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7. 取引
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——私自身を、差し出す……
その表現の気色の悪さに、アルーシャは再び目眩を覚える。
だが、この男と自分との接点が分かった時点で、おおかた、そうした類のことを言われることは覚悟していた。
この粘着質な魔術師がどのようにラングレンのことを知り、接触したのかはわからなくとも、この男がクロなのであれば狙いがラングレン自身ではないだろうことは、察しがついていたからだ。
「もちろん、君には、今のしょぼくれた研究室とも呼べないボロ屋とは比べ物にならない立派な設備を用意するし、前から勧めているとおり、君の魔術の素養を伸ばせば今より遥かに高いところを目指せる。生活にももちろん不自由はさせないよ。どうだい? そう悪くない話だろう?」
これで「そう悪くない話だ」と本気で思って言っているいるのだとしたら、狂っているとしかアルーシャには思えなかった。
この男はどうやら、アルーシャの食欲を減退させるラブ・レターを何通も送りつけていた学生時代から、1ミリも成長していないようだ。
その身勝手な思い込みの強さ、欲しいものはなんでも手に入ると信じて疑わないところ、それはさながら小さな子供のようである。
ただし、なまじ行使できる力があるところに、子供とは比べ物にならないたちの悪さがあった。
「それなら、最初からそんな周りくどい方法を使わず、私に呪いでもなんでもかけて言うことを聞かせることだってできただろう。なぜラングレンを巻き込んだ!」
それはランヴェールに目星をつけた時からアルーシャが思っていたことだった。
なぜ最初から自分を狙わない。
そもそもラングレンを襲ったのが病でなく呪いだと気づき、さらにその犯人がランヴェールであるところまで突き止めなければ、この取引はスタートラインにさえ立てずに終わるのだ。
そんな成功率の低い手段をなぜあえて選ぶ。
アルーシャの問いに、ランヴェールは意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「そりゃあ、君が自分から僕のところへ来るのでなけりゃ意味がないからさ。あのプライドの高くて、高潔で美しい君が、僕に己の意思で自分を差し出す。それ以上に心が震えることなんてないだろう? 力づくで言うことを聞かせるのはちっともエレガントじゃない」
その答えだけで十分に吐きそうだったが、アルーシャはまだ納得していなかった。
「では、もし私が、お前のしたことだと気づかなかったなら、ラングレンは病に冒されたのだと思い込んでいたままだったのなら、どうするつもりだったんだ」
アルーシャの言葉に、ランヴェールは怪訝そうな表情を浮かべる。
「そんなの、それならまた別の人間に同じことをするまでだよ。頭のいい君のことだ、真実に気づくまでそう時間はかからないと思っていたしね。事実、君はこうして僕のところへやって来た」
——わかった、もうやめろ……!
なぜそんな分かりきったことを聞くのかと言いたげな口ぶりでランヴェールが語る、その内容のあまりのおぞましさに、アルーシャはぎゅっと目を瞑った。
——この男は、人の心を失くしている。それが元からなのか、どこかで道を誤ってしまったのか、それを知る術は今はもうないが……
そして、最初にランヴェールと対峙すると決めた時から、アルーシャには分かっていた。
どのみちラングレンを救うには、この男の言うことを飲むしかないのだと。
「……お前の、言う通りにしよう」
絞り出すようなアルーシャの言葉に、ランヴェールの目が一瞬輝き、それから片方の眉が跳ね上がった。
アルーシャがすんなり言うことを聞くようなタマではないと、ランヴェールの方も分かっているようだ。
「ただし、条件がある」
その言葉を予期していたと見え、ランヴェールが芝居がかった仕草で続きを促す。
「姫の、仰せのままに」
——誰が姫だ、この腐れ外道が。
喉元まで込み上げる悪態を無理やり飲み込み、アルーシャはできるだけ事務的に聞こえるように、言葉を続けた。
「まず、さっきお前が言ったように、ここでは解呪を確認しようがない。したがって、お前はラングレンの前で解呪を行い、それを私がその場で直接確認する。それから、もうひとつ」
声が、震えそうになるのを、アルーシャは懸命に堪える。
