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「お疲れ様でした」
この日。休日だったこともあり、ありがたいことに、並べた商品がすべて完売し、いつもより早く店を閉めることになった。
「お疲れ様。エミリアちゃん、何着か、指名で服の刺繍の依頼を受けていたわよね。あまり無理はしないでね。店番は、私一人でもできるんだから」
チェルシーの気遣いに、大丈夫ですよ、と軽く手を振る。
「お仕事がもらえるのは、認めてもらえている、必要としてもらえている証みたいで、本当にありがたいんです。こうして自分一人の力で生きていけている自分が誇らしいし、導いてくれたみなさんには感謝しかないです」
いまはチェルシーの家も出て、アパートを借り、一人暮らしをしている。家事に仕事に追われる毎日。決して豊かな暮らしとは呼べないけれど。アンガスの暴言に傷付くだけだったあの日々と比べたら、いまはどこまでも穏やかで、とても充実している。
「また明日。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるエミリアの頭を、チェルシーが軽くぽんぽんと叩いた。お母様みたい、と照れくさそうにエミリアがはにかむと、チェルシーは、そう思ってくれたら嬉しいわと、優しい声色でもらした。
日暮れ前の露店へ足を向ける。今日の夕飯はなににしようかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「エミリアさん?」
あのお店で働くようになってから、街での知り合いがぐんと増えたエミリアは、反射的に、はい、と返事をしたが、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「お客様……?」
朝一で店を訪れてくれた、マリアンの父親がこちらに笑顔で近付いてくる。
「しょ、商品になにか不備でもありましたでしょうか」
ピンと緊張したように姿勢を正したエミリアに、マリアンの父親は「とんでもありません」と、慌ててそれを否定した。
「娘も姉も、とても気に入っていましたよ」
「そ、それはよかったです。お土産は、お姉様のためのものだったのですね」
「はい。娘がエミリアさんの名前を出したら、姉が自分のことのように自慢しだして。お知り合いだったのですね」
「え?」
「申し遅れました。わたしの名前は、アシュリー・ディアス。シンディーの弟です」
ふわっと柔い笑みを浮かべたアシュリーに、たまたまそれを見ていた若い女性の二人組が黄色い声を上げた。
端正な顔立ちに、サラサラの淡い金髪。言われてみれば納得で、世間は狭いなあと感慨にふけっていると、今度は前の方から大声で名前を呼ばれた。
「エミリアちゃん! ついに新しい男ができたんかい! えらい男前やのお!」
チェルシーと昔から仲が良い、近所に住んでいる中年男性だ。エミリアの離縁の理由は、アンガスが馬鹿な事件を起こしたせいで、一時、この小さな街で話題になってしまった。大勢の中では風化しつつあるものの、親しい人にはいまだに同情され、早くいい人が見つかればなあと、心配されている。
「お、おじさま。この方は既婚者ですよ!」
「この子の旦那はそりゃあ酷い奴だったんだよ。でも、エミリアちゃんはそんな奴と別れ、こうして一人で立派に生きててな。どうだ? いい子なのは、わしが保証するで?」
聞いちゃいない。悪い人ではないし、心配してくれるのはありがたいが、他の人を巻き込むわけにはいかないうえ、なによりも、エミリア自身にその気がなかった。
養ってやっているだの。一人じゃ生きていけないだろだの。そんな立場に怯えるのは、もうごめんだったから。
アシュリーに詰め寄る中年男性の前に立ったエミリアが、ぱんと強く手を打つ。中年男性は目をぱちくりとさせ、ようやく静かになった。
「おじさま。この方は既婚者です。それはそれは、可愛らしい娘さんがいるんですよ」
「おや、そうなのか。早く言ってくれんと……既婚者かあ。残念じゃなあ」
「あのですね。たとえ既婚者でなくとも、こんな素敵な方が、わたしなんか相手にしてくれると思います? 失礼ですよ」
「まあたそんな言い方……」
「事実です。それにわたし、こうして心配してくれるおじさまたちがいてくだされば、それでいいんです」
「嫌じゃ! わしたちは、エミリアちゃんに幸せになってほしいんだ!!」
「はいはい。そのお気持ちだけでわたしは充分幸せですよ。ほら、今日もいつもの居酒屋で飲むんでしょう? 早く行かないと、席がなくなりますよ?」
中年男性は、ううむ、と唸りながらようやくその場を後にしてくれた。ふうっと息を吐き、エミリアはアシュリーに深々と頭を下げた。
「不快にさせてしまったら、申し訳ありません。でも、あれらはわたしを想ってのことですので、お叱りはどうかわたしに」
「不快だなんて、とんでもない。あなたは姉上だけでなく、たくさんの人に愛されているのですね」
「優しい街なんです。こんなわたしでも一人で生きていけるのは、きっと、この街だったから」
アシュリーは「……一人で、ですか」と、独り言を呟くと、エミリアに向き直った。
「あの、このあとなにかご予定はありますか?」
「? 特には。夕飯の材料を買って、帰ろうとしていたところでしたので」
そうですか。
ぽつりと答え、アシュリーは意を決したように、再び口を開いた。
「もしよければ、なのですか。ご相談にのってもらいたいことがあるのです。代わりと言ってはなんですが、夕食を一緒にどうでしょうか。もちろん、奢りますので」
