8 / 42
8
しおりを挟む
「フェリシア様、あの」
太陽の光が眩く差し込む学園の廊下を歩くフェリシア。名を呼ばれ振り返ると、そこには、ハンカチを差し出すデリアの幼なじみのテッドが立っていた。
「これ、落としましたよ」
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
爽やかな笑顔で去って行くテッドを、不思議な気持ちで見送るフェリシア。
学園生活を送るようになって、ひと月が経とうとしていたが、今のところ、攻略対象者の誰にも暴言を吐かれていないし、睨まれてもいない。
ティモシー先生も、挨拶をすれば、他の生徒と同じように、普通に返してくれる。
クライブとイアンは変わらずで。少なくとも表面上は嫌われていない──と思う。セオドアには、学年が一つ上ということもあり、顔を合わせていないのでわからない。
でも。いつそのときが来るのかわからないので、常に緊張状態だ。なので、ものすごく疲れる。
「……早く行こう」
階段を上り、途中にある踊り場に足をかけた。そこに「なんだ、迷い姫か」と、頭上から声が降ってきた。ふっと顔を上げる。そこには光を背景に立つ、セオドアがいた。無駄に眩しい。フェリシアは疲れた心で呟いた。
「……迷っていません」
「どうだか。あの大きな講堂にも、自力で辿り着けなかったじゃないか」
違います。そう返そうとしたが、迷ったということにしてもらった恩があるので、逆らうのは止めることにした。
「……あのときは、助けていただきありがとうございました。今は、特別室に忘れ物をしたので、取りに行こうとしていただけです」
セオドアが肩を竦め、フェリシアの横を通り過ぎる。ふうっとため息をつき、三階へと続く階段を上ろうとしたフェリシアは、無言で踵を返した。前にいるセオドアを追い越し、階段を下る。
セオドアが何事かと、変な顔をする。その目の前で、足をもつれさせたフェリシアが、階段を踏み外した。
「──!」
ギョッとしたセオドアが、間一髪で、フェリシアの腰に手を回した。がくっとセオドアの腕に体重がかかり、フェリシアの身体が空に止まり、揺れる。
「……この、馬鹿っ!」
手すりを持ち、顔面蒼白なフェリシアを引き寄せ、どうにか階段上に立たせるセオドア。
「どうかしましたか?!」
誰かが階段を下ってくる音に反応するように、セオドアの腕の中にいるフェリシアの顔が、身体が、強張りはじめた。
「──?」
なんだ。問う前に、黒の制服を身にまとった女子生徒が現れた。セオドアが、僅かに目を丸くしながらデリアをじっと見詰める。
デリアが「あ、あたしの顔になにかついてますか?」と、照れたようにもじもじする。セオドアは、いや、と一言。
「なんでもない。じきに鐘がなる。早く行きなさい」
「? はい」
こてんと首を傾げ、階段を下りるデリア。俯くフェリシアの横を、すっと通る。
くわっ。
通り過ぎる一瞬。俯いていて、デリアの顔は見ないようにしていたはずなのに、どうしてか、デリアがこちらを向き、目を剥いた気がした。
「……っ」
「おい。いい加減、腕を離せ」
間近で響いた声色に、思いのほか逞しいセオドアの腕を、爪を立てるほどに強い力で掴んでいたことに気付いたフェリシアは、慌てて力を抜いた。
「す、すみません……」
「謝る前に、早く手すりを掴め。また落ちられたらかなわない」
「はい……」
フェリシアが手すりを掴んだことを確認すると、セオドアはフェリシアの腰から、ゆっくり腕をほどいた。
きゃあ!
