理想の妻とやらと結婚できるといいですね。

ふまさ

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 ──数ヶ月後。

 カラン。
 店の扉につけられた鐘が鳴る。

「いらっしゃいませ」 

 仕事や暮らしにも少しずつ慣れ、笑顔であいさつをするエミリアが、そこにはいた。

(あら、可愛い)

 親子だろうか。成人男性が一人と、三、四歳ぐらいの女の子が、手を繋いで店内に入ってきた。開店直後の、本日最初のお客様だったことあり、なんとなく二人の様子を見守っていると。

「おとうさま。これ、これキレイ」

 女の子が手に取ったのは、エミリアが作った、ヘアアクセサリーだった。細かな刺繍が施されたそれは、エミリアにとっても自信作だったので、小さな女の子が純粋に気に入り、褒めてくれたことに、じーんと感激する。

「あら、お目が高い。それは、うちでも自慢の職人が作ったものなんですよ」

 すすっと近付き、チェルシーが女の子に声をかけた。自慢の、と言われ、なんとなく気恥ずかしくて女の子から目線を逸らしそうになったが、チェルシーが「あそこにいる女の人が作ったんですよ」と教えたため、そういうわけにもいかなくなった。

 女の子に顔を向け、にこっと微笑む。女の子がぱっと顔を明るくし、ててっとこちらに駆け寄ってきた。

(か、可愛い……っ)

 腰を落とし、目線を合わせる。女の子がヘアアクセサリーを握りながら前に出し「これ、おばさまがつくったのですか?」と、目をキラキラさせた。

「は──」

 い。と答える前に、女の子の父親が、焦ったように女の子の肩を掴んだ。

「こら、おばさまじゃなくて。おねえさまだろう?」

「? いえ。わたしの年なら、この子ぐらいの子どもがいてもおかしくはないので」

 不思議そうに答えるエミリアの服の裾を、女の子は軽くついついと引っ張った。

「マリアンは、マリアンといいます。おなまえ、おしえてください」

「はい。わたしは、エミリアといいます」

「エミリアさま。どうやったら、こんなすてきなものがつくれるようになれますか?」

「さま、なんてつけなくていいですよ。ええと、そうですね。わたしは小さな頃から刺繍が好きで、ずーっとやり続けてきた結果です。だからそれ以外のことは、苦手だったりします」

「そうなのですか──あ」

 父親が「もういいだろう」と、マリアンをひょいっと抱き上げた。

「いつもは初対面の人は怖がるのに、今日はどうしたんだ?」

 父親の質問に、マリアンが、うーん、と悩む。まあいいか、と父親はヘアアクセサリーを指差した。

「お土産、これにするの?」

「これはマリアンのにします。いいですか?」

「いいよ。じゃあ、お土産はどれにする?」
 
 仲の良さそうな親子は、ヘアアクセサリーと、マリアンが選んだハンカチを購入してくれた。

「「ありがとうございました」」

 チェルシーと共にエミリアが腰を折る。ふと、女の子が小さく手を振っているのが見えて、エミリアはほっこりしながらそれに応えた。

 店の扉が閉まると、チェルシーは「いい男に、可愛い女の子だったわねえ」と、ほうっと頬に手を添えた。

「ここいらじゃみない顔だったから、街の外から来たのでしょうけど。お土産って、きっと奥様によね。素直に羨ましいわぁ」

「あ、やっぱりそうだったんですね。旅──はないですかね。わざわざあんな小さな子を連れてくるほどの名所はないですし」

「知り合いでもいるのかしら。と」

 店の扉の鐘が鳴り、常連の女性客が来店してきたことにより、話はここで途切れた。けれどエミリアとチェルシーが抱いた小さな疑問は、その日のうちに、解けることになる。


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