悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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 水をかけられたヒロインへの虐めは日に日に過激になり、それに比例するように、ヒロインと五人の攻略対象者との仲が深まっていく。対して悪役令嬢のフェリシアは、五人から徐々に、徹底的に嫌われていく。

 ──はずだった。

 しかし、明確に態度を変えたのは、テッド一人だけ。

 つい先日まで笑顔で接してくれていた彼は、あの件以来、フェリシアをあからさまに避けるようになった。ふいと顔を背け、決して視線を合わせようとしない。

「なんなの、あの態度」

 授業の合間の休憩時間。隣の席で、リンダが頬を膨らました。フェリシアは、仕方ないわ、と苦笑した。

「彼にとってわたしは、大事な幼なじみを傷付けた憎い相手だもの。本当は怒鳴りつけたいでしょうに、必死で我慢しているのよ」

「あの特待生を信じているのは、彼だけよ」

 フェリシアは思わず苦笑した。フェリシアを疑っている者が少なからずいるのは承知していたから。しかし、なにも疑うことなく、そう言い切ってくれる存在が近くに一人いるだけで、フェリシアは救われていた。

 だからもう、流れに任せることにした。きっといま、できることはない。ヒロインの顔が憎き佳奈だっただけで、あとは想像通りに事が進んでいるといえる。どころか、よほど状況は良い。

 それでも佳奈に似ているデリアに心の隅で怯えていたが、それからひと月ほどはなにも起きず、穏やかな日々が過ぎていった。それどころか、これまでクライブになにかと纏わり付いてきていたデリアが大人しくなり、拍子抜けするほど。

 ただ、一つだけ気になることがあるにはあった。

「特待生の幼なじみの彼、顔色が悪くない?」

「リンダもそう思う?」

 前の席に座るテッドの背中を視線に捉えながら、フェリシアはリンダと小声で会話していた。

「うん。前まではあなたを睨み付けてきていたのに、その元気もいまはなさそう。少し、やつれているようにも見えるわね」

「どうしたのかしら。彼女と喧嘩したわけでもなさそうだし」

 今朝。デリアとテッドが、二人揃って登校してきたところを目撃したフェリシアが、首を傾げる。

「あなたに無礼な態度をとってきたのがばれて、クライブ殿下の怒りに触れたんじゃない?」

「まさか。それはないわ」

「どうして?」

「クライブ殿下がデリアさんが哀しむようなこと、するわけないじゃない」

「もー、またそんなこと言って!」

「怒らないで、ただの事実よ。まあ、なんにしても、わたしみたいに憎い相手に心配されたくないわよね。彼も」

 あからさまな切り替えに、それでもリンダは、ことこれに関しては、なにを言っても無駄だと身に染みて承知しているので、乗ってあげた。

「……まあ、確かにね。その義理もないし、放っておきましょう」

 そうね。
 笑って返したその日からも、テッドの顔色は良くなるどころか、日々悪くなっていった。なにより驚いたのは、デリアに対する態度。

 誰が信じなくても、テッドだけは、デリアを信じた。いまだに友だちが出来ないデリアを心配し、頻繁にデリアの元を訪ねていたほどには、過保護だった。

 でも、最近は休憩時間になっても、テッドは動かない。来るのは、デリア。笑顔でやってくるデリアに、びくつくテッド。昼休憩には、テッドの腕を引っ張っていき、一緒に昼食を取る。その顔に、笑みは浮かばない。

 デリアばかりを構っていたテッドにも、友はいない。二人の変化に、遠巻きに不審がったり、心配する者はいても、話しかける者はいなかった。




 その知らせが王宮へ入ってきたのは、それから間もなくの休日のことだった。

 王妃教育を終え、クライブと二人、いつものようにお茶をしていたフェリシア。ふと、王宮内が騒がしいことに気付き、二人は顔を見合わせた。

「なにかあったのでしょうか?」

 ふむ。クライブは首を傾げてから立ち上がると、扉を開けた。フェリシアもそれに続く。すると、部屋の傍で待機していたイアンが、一人の文官に話しかけている最中だった。

「──聖女が、ですか?」

 もれ聞こえたイアンの言葉に、フェリシアは目を見張った。クライブも驚いた様子で、イアンの元に歩み寄る。

「どうかしたのか? 聖女、と聞こえたが」

「王都の街に、聖女が現れたとか。陛下にも報告が上がっており、謁見の間にて、これから対面するそうです」

 人を癒す不思議な力を宿す者。それをこの国では、聖女と呼ぶ。この世界に魔法はなく、ただ己の力だけで怪我を治せる聖女の存在は奇跡とされていた。

「にわかには信じられないな」

 浮き足立つ口調のクライブに、同意するようにイアンもこくりと頷く。

「先代の聖女がいたのは、百年以上も前とされていますからね」

「聖女が現れた治世は、安泰だとされている。真実なら、父上もさぞやお喜びになるだろう」

 盛り上がっているのは、クライブとイアンだけではない。気付けば王宮内は、聖女誕生の報告に、お祭り騒ぎとなっていた。

「フェリシア。わたしたちもぜひ、謁見の間に──どうかした?」

「……いいえ。わたしも、聖女様がどんなお方なのか、知りたいです」

「うん、じゃあ行こう」

 クライブとイアンと共に、謁見の間へと向かうフェリシア。その心臓は、うるさいぐらいに早鐘を打っていた。

 ──きた。きてしまった。

 それはいつかくることだと知っていたはずなのに、予想よりずっと早くて、フェリシアは動揺していた。

 ヒロインが聖女となるのは、覚えている限り、二年になってからだったはず。五人の攻略対象者のうち、そのときに最も好感度が高い相手が大怪我をし、それを救いたくて、ヒロインは聖女としての力に目覚める。そんな流れだったはず。

 なのに、ヒロインであるはずのデリアは、まだ一年。早すぎる。早すぎる──が。

(……もう、ゲームのストーリーとは違ってきている。そんなこと、とっくに理解していたはずなのに)

 デリアが聖女となれば、クライブと婚約できる身分となる。むろん、イアンやセオドアとだって。

 デリアが急に話しかけてこなくなって、ひっそりと落ち込んでいたクライブには気付いていた。それでも婚約者のフェリシアを気遣い、お茶やデートに誘ってくれるその姿に、ありがたいと思いつつも、フェリシアはどこか惨めだった。

 どうしてあんな子がいいんだろう。

 どうしても、思ってしまう。実際、クライブやイアンだけでなく、容姿が整った男子生徒になにかと理由をつけては話しかけまくっていたデリアは、女子生徒からかなり敬遠されている。

 容姿に優れた女の子に転生しても、佳奈には勝てない運命ということか。

 ──いや、違う。なにより怖いのは。

(……デリアさんが水をかけられた事件。あれから有耶無耶になってしまったけど)

 もしあれが、デリアが聖女となった後に起こった出来事だったとしたら。もしデリアが犯人はフェリシアだと断定していたら、どうなっていたのだろう。

 なにをしでかすかわからないデリアが、聖女という肩書きを得てしまうことが、フェリシアはなにより怖かった。

(……聖女が違う人なんてことは)

 祈るように手を組む。入室した謁見の間には、すでに国王と王妃の他、重臣たちが勢揃いしていた。

 ほどなくして。
 二人の兵士が、謁見の間の扉を開けた。

 現れたのは、デリアだった。

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