「……ラングレンには、俺が死んだと思わせてほしい」
その表現の気色の悪さに、アルーシャは再び目眩を覚える。
だが、この男と自分との接点が分かった時点で、おおかた、そうした類のことを言われることは覚悟していた。
この粘着質な魔術師がどのようにラングレンのことを知り、接触したのかはわからなくとも、この男がクロなのであれば狙いがラングレン自身ではないだろうことは、察しがついていたからだ。
「もちろん、君には、今のしょぼくれた研究室とも呼べないボロ屋とは比べ物にならない立派な設備を用意するし、前から勧めているとおり、君の魔術の素養を伸ばせば今より遥かに高いところを目指せる。生活にももちろん不自由はさせないよ。どうだい? そう悪くない話だろう?」
これで「そう悪くない話だ」と本気で思って言っているいるのだとしたら、狂っているとしかアルーシャには思えなかった。
この男はどうやら、アルーシャの食欲を減退させるラブ・レターを何通も送りつけていた学生時代から、1ミリも成長していないようだ。
その身勝手な思い込みの強さ、欲しいものはなんでも手に入ると信じて疑わないところ、それはさながら小さな子供のようである。
ただし、なまじ行使できる力があるところに、子供とは比べ物にならないたちの悪さがあった。
「それなら、最初からそんな周りくどい方法を使わず、私に呪いでもなんでもかけて言うことを聞かせることだってできただろう。なぜラングレンを巻き込んだ!」
それはランヴェールに目星をつけた時からアルーシャが思っていたことだった。
なぜ最初から自分を狙わない。
そもそもラングレンを襲ったのが病でなく呪いだと気づき、さらにその犯人がランヴェールであるところまで突き止めなければ、この取引はスタートラインにさえ立てずに終わるのだ。
そんな成功率の低い手段をなぜあえて選ぶ。
アルーシャの問いに、ランヴェールは意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「そりゃあ、君が自分から僕のところへ来るのでなけりゃ意味がないからさ。あのプライドの高くて、高潔で美しい君が、僕に己の意思で自分を差し出す。それ以上に心が震えることなんてないだろう? 力づくで言うことを聞かせるのはちっともエレガントじゃない」
その答えだけで十分に吐きそうだったが、アルーシャはまだ納得していなかった。
「では、もし私が、お前のしたことだと気づかなかったなら、ラングレンは病に冒されたのだと思い込んでいたままだったのなら、どうするつもりだったんだ」
アルーシャの言葉に、ランヴェールは怪訝そうな表情を浮かべる。
「そんなの、それならまた別の人間に同じことをするまでだよ。頭のいい君のことだ、真実に気づくまでそう時間はかからないと思っていたしね。事実、君はこうして僕のところへやって来た」
——わかった、もうやめろ……!
なぜそんな分かりきったことを聞くのかと言いたげな口ぶりでランヴェールが語る、その内容のあまりのおぞましさに、アルーシャはぎゅっと目を瞑った。
——この男は、人の心を失くしている。それが元からなのか、どこかで道を誤ってしまったのか、それを知る術は今はもうないが……
そして、最初にランヴェールと対峙すると決めた時から、アルーシャには分かっていた。
どのみちラングレンを救うには、この男の言うことを飲むしかないのだと。
「……お前の、言う通りにしよう」
絞り出すようなアルーシャの言葉に、ランヴェールの目が一瞬輝き、それから片方の眉が跳ね上がった。
アルーシャがすんなり言うことを聞くようなタマではないと、ランヴェールの方も分かっているようだ。
「ただし、条件がある」
その言葉を予期していたと見え、ランヴェールが芝居がかった仕草で続きを促す。
「姫の、仰せのままに」
——誰が姫だ、この腐れ外道が。
喉元まで込み上げる悪態を無理やり飲み込み、アルーシャはできるだけ事務的に聞こえるように、言葉を続けた。
「まず、さっきお前が言ったように、ここでは解呪を確認しようがない。したがって、お前はラングレンの前で解呪を行い、それを私がその場で直接確認する。それから、もうひとつ」
声が、震えそうになるのを、アルーシャは懸命に堪える。
「……ラングレンには、俺が死んだと思わせてほしい」
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