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「ああ、もう日暮れか。楽しい時間はあっという間だね」

 昼食を済ませてからもずっと、キースの行きつけの店の個室で話していた二人は、ふいに朱色に染まる空を窓から見上げた。

 リネットが「……ええ。本当に」と、深く呟く。ああ、楽しい時間が終わってしまう。屋敷に戻れば、きっと父親からは心無い言葉を。アデラからは嫌みをたくさん言われることだろう。考えるだけで、気が滅入る。寂しそうに外を見るリネットに、キースは心を決めた。

「リネット。わたしがきみに婚約を申し込んだら、受けてくれるか?」

 リネットは一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑した。

「キース殿下がわたしに? 嘘でも嬉しいと言いたいところですが……少し哀しいですね」

「どうして嘘だと?」

「キース殿下が、わたしのような女を好きになるはずがないですから」

 キースは哀しげに「……きみから自信を根こそぎ奪ってしまったのは、ベッカー公爵とアデラ嬢か?」と顔を歪めた。

「きみはこんなにも魅力的な女性だというのに……腹立たしいことだ」

 リネットは「魅力的、ですか? 殿方に言われたのははじめてです」と、キョトンとした。

「女性には言われたことがあるんだね」

「……え、ええ。まあ」

 ふふ。キースが小さく笑う。

「女性に慕われる女性。とても素敵ではないか。どうりで母上が気に入るわけだ」

「あ。そのお話なら、ヒューゴー殿下からうかがいました。わたしだから、認めてくれたのだとか。嬉しかったですけど、そのせいでヒューゴー殿下はとても悩まれていましたね」

「……悩む?」

「ええ。ヒューゴー殿下が好きなのはお姉様で、わたしではない。わたしを好きになることなどないのに、どうしたらよいかと相談に来られましたよ」

 キースは「あいつ……っ」と、あきらかに驚愕した様子だった。

「……リネット嬢に謝罪してこいと命じられたくせに、そんなことを言っていたのか」

 これにはリネットも驚いた。謝罪など、あの時一度も耳にしなかったし、する様子もなかった。

「……申し訳ない。何とお詫びしたらいいか」

 キースが両手で顔を覆う。リネットは焦った。

「そんな、顔を上げてください!」

「しかし……」

 ヒューゴーのことは正直、もうどうでもよかった。それは紛れもない、リネットの本心。

 ──だって。ヒューゴー殿下のおかげで、キース殿下と出逢えたのだから。

「あの、キース殿下。わたし、生きてきた中で、今日が一番幸せでした」

 キースが「……リネット嬢?」と顔をあげた。そこには、穏やかに微笑むリネットがいた。

「この想い出だけで、わたしはこれからも生きていける。本当に、ありがとうございました」

 まるでこれで二度と会えないような、そんな口振りだった。
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