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今日一日。ニックとレズリーの姿を学園内で見かけることはついになかった。あの二人がその後どうなったのか。ラナは知らない。聞くつもりもないし、知りたくもなかったから。そのくせ、いつもニックと、ときにはレズリーを交えて歩いていた一人きりの帰路は、なんだか少し寂しかった。自分で望んだことなのに、なんて勝手な。思わず自分を嘲笑した。
(……わたしは、本当にニックが好きだったのかしら)
とぼとぼと一人で歩きながら、いまさらのことを自身に問いかけてみる。いま思い返すと、ニックに甘い科白を囁かれたとき。抱きしめられたとき。いつも無意識に考えていたのは、メイナードのこと。
メイナード様は、こんな科白を言ってはくれない。こんな風に抱き締めてもくれない、と。だからニックに依存していった。だってこの人は、わたしをきちんと恋愛対象として見てくれているから。そんな風に思っていた。
ラナは足をとめ、ふと空をあおいだ。
「……また逢いにくるって、言っていたくせに」
燃えるような真っ赤な空に向かって呟いた言葉は誰に届くことなく、消えていった。
次の日。
授業が終わった帰り道。屋敷までの道のりにある、大きな噴水が中央にある広場に出たところで、ラナはメイナードに呼び止められた。
「ラナ。お帰り」
噴水の前に立っていたメイナードが、立ち止まったラナの元に小走りしてきた。
「ラナの家まで一緒に帰りたいのだけれど、いいかな。気がすすまないのなら、わたしはこのまま帰るよ」
ラナがメイナードを正面から「一日ぶりですね」と見据える。メイナードは困ったように頬をかいた。
「ああ、うん。毎日逢いにくるのは、さすがに迷惑かなと思って」
「……そんな風に思われていたのですか」
ラナがうつむく。心のどこかで、これは演技なのではないか。また騙されているのではないか。そんなはずはないのに、疑ってしまう自分がいる。信じたい。でも、ニックとレズリーの陰がそれを邪魔する。
──お前など、公爵家令嬢でなければなんの価値もないと。
そう二人が囁く。身体がぶるりと震えた。そして気付けば、ラナは知らずに口を開いていた。
「──わたし、本当はニックに愛されてなどいなかったのです」
「……え?」
「妹のように大切に想っていた親友にも、本当はただ憎まれているだけでした」
困惑するメイナードが「待ってくれないか。いったい、どういうことなんだ?」と、うつむいたまま顔をあげないラナの顔を覗きこむ。ラナはぽつぽつと、これまでのことを語りはじめた。
「……こんな惨めな女を、まだ好きだと言えますか?」
全てを語り終えたラナが、小さく問いかける。メイナードはニックとレズリーの怒りをぐっとおさえ、きっぱりと答えた。
「言えるよ。当然じゃないか。だって、君が恥じることなんてなにもないだろ?」
「いいえ。わたしに公爵家の長女である以外の魅力がなかったせいです」
「どうして君はそんな風に考えるんだ……」
うつむいたまま顔をあげないラナに、メイナードが手を伸ばす。ラナはその手をすり抜け、すっとメイナードの横を通りすぎたかと思うと──メイナードの背中にそっと額を押し付けた。
「……まだ、胸はお借りしません」
メイナードが前を向いたまま「──うん」と、目を細める。それからしばらく、ラナはメイナードの背中で泣き続けた。
──二人が付き合いはじめるのは、それからひと月経ってからのこと。
(……わたしは、本当にニックが好きだったのかしら)
とぼとぼと一人で歩きながら、いまさらのことを自身に問いかけてみる。いま思い返すと、ニックに甘い科白を囁かれたとき。抱きしめられたとき。いつも無意識に考えていたのは、メイナードのこと。
メイナード様は、こんな科白を言ってはくれない。こんな風に抱き締めてもくれない、と。だからニックに依存していった。だってこの人は、わたしをきちんと恋愛対象として見てくれているから。そんな風に思っていた。
ラナは足をとめ、ふと空をあおいだ。
「……また逢いにくるって、言っていたくせに」
燃えるような真っ赤な空に向かって呟いた言葉は誰に届くことなく、消えていった。
次の日。
授業が終わった帰り道。屋敷までの道のりにある、大きな噴水が中央にある広場に出たところで、ラナはメイナードに呼び止められた。
「ラナ。お帰り」
噴水の前に立っていたメイナードが、立ち止まったラナの元に小走りしてきた。
「ラナの家まで一緒に帰りたいのだけれど、いいかな。気がすすまないのなら、わたしはこのまま帰るよ」
ラナがメイナードを正面から「一日ぶりですね」と見据える。メイナードは困ったように頬をかいた。
「ああ、うん。毎日逢いにくるのは、さすがに迷惑かなと思って」
「……そんな風に思われていたのですか」
ラナがうつむく。心のどこかで、これは演技なのではないか。また騙されているのではないか。そんなはずはないのに、疑ってしまう自分がいる。信じたい。でも、ニックとレズリーの陰がそれを邪魔する。
──お前など、公爵家令嬢でなければなんの価値もないと。
そう二人が囁く。身体がぶるりと震えた。そして気付けば、ラナは知らずに口を開いていた。
「──わたし、本当はニックに愛されてなどいなかったのです」
「……え?」
「妹のように大切に想っていた親友にも、本当はただ憎まれているだけでした」
困惑するメイナードが「待ってくれないか。いったい、どういうことなんだ?」と、うつむいたまま顔をあげないラナの顔を覗きこむ。ラナはぽつぽつと、これまでのことを語りはじめた。
「……こんな惨めな女を、まだ好きだと言えますか?」
全てを語り終えたラナが、小さく問いかける。メイナードはニックとレズリーの怒りをぐっとおさえ、きっぱりと答えた。
「言えるよ。当然じゃないか。だって、君が恥じることなんてなにもないだろ?」
「いいえ。わたしに公爵家の長女である以外の魅力がなかったせいです」
「どうして君はそんな風に考えるんだ……」
うつむいたまま顔をあげないラナに、メイナードが手を伸ばす。ラナはその手をすり抜け、すっとメイナードの横を通りすぎたかと思うと──メイナードの背中にそっと額を押し付けた。
「……まだ、胸はお借りしません」
メイナードが前を向いたまま「──うん」と、目を細める。それからしばらく、ラナはメイナードの背中で泣き続けた。
──二人が付き合いはじめるのは、それからひと月経ってからのこと。
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