ある不条理な出来事と、呪いの獣

雫川サラ

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6. 悪魔にすら劣る

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 危険は承知だった。
 アルーシャに、魔術はほとんど使えない。せいぜいが通信や探知など日常で使うものに限られ、攻撃系の術式などとはまるで無縁の生活をしてきた。かといって、ラングレンのような屈強な身体も、戦う術も持たない。
 だが、行かねばならなかった。こうしている間にも刻一刻と呪いは進行しているのだ。


 翌日。
 アルーシャは、昼間だというのに薄暗いランヴェールの居宅で、部屋と同じくらい薄気味悪い空気を纏った家の主と対面していた。
 ランヴェール自身は国に正式に登録している魔術師の1人であり、その住まいを知ることはさほど難しくはなかった。

「やあ、アルーシャ。君から僕に会いにきてくれるなんて、どんな風の吹き回しかな? 相変わらず、チンケな雑草と向き合っているんだろう? それとも、とうとう魔術の道へ転向する決心をしてくれたのかな?」

 首都のはずれにあるその家は、ランヴェールの家が代々所有するものの一つのようで、決して趣味の悪い作りではないはずだった。だがその主のまとう陰の気が家全体を覆い尽くしていて、まるでそこだけ日が当たっていないかのように妙に薄暗い。
 目の前のこの男が真っ当な生き方をしていないのは、火を見るよりも明らかだった。

「私がお前に接触した時点で、見当はついているだろう」

 ねっとりと肌を這うようなランヴェールの声に寒気を堪えながら、アルーシャは無感情に言い放った。

「ああ、とても素敵だよアルーシャ。かつて僕らが学び舎を同じくしていたあの頃より、今の君は輪をかけて美しい……普段はお上品に澄ましたその口が、僕にだけぞんざいな言葉を吐くというのもたまらなくゾクゾクするよ」

 うっとりとしているようにさえ見えるランヴェールの目つきに、アルーシャは形容しがたい嫌悪感を覚える。
 今すぐにでもこの男の前から立ち去りたいが、ラングレンの呪いとランヴェールの関係がわかるまでは逃げ出すわけにはいかなかった。

 どんな手を使えばこの男が真実を吐くだろうか、と殺気を滲ませるアルーシャに、ランヴェールの目が下卑た光をたたえる。

「さて、何かお困りかな? 僕の力が必要になって、ここへ来たんだろう?」

 その表情から、アルーシャは確信した。

 ——やはり、こいつか……!

 アルーシャの奥歯がギリリ、と嫌な音をたてる。
 いっそもし自分が呪術使いであったなら、とあらぬ思いまでよぎった。
 だが、ラングレンの命を握られている手前、あくまで下手に出るほかない。

「何が、したい……! お前は、ラングレンに一体何をした!」
「うんうん、飲み込みが早いね。話が早くて助かるよ」

 アルーシャの殺気をものともしていないかのように、ランヴェールが笑顔で言葉を紡ぐ。
 だが、その目は笑っていなかった。

「しかし、あまり事を急くのは優雅さに欠けるね。僕の趣味じゃない」
「お前の趣味など知ったことか……! 今すぐ、ラングレンにかけた、その穢らわしい呪いを、解くんだ!」

 怒りのあまり、語尾が震える。
 爪が手のひらに食い込むほど、拳を握りしめる。そうでもしていないと、殴りかかってしまいそうだった。

「ふふ、そんなに焦るなんて、君らしくもない。それもすべてあの青年のせいだと思うと、僕もあまり穏やかじゃないけどね……第一、じゃあ僕が呪いを解きました、と今ここで言ったところで、君はどうやってそれを確かめるつもりだい?」

 ランヴェールの言う通りだった。
 今ここにラングレンがいない以上、この魔術師はいくらでも嘘をつくことができる。
 いつもの冷静さを欠いていたことは認めざるを得ず、アルーシャはグッと言葉に詰まった。

「まあ、そんなに怖い顔をしないでおくれよ。僕も悪魔じゃない。ここはひとつ、良識ある国民どうし、取引といこうじゃないか」

 ——その下衆な根性は悪魔にも劣るし、どこをどうとってもお前を良識ある国民とは誰も思わないだろうよ。

 内心そう毒づきながら、アルーシャは沈黙することで続きを促した。

 ランヴェールは、今にも舌なめずりをしそうな顔つきで、こう続けた。

「君自身を僕に差し出すこと。それが条件だ」
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