政略結婚だと思われていたのですね。わかりました。婚約破棄してさしあげます。

ふまさ

文字の大きさ
26 / 27

26

 今日一日。ニックとレズリーの姿を学園内で見かけることはついになかった。あの二人がその後どうなったのか。ラナは知らない。聞くつもりもないし、知りたくもなかったから。そのくせ、いつもニックと、ときにはレズリーを交えて歩いていた一人きりの帰路は、なんだか少し寂しかった。自分で望んだことなのに、なんて勝手な。思わず自分を嘲笑した。

(……わたしは、本当にニックが好きだったのかしら)

 とぼとぼと一人で歩きながら、いまさらのことを自身に問いかけてみる。いま思い返すと、ニックに甘い科白を囁かれたとき。抱きしめられたとき。いつも無意識に考えていたのは、メイナードのこと。

 メイナード様は、こんな科白を言ってはくれない。こんな風に抱き締めてもくれない、と。だからニックに依存していった。だってこの人は、わたしをきちんと恋愛対象として見てくれているから。そんな風に思っていた。

 ラナは足をとめ、ふと空をあおいだ。

「……また逢いにくるって、言っていたくせに」

 燃えるような真っ赤な空に向かって呟いた言葉は誰に届くことなく、消えていった。


 次の日。
 授業が終わった帰り道。屋敷までの道のりにある、大きな噴水が中央にある広場に出たところで、ラナはメイナードに呼び止められた。

「ラナ。お帰り」

 噴水の前に立っていたメイナードが、立ち止まったラナの元に小走りしてきた。

「ラナの家まで一緒に帰りたいのだけれど、いいかな。気がすすまないのなら、わたしはこのまま帰るよ」

 ラナがメイナードを正面から「一日ぶりですね」と見据える。メイナードは困ったように頬をかいた。

「ああ、うん。毎日逢いにくるのは、さすがに迷惑かなと思って」

「……そんな風に思われていたのですか」

 ラナがうつむく。心のどこかで、これは演技なのではないか。また騙されているのではないか。そんなはずはないのに、疑ってしまう自分がいる。信じたい。でも、ニックとレズリーの陰がそれを邪魔する。

 ──お前など、公爵家令嬢でなければなんの価値もないと。

 そう二人が囁く。身体がぶるりと震えた。そして気付けば、ラナは知らずに口を開いていた。

「──わたし、本当はニックに愛されてなどいなかったのです」

「……え?」

「妹のように大切に想っていた親友にも、本当はただ憎まれているだけでした」

 困惑するメイナードが「待ってくれないか。いったい、どういうことなんだ?」と、うつむいたまま顔をあげないラナの顔を覗きこむ。ラナはぽつぽつと、これまでのことを語りはじめた。

「……こんな惨めな女を、まだ好きだと言えますか?」

 全てを語り終えたラナが、小さく問いかける。メイナードはニックとレズリーの怒りをぐっとおさえ、きっぱりと答えた。

「言えるよ。当然じゃないか。だって、君が恥じることなんてなにもないだろ?」

「いいえ。わたしに公爵家の長女である以外の魅力がなかったせいです」

「どうして君はそんな風に考えるんだ……」

 うつむいたまま顔をあげないラナに、メイナードが手を伸ばす。ラナはその手をすり抜け、すっとメイナードの横を通りすぎたかと思うと──メイナードの背中にそっと額を押し付けた。

「……まだ、胸はお借りしません」

 メイナードが前を向いたまま「──うん」と、目を細める。それからしばらく、ラナはメイナードの背中で泣き続けた。


 ──二人が付き合いはじめるのは、それからひと月経ってからのこと。

あなたにおすすめの小説

え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ

ばぅ
恋愛
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」 小言の多い私を笑い、マウントを取ってくる幼馴染令嬢。私が言葉に詰まっていると、豪快で声のデカい婚約者が笑い飛ばした。 「そうだな、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」 悪気ゼロ(?)の大声正論パンチで、幼馴染をバッサリ撃退! 私の「厳しさ」を誰よりも愛する太陽の騎士様との、スカッと痛快ラブコメディ。

王太子に「戦友としか思えない」と言われたので、婚約を解消しました

明衣令央
恋愛
婚約者である王太子ヘンリーから「君のことは戦友としか思えない」と告げられた、公爵令嬢アリスティア。 十年以上の王妃教育を積んできた彼女は、静かに婚約解消を受け入れる。 一年後、幸せな結婚を迎えた彼女にとって、ヘンリーのその後は――もうどうでもいいことだった。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです

唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。 すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。 「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて―― 一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。 今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。

「病弱な幼馴染を置いていけない」と言った婚約者に、最後の処方箋を置いてきました——彼女の病気は、3年前に治っています

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エリーゼは宮廷薬学士。婚約者ルカスに「病弱な幼馴染リディアを看病するため婚約解消してほしい」と告げられた日、エリーゼは一つの事実に気づいていた。リディアの処方箋——3年前から薬の成分が変わっている。「治っている人間に出す薬」に。 エリーゼは何も言わず身を引いた。ただ一通の封書を残して。中身は3年分の処方記録と、宮廷薬学士としての最終所見。「患者リディア・フォン・ヴァイス。現在の健康状態:良好。治療の必要性:なし」 その封書が開かれた日、ルカスの世界は崩壊した。