悪夢から目覚めたわたしは、気付かないふりをやめることにしました。

ふまさ

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 オリヴィアは、靄の中にいた。ここはどこ。不安になるオリヴィアの手を、誰かが握った。驚きはしたが、恐怖はなく。

 見上げれば、泣きたくなるような顔が、そこにはあった。

「……お母様」

 ナタリアは「オリヴィア。大きくなったわね」と、綺麗に微笑んだ。オリヴィアの瞳に、涙が滲む。

「……ね、お母様。わたし、女官の試験に受かったんです。すごいでしょう?」

「ええ、本当に。とても頑張ったのね」

「頑張りました。でも、たくさんの人が助けてくれたおかげです」

「そうね。でも、そんなあなただから、みんな支えたいと思ってくれたのよ」

「だと、嬉しいです」

 子どものようにはにかみながら、オリヴィアは、気付けばこんなことを訊ねていた。

「あのね。わたし、とある悪夢を見てから、現実と向き合う勇気がもてたんです」

「そうなの」

「──あの夢を見せてくれたのは、お母様ですか?」

 ナタリアは答えず、ただ、慈しむように、静かに笑っていた。




 コンコン。コンコン。

 ノック音で目を覚ましたオリヴィアは、ゆっくり上体を起こすと、どうぞ、と掠れた声を出した。

 扉が開く。部屋に入ってきたマドリンが、おはようございますと声をかけてから、オリヴィアの頬に幾筋の涙の跡があることに気付いた。

「まあ、どうされたのですか? なにか怖い夢でも」

 心配するマドリンに、その反対よ、とオリヴィアは頬を緩めた。

「久しぶりね、お母様の夢を見たの。女官になれたって、報告したのよ。そしたら、頑張ったのねって褒めてくれたの」

 所詮は、ただの夢。あるいはなんの意味もないそれを、マドリンが嗤うことはなかった。

「それは、なんて素敵なことでしょう。卒業というこの良き日に、奥様と出会えたのですね」

「ええ」

 そう。今日は、王立学園の卒業式の日。これまで母親の夢を見たことはあったが、今回のように、会えた、という実感が持てたのは、はじめてのことだった。

「さあ、オリヴィアお嬢様。奥様のこと、もっとたくさんお聞きしたいところですが、身支度を整えませんと。今日は、制服ではなく、ドレスを着ていかなくてはいけませんからね。じきに、フィルも迎えに来るでしょうし」

 オリヴィアが、はい、と笑う。

 グレースが最後にこの屋敷を訪れてきてから、一年と数ヶ月が経った。あれきり、グレースからも、デイルからも、なんの音沙汰もない。

 今ごろはきっと、二人で仲良く暮らしているのだろう。かつて父親と義母だったあの人たちの末路はとても衝撃で、ショックだっただけに、自分の知らないところで幸せに暮らしているのなら、それが一番良いと、オリヴィアは心から思っていた。

 ドレスアップしたオリヴィアが、母親が描かれた肖像画に顔を向け、微笑みかける。

「それでは、お母様、行ってきますね」

 ぱたん。
 部屋の扉が閉められる。

 窓から入る光に照らされた母親の絵は、眩く、キラキラと綺麗に光っていた。



         ─おわり─

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