて恋人みたいなことをして、連れてこられたのはこのレストランだ。
——ご予約の、って言ってた気がするんだよな、入り口にいた店員さん。
ぐい、と背中に追いやられてしまったから名前まで聞き取れなかったのが悔やまれるが、確かにそう言ったところまでは聞こえた。それに、今つついているプレートは、ご予約限定、と書いてあった。
——予約、してたの……?
だとしたら、『今日ヒマだったら』と送ってきたのは、誰かと約束していた、その「誰か」が来られなくなった代わり、だったりするんだろうか。
そっと盗み見た親指には、今日も指輪がない。代わりに人差し指にシンプルなシルバーのものだけをはめていて、それには何か意味があるのかと考えてみたがわかるわけもなかった。
さっきからぐるぐるとそんなことばかりを考えていて、海里は目の前のかわいらしいプレートに全く集中できないでいる。
聞きたいことはいっぱい、あるのに。
何を聞いても、重いとかだるいとか、そんなふうに思われそうで何も聞けない。
——大好きな人と、クリスマスに限定スイーツを食べられるなんて、こんな幸せなことないはずなのに、なんでそんなしけた顔してんだよ、カイ!
ルカが知っている自分は「海里」としての素顔ではなく、あくまで夜の世界での「カイ」であって、「カイ」はこんなことでウジウジ悩まない。
ふう、と自分に喝を入れるように息を吐いて、海里は目の前のサンタを模したらしいマジパンの人形をそっと掬った。こういう人とか動物を模ったお菓子は一口に食べないとどうも残酷なことをしている気がしてしまう。
「カイ?」
目の前から、深くてよく響く、大好きな声がして、海里は弾かれるように顔を上げ、それからすぐににっこり笑った。うまく、笑顔を作れたはずだ。これで大抵の男はメロメロになってくれる、自信のある表情だった。
なのに、ルカはそれを見て何故か表情を曇らせる。
「何か口に合わなかった? 前、結構甘いものも好きだって言ってるの聞いたから、こういうの気にいるかなって思ったんだけど。カイ、イベントごと結構好きでしょ」
海里は思わずサンタを取り落としそうになって、慌ててフォークを持ち直した。
——え、予約したのは、俺と来るため?
「え……? ど、して、それを……それに、今朝今日ヒマだったら、って……」
「うん、だって前もって言ったら、カイは絶対警戒すると思ったから。このくらい、どっちでもいいけど、みたいな軽さじゃないと。でも来てくれるとは思ってたけど」
ばちん、とルカがウインクする。様になりすぎていて、海里は何も言い返せなかった。
——それ、昼間していい顔じゃないやつ……!
顔が熱い。多分真っ赤になっている。
これは、バレてる、と海里は思った。来ると思われていた、それはすなわち海里がもう誰とも関係していないことに気づかれている証拠に他ならないだろう。
——えええ、なら、なんで……?
ふわふわと周りだけを真綿で埋められるみたいなのに、肝心なところには切り込んで来ず、泳がされているようだ。
サンタを持ったまま混乱する海里に、ルカが微笑みかけた。
「あーあ」
ため息に乗った声が、海里に話しかけた感じではなくて、どうしたのだろうと海里は首を傾げる。
——嬉しいけど嬉しくない、みたいな、複雑な顔……。
ことルカに関して、頭が働かない自覚は海里にもあった。恋、というのはそういうものなのかもしれない。
眉を下げたまま、ルカが聞いたことのないような柔らかい声で言う。
「そうやって悩んでる顔も可愛いなんて、俺も大概だなって思ったの」
可愛い。その単語自体は海里もセックスの最中は特に言われ慣れているもので、ネコとしてのプライドをくすぐる言葉の一つだ。ルカに言われると一際嬉しいものではあったのは間違いないが、言われるのはこれが初めてではない。
なのに、この「可愛い」は、初めて聞くような響きだった。くすぐったくて、照れ臭くて、とてもじっとしていられないような。
「そ、それ、どういう意味」
「ん? そのままだけど」
「そのまま……」
だめだ、頭が働かない。とりあえず、闇雲に持ったままだったサンタを頬張った。
甘い。幸せな味だ、とようやくそっちは感覚が戻ったようで、とろける舌触りに頬が緩む。
「あーあ、またそんな顔しちゃって。ほんと可愛いんだから」
手が、伸びてくるのを、まるで他人事のように海里は眺めた。
頭を撫でられている、と気づくまで、数秒かかって、それから顔が爆発しそうに熱くなる。
最高のクリスマスプレゼントだ、と言われたのが聞こえた気がしたけれど、もうその言葉の意味は分からなかった。
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第93回 お題「クリスマス・イヴ」「ケーキ」
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