急展開に、エミリアはぽかんとした。
この日。休日だったこともあり、ありがたいことに、並べた商品がすべて完売し、いつもより早く店を閉めることになった。
「お疲れ様。エミリアちゃん、何着か、指名で服の刺繍の依頼を受けていたわよね。あまり無理はしないでね。店番は、私一人でもできるんだから」
チェルシーの気遣いに、大丈夫ですよ、と軽く手を振る。
「お仕事がもらえるのは、認めてもらえている、必要としてもらえている証みたいで、本当にありがたいんです。こうして自分一人の力で生きていけている自分が誇らしいし、導いてくれたみなさんには感謝しかないです」
いまはチェルシーの家も出て、アパートを借り、一人暮らしをしている。家事に仕事に追われる毎日。決して豊かな暮らしとは呼べないけれど。アンガスの暴言に傷付くだけだったあの日々と比べたら、いまはどこまでも穏やかで、とても充実している。
「また明日。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるエミリアの頭を、チェルシーが軽くぽんぽんと叩いた。お母様みたい、と照れくさそうにエミリアがはにかむと、チェルシーは、そう思ってくれたら嬉しいわと、優しい声色でもらした。
日暮れ前の露店へ足を向ける。今日の夕飯はなににしようかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「エミリアさん?」
あのお店で働くようになってから、街での知り合いがぐんと増えたエミリアは、反射的に、はい、と返事をしたが、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「お客様……?」
朝一で店を訪れてくれた、マリアンの父親がこちらに笑顔で近付いてくる。
「しょ、商品になにか不備でもありましたでしょうか」
ピンと緊張したように姿勢を正したエミリアに、マリアンの父親は「とんでもありません」と、慌ててそれを否定した。
「娘も姉も、とても気に入っていましたよ」
「そ、それはよかったです。お土産は、お姉様のためのものだったのですね」
「はい。娘がエミリアさんの名前を出したら、姉が自分のことのように自慢しだして。お知り合いだったのですね」
「え?」
「申し遅れました。わたしの名前は、アシュリー・ディアス。シンディーの弟です」
ふわっと柔い笑みを浮かべたアシュリーに、たまたまそれを見ていた若い女性の二人組が黄色い声を上げた。
端正な顔立ちに、サラサラの淡い金髪。言われてみれば納得で、世間は狭いなあと感慨にふけっていると、今度は前の方から大声で名前を呼ばれた。
「エミリアちゃん! ついに新しい男ができたんかい! えらい男前やのお!」
チェルシーと昔から仲が良い、近所に住んでいる中年男性だ。エミリアの離縁の理由は、アンガスが馬鹿な事件を起こしたせいで、一時、この小さな街で話題になってしまった。大勢の中では風化しつつあるものの、親しい人にはいまだに同情され、早くいい人が見つかればなあと、心配されている。
「お、おじさま。この方は既婚者ですよ!」
「この子の旦那はそりゃあ酷い奴だったんだよ。でも、エミリアちゃんはそんな奴と別れ、こうして一人で立派に生きててな。どうだ? いい子なのは、わしが保証するで?」
聞いちゃいない。悪い人ではないし、心配してくれるのはありがたいが、他の人を巻き込むわけにはいかないうえ、なによりも、エミリア自身にその気がなかった。
養ってやっているだの。一人じゃ生きていけないだろだの。そんな立場に怯えるのは、もうごめんだったから。
アシュリーに詰め寄る中年男性の前に立ったエミリアが、ぱんと強く手を打つ。中年男性は目をぱちくりとさせ、ようやく静かになった。
「おじさま。この方は既婚者です。それはそれは、可愛らしい娘さんがいるんですよ」
「おや、そうなのか。早く言ってくれんと……既婚者かあ。残念じゃなあ」
「あのですね。たとえ既婚者でなくとも、こんな素敵な方が、わたしなんか相手にしてくれると思います? 失礼ですよ」
「まあたそんな言い方……」
「事実です。それにわたし、こうして心配してくれるおじさまたちがいてくだされば、それでいいんです」
「嫌じゃ! わしたちは、エミリアちゃんに幸せになってほしいんだ!!」
「はいはい。そのお気持ちだけでわたしは充分幸せですよ。ほら、今日もいつもの居酒屋で飲むんでしょう? 早く行かないと、席がなくなりますよ?」
中年男性は、ううむ、と唸りながらようやくその場を後にしてくれた。ふうっと息を吐き、エミリアはアシュリーに深々と頭を下げた。
「不快にさせてしまったら、申し訳ありません。でも、あれらはわたしを想ってのことですので、お叱りはどうかわたしに」
「不快だなんて、とんでもない。あなたは姉上だけでなく、たくさんの人に愛されているのですね」
「優しい街なんです。こんなわたしでも一人で生きていけるのは、きっと、この街だったから」
アシュリーは「……一人で、ですか」と、独り言を呟くと、エミリアに向き直った。
「あの、このあとなにかご予定はありますか?」
「? 特には。夕飯の材料を買って、帰ろうとしていたところでしたので」
そうですか。
ぽつりと答え、アシュリーは意を決したように、再び口を開いた。
「もしよければ、なのですか。ご相談にのってもらいたいことがあるのです。代わりと言ってはなんですが、夕食を一緒にどうでしょうか。もちろん、奢りますので」
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