【完結】半端なあやかしの探しもの

雫川サラ

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第5章 夢でも、幻でもない

8話 生きていくための手がかり

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 こうして以前ミソラについて歩いていた頃、自分は背丈もまだ低く、何も知らなかった、と蘇芳は思う。今は少しは、あの頃よりも分かっている。分かってきたからこそ、知りたかった。
「私には、教えられないよ」
 口を開こうとしたところへ、蘇芳の心を読んだかのようにミソラが言った。ゆったりとした声には、何の感情も読み取れない。
「……どうして」
 何を聞こうとしていたのか、ミソラは多分気づいているのだ。蘇芳が誰を追いかけようとしているのかくらい、お見通しなのだろう。ミソラの治める土地にいる限り、どこで何をしていてもミソラにとっては前庭で起きている出来事のようなものなのかもしれない。
「それも、教えられないな。……少なくとも今は」
 少し間をおいて付け加えられた言葉に、蘇芳は怪訝な思いでミソラを見上げた。
「いずれ、お前にも分かるだろうよ」
 よく似た言い方を、 つい最近聞いた気がする。自分がまだ掴めていない何かが確かにそこにあるのを感じて、蘇芳の鼓動が早くなる。
 そこで会話は途切れ、再び蘇芳はミソラと並んで歩いた。
 聞きたいことはたくさんあった。
 自分が出ていったことは怒っていないのか。自分がどこで何をしているのか、全部知っているのか。晴弥とは親しいのか。晴弥はああ言っていたけれど、本当に他に自分のようなあやかしと人の血をどちらも引く〝合いの子〟は他にいないのか。
 ‪—‬—もしいるなら……どうやって暮らしているのか、知りたい。
 晴弥の言うように、誰とも関わらず暮らしていくなんて、蘇芳には到底無理だ。晴弥も、とてもではないがそれで満ち足りているようには、見えなかった。
 この第二性さえ、なければ。それがなければ、うまく暮らしていけるように思う。
 縋るような思いで、蘇芳はおずおずと前を見たまま、口を開いた。
「あの……」
「なんだい?」
 昔と変わらず穏やかに受け止めてくれるミソラの声に、背中を押された。
「あの、あやかしには、みんな、第二性があるって」
「そうだね」
「……発情は、どうにもできないんですか」
 少しの間、沈黙があった。
「……どうにも、というのは?」
 責めるような口調ではなく、どちらかというと蘇芳の聞きたいことを掴みかねているようだった。
「発情している間はすごく辛いし、治るまでずっと高熱にうなされているみたいな、自分が自分じゃなくなるみたいになって……それ、他のあやかしの方たちもそうなんですか」
 自分がどれだけ浅ましくなってしまうか、できるだけ思い出さないよう、淡々と話す。見た目も変えられなくなることについては、どうしてか後ろめたくて、言えなかった。ただでさえ落ちこぼれで、あやかしとして生きられないのに、姿を変えてまで人として生きようとする蘇芳を、あやかしの中でも頂点に位置するミソラは決して理解できないだろうと思ったからでもある。
 短い沈黙の後、応えがあった。
「そう……だね。つがいがいるものは、そもそもつがいにだけ発情するし、それはそこまで強くはない。つがいのいないものも、甲の精を胎に受ければ発情は収まる。そうでないものは……滅多にないことではあるが、身体の弱いものは発情が負担になることもあるようだ」
 つがい、という響きに首の後ろが疼くような気がして思わず手をやった蘇芳だが、それに続いたミソラの言葉にそれどころではなくなる。
「っ……! そういう場合は、何か対処などは……?」
 ミソラは頭を振った。
「生まれ持ったものはそのようにあるべきもの。草木を食したりして抑えようとするものもいるようだが、本能を歪めるような行為は摂理に反することだ」
 草木を食して、と聞いた蘇芳の心臓がどくんと大きく脈打った。
 ‪—‬—そうか、どうして思いつかなかったのだろう……!
 思いがけない気付きに興奮してくるのをミソラに気取られないよう、必死に何気ない顔で頷きながら蘇芳は歩いた。
「辛いか」
 ミソラが何気なく口にした手がかりから、自分の知る限りの薬草の知識を掘り返していた蘇芳は、ミソラから投げかけられた一言に、咄嗟に反応ができなかった。
 立ち止まったミソラにつられて、蘇芳も歩みを止める。
 歩き始めてから初めて見上げた顔には、一言では言い表せない深い慈愛と憂い、人とよく似てはいるが何かがはっきりと違う、憐れみのような、無垢な問いのような、そんな表情が浮かんでいた。
 はい、と答えたら、ミソラは何と言うのだろうか。何を求められているのか分からなくて、蘇芳は答えに迷う。
 蘇芳より先に、ミソラが再び口を開いた。
「私は、お前を……、いや、やめておこう」
 ミソラは小さく頭を振り、元の穏やかな笑顔に戻ってまた歩き出す。
 ミソラの期待を、裏切ってしまったのだろうか。ミソラの見せた一瞬の憂いが気に掛かり、蘇芳はぐるぐると考えていた。
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