【完結】半端なあやかしの探しもの

雫川サラ

文字の大きさ
18 / 74
第2章 淡い芽吹き

7話 知りたいけど知りたくない

しおりを挟む
 一方、黙り込んだ蘇芳の複雑な心中をどうやら原因不明の不機嫌として受け取ったらしい鉄郎が、場を取り繕うように話をし始める。
「蘇芳だって、人気があるじゃないか。角の紺屋の源さんとか、あと、この前みよし屋の番頭の吾郎さんも、蘇芳のことをいつも礼儀が正しいって褒めていたし」
 鉄郎が名を挙げた人たちのことは、蘇芳もよく知っていた。皆、店の常連であり、蘇芳のことを子や孫のように可愛がってくれている。身寄りがない蘇芳を、町の皆が親代わりのように気にかけてくれているのを、蘇芳は暖かくありがたく感じていた。自分があやかしの血を引いていることを、忘れている時間がだんだん長くなってきている。
 ——ここでの暮らしは、好きだ。
 近頃は、このままここで死ぬまで暮らすのも悪くない、とさえ思うこともある。
 ただ、今蘇芳がむくれているのは、そういうことではなかった。分かっていないのか、分かっていてはぐらかしているのか分からない鉄郎の態度に、蘇芳は苛立ちを隠せずにつっけんどんな物言いになってしまう。
「そうじゃないよ……鉄郎の言うのはみんな、俺の父ちゃんや爺ちゃんくらいの男の人たちじゃないか」
「……蘇芳は、若い衆に好かれたいのか? それとも若い女に?」
 鉄郎の言い回しが、ほんの少しだけ変わった。
 さっきまでと違い、明らかに蘇芳の言いたいことを分かって言っているのだと分かる。
 そこまであからさまな話をするつもりでもなかった蘇芳は、返答に困って俯いた。
 蘇芳も年頃の男子に数えられるようになり、店に来る若い客の態度に、もしかしたら、と思うことがないわけではない。だけれど、肝心の蘇芳自身に、いわゆる恋心というものがよく分かっていなかった。十から十五までをミソラと二人で過ごしていたのも、大きかったのかもしれない。
 十五も過ぎれば、大体の子どもたちはもうそういう経験の二つ三つを通過しているものだ。今更「恋とはどういうものかしら」などという幼稚な問いを口にするのは憚られた。
 ——一緒にいて楽しい、一緒にいたい、と思うのがそうなら、俺にとっては……
 その先を考えるのはなんだか恐ろしいように思われて、蘇芳は鉄郎に意識を戻した。
「そういうお前はどうなんだよ」
 なんだか、探りを入れるような言い方になった。
 知りたいような、知りたくないような、複雑な気持ちがする。鉄郎のような青年を、町の女性たちが放っておくわけないことくらい、蘇芳にだってわかる。
 ——もしかして、もう決まったひとがいると言われたら、どうしよう。
 聞いておいて、怖くて返事を聞きたくなかった。
 鉄郎は蘇芳の言葉に、なぜか神妙な面持ちになる。その表情に、蘇芳はもののはずみでもこんなことを聞いたのを後悔した。
「やっぱり、」
「まあ、……いいなと思っている人なら、」
 やめよう、と言おうとしたが、間に合わなかった。
 一番聞きたくなかった言葉を、聞いてしまった。
「えっ」
 聞かなかったことにしたい気持ちより、衝撃が勝ってしまって、思わず思い切り鉄郎の顔を見つめた。
 鉄郎は、見たことのない顔をしていた。少しはにかんだ、くすぐったそうな、それでいて、嬉しくてたまらないのを懸命に我慢しているような顔。
 急に、鉄郎が遠く感じた。言葉が出なかった。そして一拍置いて、自分がなぜそんなに鉄郎の言葉に落ち込むことがあるのか、蘇芳はそれにまた底知れない不安を覚えた。
 ——ええと、こういう時、仲のいい友達なら、なんて言うのかな……
 心と頭がちぐはぐになったような、自分でも自分がどうなっているのかうまく分からないまま、蘇芳は懸命に言葉を探した。
「そ、そうなのか! 応援してるよ!」
 思ったより大きい声が出て、恥ずかしさに逃げ出したくなる。
 鉄郎は呆気に取られたような顔をしたあと、なぜか少し無理に笑ったような気がした。
「それ、飲んだら出ようか」
 いたたまれない空気が、鉄郎の明るく、けれど落ち着いた声でふっと元通りになる。同時に、通りの喧騒がどっと耳に入ってきた。
 あわてんぼうで、空回りしているのが自分だけであるようで、鉄郎の大人びた態度と比べて惨めな気持ちになりそうな心を叱咤し、蘇芳はぬるくなってしまった茶を飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...