悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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「……あ」

 しばらくして。窓の外を見ていたフェリシアが、ふいに小さな声を上げた。クライブがどうかしたのかと訊ねる。

「いえ。学友に教えてもらった喫茶店を見つけたもので」

 じっと見詰めるフェリシアの姿に、クライブは即座に馭者に命じて馬車を止めさせた。

「クライブ殿下?」

「行きたいんだろう? きみを傷付けた償いをさせてほしい」

「そんなこと、は──」

 傷付いてない。否定しようとして、フェリシアは言葉に詰まった。

 リンダは、フェリシアを少しも疑わなかった。比べるのもおかしな話しかもしれないが、ああやっぱりと落胆したのは確かだ。

「そう、ですね。お言葉に甘えて、甘い物でも食べてから王宮へと向かいます。クライブ殿下はお忙しいでしょうから、どうかお先に」

 当然。クライブは、フェリシアを一人で行かせるつもりなどなかった。しかし、フェリシアにやんわりと拒絶されてしまったことに気付かないほど、クライブは鈍くはなかった。

「……一時間後に、馬車を寄越すように手配しておくよ。少しの時間だけど、楽しんできて」

「ありがとうございます」

 優しいのは確かなのに。信じてくれたのに。フェリシアは、クライブと一緒にいることが苦しくて仕方なかった。



 専属護衛の騎士と共に、馬車を離れる。そのとたん、自分でもよくわからない涙が溢れ、フェリシアは慌ててハンカチでそれを拭った。思っていたより、心は痛んでいたようだ。

 喫茶店の扉を、専属護衛の騎士が開ける。その少し先にある受付に、水色の髪の、長身の男が一人いた。

「セオドア様?」

 こちらへ。と、スタッフに案内されようとしていたセオドアが、名前に反応し、フェリシアを振り返った。

「──きみか」

 期せずして、呼び止めるかたちとなってしまったことに気付いたフェリシアが、すみません、と謝罪する。

「お邪魔をしてしまいました。気にせず、行ってください」

「婚約者や友人と一緒ではないのか?」

「はい。セオドア様も?」

 セオドアが「見ての通り」と肩を竦める。

「男一人でこの店を訪れるのはさぞかし珍しいのだろう。いつも視線が痛くて仕方ない」

「……この店でだけですか?」

「どういう意味だ?」

「……いいえ、なんでも」

 単に、その目立つ容姿で視線を集めているのだと思うが、どうなのだろう。気付いているのか、いないのか。どちらにせよ、深く気にすることでもなかったので、あえて口をつぐんだ。

「あの、申し訳ありません。ただいま、個室は満席でして」

 セオドアに対応していたスタッフとは別の男性スタッフが近付いてきて、焦ったようにフェリシアに頭を下げてきた。

(……しまった。ここは貴族にも人気のお店だから、予約が必須だって教えてもらってたのに)

 思った以上に動揺していたのか、フェリシアはそんなことすら、頭から飛んでいた。

「いいえ、こちらこそ急にすみませんでした。また別の機会に──」

「なんだ、予約もなしに来たのか」

 呆れたような台詞に、フェリシアは、セオドア様はきちんと予約して来たんだなあと思いながら、柔く笑った。

「……ええ、本当に。なにをやっているのでしょう」

 セオドアは目を丸くしてから「悪かった」と、少し困った顔をした。

「一人では、広すぎる個室を予約した。きみさえ嫌でなければ、一緒にどうだろうか」

 その提案に、フェリシアは驚いたように目を瞠った。思いがけない優しさが、心に染みた。ただ、どう考えても迷惑だろうと即座に断ろうとしたが、一時間後にこの店に馬車が来ることを思い出したフェリシアは、はたとした。

(……別の店に。でも、それだと迎えにきてくれた人に迷惑がかかるかも。それに、セオドア様にもいずれ嫌われるだろうから、もういいか)

「すみません。それでは、ご一緒させてください」

 いっそ吹っ切れたように、フェリシアはそう告げた。



 この店には、人気のオリジナルケーキがあり、ここを訪れる大半の人の目的はそれだったりする。けれど、この店独自のブレンドコーヒーが目当ての客も、一定数いる。

「コーヒーを頼むと思ったか?」

 注文を聞き終えたスタッフが個室から出ていくと、セオドアがそう訊ねてきた。正面に座るフェリシアが、そうですね、と正直に答える。ちなみに専属護衛の騎士は、広すぎる部屋の隅っこで待機している。

「この店のケーキは生クリームがたっぷりとのっていて、甘さ控えめとは言いがたいと聞いていたので」

「残念ながら、私は甘いものに目がなくてね」

「別に残念ではないですけど」

「少なくとも何人かの令嬢は、イメージと違うと、残念そうにはしていたよ」

「そうですか」

 セオドアがふっと口角を上げる。

「いいな、きみは。私に興味がないところが楽でいい」

「クライブ殿下とイアンのおかげだと思います。要は単なる慣れですね。でも、容姿が良すぎるのも大変ですね」

「まあ、勝手な期待はされがちだな」

 思っていたより普通に会話をしてくれるのねと考えながら、フェリシアはふと、ゲームのセオドアに、女嫌いの設定があったことを思い出した。むろん、ヒロインを除いて、だったが。

 こうしてじっくり話をする機会は、これで最後かもしれない。そう思うと、フェリシアは自然と口を開いていた。

「一つ、お訊ねしてもいいですか?」

「どうぞ」

「特待生のデリアさんのこと、どう思います?」

「どう、とは」

「顔が好みとか。守ってあげたくなる魅力があるとか。そんなこと、思ったりしました?」

「あいにく、特待生が入学したのは知っているが、顔は知らないので。答えようがないな」

「今日、会ったではないですか」

「いつ?」

「わたしが階段から落ちかけたところを、セオドア様が助けてくれたときです」

 セオドアが「ああ、あの」と、あまり興味がなさそうに腕を組んだ。

「特待生だったのか。確かに、制服は黒かったような」

「それだけですか? こう、運命の出会いのようなときめきは感じなかったのですか?」

 そのとたん。セオドアがなんとも言えない顔をしたので、フェリシアは目を丸くした。

「……媚びる目をしていた。ああいうのが、私はなにより苦手なんだ」

 苦虫をかみつぶしたような表情は、とても演技には見えなくて。だからこそ、フェリシアは心底驚いていた。

(……意外)

 セオドアの台詞から、入学式の出会いがなくなってしまったのだろうことは知れた。だが、たったそれだけで、あれほどヒロインを愛していたセオドアが、こうも興味をなくしてしまうとは。

 セオドアはどうして、ヒロインを愛するようになったのか。すっかり忘れてしまったことは悔やまれるが、目の前にいるセオドアは、少なくとも今のところ、ヒロインに興味がないらしい。

(……なんか、楽)

 クライブやイアン、テッドと違い、デリアとはなんの関係もない、今日まで存在すら認知していなかったセオドアと一緒にいるのは、存外、居心地がいいことを知った。

 待ちかねたケーキが運ばれてきたあとは、それきり、デリアの名は一度も二人の会話の中に出ることはなかった。

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