悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ

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 見つけた。見つけた。
 中庭から見える窓の奥に、あの悪役令嬢の姿を見た。案内役をまくようにその場を離れる。急がなきゃ。急がなきゃ。神様がやれって命令してる。早くゲームのストーリーに戻せって。お前がヒロインだって。

 目指す部屋から、両手に数冊の本を抱えた女が出てきた。王妃教育の教師、だとしたら。いまはあの部屋に、ぶってる女が一人でいる可能性が高い。

 ノックをする。気分が高ぶるのがわかる。部屋にはやっぱり、悪役令嬢が一人だった。覚悟を決めた日に、こんなチャンスが訪れるなんて。もはや、躊躇してる暇なんてなかった。

 ナイフで自身の腕を傷付ける。痛くないわけがなかった。でも、目の前の間抜け面のおかげで、それが少し和らぐ。

 やった。これでもう、この女は終わり。
 ようやく、みんなから正当な扱いをされる。

 そう思ったのに。
 ここまでしたのに。

 あろうことか。国王は、デリアとクライブに一週間の謹慎処分を命じてきた。フェリシアが公爵令嬢だから仕方なくというのは理解していたが、それでも国王と、信じると断言してくれなかったイアンに腹が立った。

 ──やっぱり、あたしに相応しいのはクライブ殿下だけね。

 一週間が経ち、デリアはやっと会えた愛しの人に駆け寄った。分不相応に隣にいる不細工を突き飛ばし、抱き締めてくれると思っていたのに、クライブは第一王子として、保身に走ってしまったようで。


『わたしにはフェリシアという婚約者がいる。フェリシア以外の令嬢と、親しくするつもりはない』

 
 心底、がっかりした。

 腸が煮えくりかえりそうになって。身分だけで守られている不細工なフェリシアをどうにかしてほしくて、テッドに泣きついた。心底惚れている彼なら、きっとなにかしらの行動を起こしてくれると期待したのに、彼は信じられないことに、疑いの目を向けてきた。

 デリアは呆然とした。

 なんなの、こいつら。

 馬鹿じゃない? 目が腐ってるの?

 あたし、こんなに可愛いいうえに、聖女なのよ?

 誰もがあたしを信じ、好きになる。それが当たり前でしょ?

 あたしが好きなんでしょ。なら、権力に負けないで。あなたは第一王子なのよ。負けじと声をかけ続けたけど、クライブは想像よりもずっとヘタレだった。

 デリアはもう、攻略対象者はみんな精神がいかれてるんだと諦め、学園に通うのが馬鹿馬鹿しくなり、教会にある自室に引きこもるようになった。

 クライブはもういらない。あたしに相応しくない。だから次の相手を探すことにした。癒やしの力を求め、日々教会にやってくる人々。疲れるから、平民には手を抜き、王侯貴族相手にだけ聖女としての癒やしの力を存分に発揮した。おかげで貴族から、多数の婚約の申し込みがきて困ってしまうほどだった。しかし、クライブ以上のイケメンは中々見つからず。

 クライブが記憶喪失となったのは、そんなとき。

 デリアはむろん、ほくそ笑んだ。あたしを選ばなかった罰が当たったのだと。

 フェリシアの絶望の表情は、ざまあみろと笑い転げたいほど、間抜けで滑稽なものだった。

 ──いいわ。あげるわよ、イアンもセオドアも、テッドもティモシーも。

 でも、クライブだけはもらうわ。神様がそうしろって言ってるみたいだから。

 近くで見ると、恐ろしいほどに整った容姿にため息が出る。でも、これぐらいじゃないとやっぱりあたしには釣り合わないわよね。

 もう、フェリシアなんか用済みだわ。

 顔も見たくないほどの邪魔者。ずっと姿を見せないと安堵していたのに、急に現れたそいつは驚く名を口にした。

「──あなた、佳奈なの?」

 フェリシアは、不細工な彩香だった。

 事実に、腹がよじれるほど笑った。転生者がそうころころいるとは思えないが、これほど顔と中身が一致していない人物も珍しいのではないだろうか。

 虐める根性がない不細工が、このあたしの手を煩わせていた。そのうえ説教までしてきたフェリシアに、デリアはむかついていた。テッドが裏切り、よりにもよってこいつにあの話をしたことも。

 でも。クライブがフェリシアの頬を打ったとき、それらがすべて吹っ飛んだ。

 口元が緩むのがおさえられない。にやけが止まらない。

 また奪ってやった。不細工の好きな人。ぞくぞく。高揚感に、鳥肌が立った。優越感が半端ない。

(……たまんないっ)

 これが、あたしのあるべき姿。いくら美人でも、中身が不細工だとああなるんだ。デリアはもう、満足感でいっぱいだった。




 今度こそ、あたしに相応しい幸せを手に入れる。

(相手は真二のような醜男じゃないんだし、わがままは控えないとね)

 ちゃんとわきまえる。改めて、決意する。

 なのに、クライブが馬鹿なことを言い出した。フェリシアを打ったこと。それは賞賛に値することだったのに、謝罪し、向かい合って話し合うとまで言い始めたのだ。

 ──なに、こいつ。

 背を向け、去って行くクライブ。真二と重なり、頭にどんどん血がのぼっていく。沸騰しそうなほど、身体が熱くなる。

「……クライブ殿下は知らないでしょうし、理解できないかもしれませんが、フェリシアの中身、びっくりするぐらい不細工なんですよ」

 歩みの速度を落とそうとしないクライブの後ろを必死に追いかけ、デリアが背後から声をかける。

「ねえ、聞いてます? それこそ、吐き気がするぐらいだったんですから。親からも誰からも愛してもらえなくて、友だちもいなくて」

 反応がない。聞こえていないはずがないのに。

 ──こんな。

 デリアが、拳を強く握りしめる。

(こんな美しい男を、あんな不細工に奪われるぐらいなら)

 床を蹴り、デリアは駆けた。その勢いのまま、クライブの背中に打つかる。

 クライブの身体が、ふっと宙に浮いた。

 そこは、一階へと続く階段の、一番うえ。

 ──落ちる。

 クライブはスローモーションで流れる景色の中、そんなことを思った。


「…………ひっ!!」

 情けない声音は、デリアを護衛する男のもの。デリアはゆらりと振り向くと「このこと、黙っててくれるなら、一回だけあたしを抱かせてあげる」と、呟いた。

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