悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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 もうすぐ、次の授業のはじまりの鐘が鳴る。その数分前。

 フェリシアのクラスの生徒たちが、ざわついた。教室の出入り口である扉によろよろと現れたデリアが、全身、ずぶ濡れだったから。

「──デリア?!」

 テッドが、慌ててデリアの元に向かう。なにがあったのと困惑しながら叫び、気休め程度にしかならないとわかりつつ、ハンカチでデリアの髪や顔やらを拭いていく。

「……わかんない。校舎裏に、猫がいて。可愛いなって触ってたら、上から水が降ってきたの」

「降ってきたって……今日は雨も降ってないのに」

「真上……三階の窓のとこに、誰かいたの。あたしに気付いたその誰かは、慌てて引っ込んで」

「なっ……顔は? 見た?」

 デリアが、弱々しく首を左右にふる。

「見てない……でも、長い青髪が、なびいていくのだけは見えた」

 珍しい髪色に、ぱっと思い浮かんだ人物はきっと、クラスの生徒ほとんどが同じだったろう。

 ガタッ。
 音を立てて席を立ったのは、リンダだった。

「──あなたは、フェリシアが犯人だと言いたいの?」

 低い声に、デリアがしまったというように顔を青くさせた。

「ち、違います! あたし、見たままを伝えただけで……そんなつもりは全然──ひっ」

 小さく悲鳴を上げたデリアが、テッドの背中に隠れた。デリアの視線の先には、こちらに向かって歩いてくるフェリシアの姿があった。

 二人の視線に気付いたフェリシアが、足を止める。テッドは思い切ったように、口を開いた。

「……失礼ですが、今までどこに」

 フェリシアが「……? 特別室に忘れ物を取りに」と、訝しむように眉をひそめた。

「特別室は三階にありますね」

「そう、ですね」

 しん。
 落ちた沈黙を破ったのは、デリアだった。

「もういいの、テッド。それより、なにか着替え持ってない? 寒くて」

「あ、ああ。そうだね。このままじゃ、風邪を引いてしまう。医務室ならタオルもあるし、とりあえずそこに行こう」

「……うん」

 テッドに肩を抱かれ、デリアが震えながら去って行く。訳がわからず立ち尽くすフェリシアに、リンダが「気にしなくていいわよ」と、近付いてきた。

「いったい、なにがあったの? 髪も服も、ずぶ濡れだったみたいだけど」

「三階から、誰かに水をかけられたんですって」

「三階……もしかして、わたしは疑われていたの?」

「あの子が、青髪の人を見たって言ってたからでしょうよ。そんなつもりはないって言い訳してたけど、どうだか」

「青髪……」

 ゲーム内で、フェリシアがはじめてヒロインにした虐め。

 それは確か──。

(……水をかけて全身ずぶ濡れにした。これは偶然? それとも、あの子の虚言?)

 もしくは、ストーリー通りに進めようとする、見えないなにかの力が働いたのかもしれない。

 考えて、ぞっとした。もちろん、フェリシアは水をかけたりなどしていない。けれど、それが知らない間に、事実となっていたら。

 カーンコーン。カーンコーン。
 鐘が鳴り、廊下の奥から次の教科担当の教師が歩いてきた。席に戻りましょうとリンダに促され、フェリシアは、なんともいえない気味の悪さを抱えながら、こくりと頷いた。





「……遅れてすみません」

 ガラリ。授業の最中、教室の扉が静かに開いた。クライブとイアン。そして、この時間の授業を担当しているティモシーや生徒たちが、居心地悪そうに白い制服を来たデリアに、注目した。

「デリアさん? その制服は……髪も、濡れているようですが」
 
 ティモシーが首を傾げる。デリアは、えと、と言い辛そうにもじもじした。

「……水をかけられて。でも、学園にあった予備の制服はこの白いのしかなくて」

「水をかけられた? だ、誰に?!」

「い、いえ。もしかしたらただの、事故だったのかもしれません……だって、青い髪をしている人で思い当たるのは、あの人しか……」

 ぶつぶつ独り言のように呟くデリア。でもそれは、しっかりクラス中に聞こえる音量だった。

「……青髪って」

「まさか、フェリシア様?」
 
 クラス内が、ざわつきはじめた。ティモシーが、どういうことですか、と顔を青くする。

「……水を頭上からかけられてすぐに上を見ると、三階の窓に、なびく青い髪だけが見えたんです」

「まさか……」

「き、きっとあたしの見間違いです。すみません、変なことを言って。席に着きますね!」

 階段を駆け上がり、一番後ろの、端の席に着くデリア。他の生徒と同様、なんとなくその流れを目で追っていたイアンは、隣に座るクライブに視線を移した。クライブは、目を見開いたまま固まっていた。

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