嬉しそうな悲鳴が、少し離れた場所から上がった。二階の廊下からこちらを見上げていた女子生徒たちが、見つかったとばかりに笑い合いながら去って行く。
「すごい、フェリシア様! クライブ殿下という人がいながら、セオドア様まで!」
「三角関係かな?!」
興奮しているのか。大きな会話は、フェリシアたちの耳に、しっかり届いていた。
「……重ね重ね、申し訳ありません」
「別に。困るのは、むしろきみだろう。馬鹿な噂が広がる前に、早く真実をクライブ殿下に伝えておいた方がいいのではないか?」
「大丈夫です。クライブ殿下はこんなこと、一つも気にされませんから」
きっぱりと言い切るフェリシアに、セオドアはさして興味がないように腕を組んだかと思えば「王太子の婚約者様は、一人で特別室に行けますか? よければご案内を?」と、わざとらしい敬語で問いかけてきて、フェリシアは少しムッとしてしまった。
「一人で行けます」
手すりから手を離し、ゆっくりと階段を上りはじめた。セオドアはしばらくそれを目で追い、フェリシアの背中が完全に視界から消えるのを確認したのち、二階にある、自身の教室に足を向けた。
太陽の光が眩く差し込む学園の廊下を歩くフェリシア。名を呼ばれ振り返ると、そこには、ハンカチを差し出すデリアの幼なじみのテッドが立っていた。
「これ、落としましたよ」
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
爽やかな笑顔で去って行くテッドを、不思議な気持ちで見送るフェリシア。
学園生活を送るようになって、ひと月が経とうとしていたが、今のところ、攻略対象者の誰にも暴言を吐かれていないし、睨まれてもいない。
ティモシー先生も、挨拶をすれば、他の生徒と同じように、普通に返してくれる。
クライブとイアンは変わらずで。少なくとも表面上は嫌われていない──と思う。セオドアには、学年が一つ上ということもあり、顔を合わせていないのでわからない。
でも。いつそのときが来るのかわからないので、常に緊張状態だ。なので、ものすごく疲れる。
「……早く行こう」
階段を上り、途中にある踊り場に足をかけた。そこに「なんだ、迷い姫か」と、頭上から声が降ってきた。ふっと顔を上げる。そこには光を背景に立つ、セオドアがいた。無駄に眩しい。フェリシアは疲れた心で呟いた。
「……迷っていません」
「どうだか。あの大きな講堂にも、自力で辿り着けなかったじゃないか」
違います。そう返そうとしたが、迷ったということにしてもらった恩があるので、逆らうのは止めることにした。
「……あのときは、助けていただきありがとうございました。今は、特別室に忘れ物をしたので、取りに行こうとしていただけです」
セオドアが肩を竦め、フェリシアの横を通り過ぎる。ふうっとため息をつき、三階へと続く階段を上ろうとしたフェリシアは、無言で踵を返した。前にいるセオドアを追い越し、階段を下る。
セオドアが何事かと、変な顔をする。その目の前で、足をもつれさせたフェリシアが、階段を踏み外した。
「──!」
ギョッとしたセオドアが、間一髪で、フェリシアの腰に手を回した。がくっとセオドアの腕に体重がかかり、フェリシアの身体が空に止まり、揺れる。
「……この、馬鹿っ!」
手すりを持ち、顔面蒼白なフェリシアを引き寄せ、どうにか階段上に立たせるセオドア。
「どうかしましたか?!」
誰かが階段を下ってくる音に反応するように、セオドアの腕の中にいるフェリシアの顔が、身体が、強張りはじめた。
「──?」
なんだ。問う前に、黒の制服を身にまとった女子生徒が現れた。セオドアが、僅かに目を丸くしながらデリアをじっと見詰める。
デリアが「あ、あたしの顔になにかついてますか?」と、照れたようにもじもじする。セオドアは、いや、と一言。
「なんでもない。じきに鐘がなる。早く行きなさい」
「? はい」
こてんと首を傾げ、階段を下りるデリア。俯くフェリシアの横を、すっと通る。
くわっ。
通り過ぎる一瞬。俯いていて、デリアの顔は見ないようにしていたはずなのに、どうしてか、デリアがこちらを向き、目を剥いた気がした。
「……っ」
「おい。いい加減、腕を離せ」
間近で響いた声色に、思いのほか逞しいセオドアの腕を、爪を立てるほどに強い力で掴んでいたことに気付いたフェリシアは、慌てて力を抜いた。
「す、すみません……」
「謝る前に、早く手すりを掴め。また落ちられたらかなわない」
「はい……」
フェリシアが手すりを掴んだことを確認すると、セオドアはフェリシアの腰から、ゆっくり腕をほどいた。
きゃあ!
嬉しそうな悲鳴が、少し離れた場所から上がった。二階の廊下からこちらを見上げていた女子生徒たちが、見つかったとばかりに笑い合いながら去って行く。
「すごい、フェリシア様! クライブ殿下という人がいながら、セオドア様まで!」
「三角関係かな?!」
興奮しているのか。大きな会話は、フェリシアたちの耳に、しっかり届いていた。
「……重ね重ね、申し訳ありません」
「別に。困るのは、むしろきみだろう。馬鹿な噂が広がる前に、早く真実をクライブ殿下に伝えておいた方がいいのではないか?」
「大丈夫です。クライブ殿下はこんなこと、一つも気にされませんから」
きっぱりと言い切るフェリシアに、セオドアはさして興味がないように腕を組んだかと思えば「王太子の婚約者様は、一人で特別室に行けますか? よければご案内を?」と、わざとらしい敬語で問いかけてきて、フェリシアは少しムッとしてしまった。
「一人で行けます」
手すりから手を離し、ゆっくりと階段を上りはじめた。セオドアはしばらくそれを目で追い、フェリシアの背中が完全に視界から消えるのを確認したのち、二階にある、自身の教室に足を向けた。
2,195
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる