薄明り

のらねことすていぬ

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男の顔には、明らかな嫌悪と侮蔑が浮かんでいた。

普段から鋭い目元が一瞬大きく見開かれて、それから汚いものでも見るかのように厳しく眇められる。
そのことに胸が痛んだけれど、見ないふりをして笑顔を無理やり顔に乗せた。


「あー、悪い。すぐ済ませるから、待っててよ」


俺が、はは、と頭の悪そうな笑い声を上げると、ドアが派手な音をたてて叩きつけられて窓がびりびりと震えた。













俺は15歳になった次の日に村を飛び出して、そのまま街のギルドで冒険者になった。
あいつ__ガイウス__も同じ日に冒険者になって、それ以来ずっと腐れ縁だ。

俺もあいつもすぐにC級、B級とランクアップしていって、5年後にはA級になった。
そして十数年が経った今では、国に10人もいないS級になった。

半分冒険者、半分シーフの俺にとってはS級なんて夢のまた夢のはずだった。
なのに今S級っていう肩書を手に入れているのは、正直幸運だったとしか言いようがない。

たまたま狂暴な魔獣が続けて現れた。
それを、べらぼうに強いくせに人間嫌いで仲間を作らないガイウスが手を組んでくれて、なんとか倒した。

正直、魔獣を倒した時には俺はガイウスだけがS級になると思っていた。
なにしろ魔獣のほとんどをあいつが倒したんだ。
なのにガイウスは律儀にも俺にきっかり半分の手柄を渡してくれて、それが実力不足の俺を後押ししてくれた。

たったそれだけでS級に取り立てられた。
幸運値が高いのもシーフの素質の一つだけれど、それにしても俺は幸運だ。

実力はあるけれど機会に恵まれない冒険者もたくさんいる。
だけどその逆で、俺は実力はないけど、機会と幸運にだけ恵まれてここまでやってこれたようなものだ。





そんなわけで、ガイウスはずっと腐れ縁だが、見た目も中身も彼と俺とでは全く違う。
正反対と言っていいかもしれない。

俺は茶髪、色白で平凡な顔立ち。
口の軽そうな軽薄な雰囲気で、いつもヘラヘラ笑っている。
シーフらしく手先は器用だけれど剣も弓も実力はイマイチだ。
S級だけど請け負ってる仕事はA級レベルが多いから、なんとかやっていけている。


ひきかえガイウスは黒髪に浅黒い肌。
瞳だけが金に輝く寡黙な美丈夫だ。
そのうえ肩に担ぐほどの大剣を軽々と使いこなして、強さであいつに敵う奴はこの大陸にいないほどだ。

で、当たり前かもしれないけれど、そんな男前のガイウスはとてもモテる。
美形で、硬派で、冒険者として実力があって、つまりは金がある。
モテないわけがない。

あの浅黒い男らしい肌に白い指を滑らせたいと、街の娼婦が言っていたのをなぜか印象深く覚えている。

ガイウスはあちこちで娼婦や町娘どころか、貴族のお嬢様にだって粉をかけられていたみたいだが、なぜか決まった相手は作っていなかった。

俺も別に結婚しているわけじゃないし、付き合っている相手もいない。
なにしろ俺にはずっと好きな相手がいるんだから。

その相手とは、絶対に恋人になんかなれるわけないって分かってた。
触れ合うことどころか、気持ちさえ伝えられないと思っていた。

そうずっと思っていたのに。
戦闘後の興奮状態に陥った、その好きな相手……ガイウスに、俺はついこの間、抱かれた。
抱かれてしまった。










討伐を依頼されたのは、森の奥に住むまぁまぁ強い魔獣だった。

ガイウスはパーティーを組むことを嫌がる。
だから罠の無効化や開錠に最低限必要な俺以外が付いてくることはあまりない。
ガイウスの実力だったら確かに普通なら不要だ。
そうだ、普通なら。

だけどその日の魔獣は幻覚と状態異常を得意とする獣だったようだ。
その血を全身に浴びたガイウスの瞳からは、正気が失われていた。


『……ガイウス?』


屠った後の魔獣の躯の側に、ガイウスが立ち尽くしている。
俺が異変に気が付いたのはその時だった。



冒険者が心の中に狂気を飼っているのはよくある話だ。
戦いの高揚感。
自分の命を進んで危険に晒し、生きて帰れるか分からない道を進む。
ぎりぎりまで追いつめられて、それから無事に帰れると分かった時の安堵。

ガイウスは誰よりも死地を潜っていて、だけど心身にかかっているその負担を普段は強靭な精神力で表に出さないようにしていた。
なのに心の枷が外れて___そんな男の牙が、俺に向けられた。

シャツを引き裂かれて地面に引きずり倒された時、彼の瞳に浮かんでいた色は狂気だった。
乱暴な仕草で首に噛みつかれ、鎖骨に歯を立てられ、ない胸に掌が這わされる。


『……っ、い、!』


噛みつかれた首筋からは血が流れたんだろう。
鋭くぴりぴりとした痛みが走る。

幻覚を見ているのか。
それとも暴力衝動が性衝動にすり替えられたのか
分からないけれど、押し倒されて今にも犯されようとしているのは分かった。
俺が誰かということすら彼には分からずに。

動けないように体重をかけて圧し掛かられているけれど、そもそも実力が違いすぎる。
逃げられるわけがない。
抵抗もできずにベルトもズボンも取り去られて、森の中で裸に剥かれた俺は、一人で蒼褪めた。

挿れられる。
慣らしもせずに突っ込まれる。

目の前で狂った目をした男のズボンを持ち上げている性器は、どう見ても凶器だ。
こんな獣だらけの森の中で血塗れになって、手当もされずに放置されたら命に関わる。

慌てて俺は上着の中からポーションを取り出した。
低級の傷薬だけれどやや粘度があって、しかも軽い傷なら治してくれるものだ。


『ちょ、……待て、』


じたばたと蠢く獲物を睨みつけるガイウスに、伝わらないとは分かっているけれど声を掛け、ポーションを俺の下肢に垂らした。
恥ずかしいとか情けないとか頭に浮かぶ前に俺は指を後孔に突っ込んで、性急に慣らし拡げた。

ぐちぐちと粘ついた音が響いて、そんな俺をガイウスは荒い息を吐きながらあちらこちらに噛みついてくる。


『ああ、クソ……もう、いい、』


早く挿れたいんだろうな。
そう思って俺が指を引っこ抜くと。


『え、……っちょ!あ、ぁあっ!』


なぜか今度はガイウスに指を突っ込まれた。
長い人差し指が奥まで差し込まれて、水音を立てて引き抜かれる。
緩くなっているのを感じたのか、今度はその人差し指は中指を伴って俺の中に這入り込んでくる。

内壁を探るように指を回され、体が跳ねたところを重点的に突かれる。
ごりごりと抉るようにかき回されて、萎えていたはずの俺の性器はあっさりと立ち上がってしまった。


低い声で喘ぐ俺に、ガイウスは指を抜き去ると___今度こそ、熱くて重量のあるものが挿し込まれた。

慣らされていたせいか思ったような痛みはなかったけれど、圧倒的な圧迫感と苦しさに潰れた悲鳴が漏れる。

そうして揺さぶられながら、俺はただ狂ったガイウスの瞳を見ていた。
夢を見ているように茫洋としたそれは、闇夜に輝く月の色のようで、なによりも美しかった。




ガイウスは俺のことなんて少しも好きじゃない。

俺たちはあくまで腐れ縁。
実力も違うし、同性だし、ガイウスは心が読めない奴だし。

ガイウスが俺を抱いているのだって、錯乱して性の捌け口を求めているだけだ。
殴っているのとそう変わらない。
だけど、まあそれでもいいかと思うくらいには、俺は彼のことを好きだった。

後ろの初めてをこんな地べたで捧げちゃって、優しい言葉も甘い時間もなくてもいい、そう思えるくらいには好きだった。

実力不足のまま村から飛び出して来て、ガキだった頃は世界の理不尽さに泣かされていた。
報酬をくすねられたり、俺だけが強い敵と戦わせられて危険な目にあわせられたり。
その俺をいつもさりげなく助けて、一緒に戦ってくれたのはガイウスだった。
ガイウスだけだった。
ガイウスがいなければ、俺は今頃まともに冒険者なんてしていなかった。
ちんけな盗賊の手下かなにかになって、きっと腐ったような人生を送ってだろう。

だから犯されるのなんて大したことじゃない。
こんなことで彼が正気に戻るなら安いものだ。

ただ俺が気になっていたのは、混乱が解けた後の彼は記憶が残っているかどうか、だった。
もし残ってしまったんなら……抵抗もせずただ犯される俺を見て、彼はどう思ったんだろうか。
この気持ちが少しでもバレていないといいのだけれど。














いつの間にか気を失っていて、目が覚めた時には辺りは朝露に濡れていた。
軋む体を無理やり起こすと、目の前にきっちり服を着こんだガイウスが座っていた。

前日の狂暴な雰囲気は鳴りを潜めていて、彼が正気に戻ったのが伺える。

その時俺は、夢から覚めて最後の審判を待つような気分だった。
一番良ければセフレになれるし、最悪だったら殺される。
おそらく、その間を取って、誰にも他言するなと厳しく言われてそれでおしまいだ。
まぁそんなところだろう。
自分からセフレになりたいなんてすっとぼけた事を口にしたら、切って捨てられるかもしれないから口は噤んだ。



さて何を言われるかと思っていたら、正気に戻ったガイウスは酷く狼狽していた。
俺に掛ける言葉もなくただ焦ったように視線を俺の体のあちこちに向け、口を何度も開けては閉めてを繰り返している。

ほとほと困ったと顔に書いてある男を見て、思わず苦い笑いが漏れた。
その反応は予想していなかった。
これほどの色男だ、男に迫られることだって今まで何度もあっただろう。
それでもこれだけ狼狽しているっていうのは、これまでは男は相手にしていなかったってことか。


『もしかして、男は初めてだった?』


匂い消しのための煙草を咥えながらそう呟く。
声は掠れて喉に引っかかったけど、ちゃんとガイウスの耳に届いたらしい。
彼の体は派手にびくりと跳ねて、こちらを凝視してきた。
俺の言葉にプライドを傷つけたかな、と口に出してから反省する。


『……お前は、違うのか』

『あー、うん、まぁ、そうかな』


詰まらない嘘だけれど、男が初めてだったと騒ぐのも気持ち悪いだろうと曖昧に頷く。
そんな俺に彼は信じられないものを見るような視線を向けて……それから拳を強く握りしめた。


『まぁ、深く気にしないでくれ。別に大したことじゃない』


俺にとっては大したことだったけど、お前にとっては犬に噛まれたようなもんだろう。
こんなのはただの事故だ。
だから気にしなくていい。

そう思って無理やり明るい声を出したのに、ガイウスは金色の瞳で俺のことをじっと見据えたままだ。
その瞳の奥には小さな怒りの炎が燃えているようで、俺はひくりと喉を引きつらせる。
いつの間にか短くなった煙草をもみ消すと、その視線に追われるように、怠い体に鞭打って身支度を整えた。

別に甘い言葉なんて、優しい視線なんて期待したわけじゃない。
組み敷かれて突っ込まれたのは確かだけど、恋人のように気遣われるとは思っていなかった。

正気に戻す手伝いをしたからって別に感謝して欲しいとは言わないけれど。
そんな、まるで憎い敵でも見るような視線を浴びせられるなんて。

思ってもみなかった?
いや、気持ち悪いと吐き捨てられることを想像していなかったわけじゃない。
ちゃんと、心構えをしていた『つもり』でいた。

だけど、抱かれながら心のどこかで期待していた。
「悪かった」とか。
「お前がいて助かった」とか。
今までのただの仕事仲間としての距離よりも、少し近づけるんじゃないかって期待した。

肌を触れ合わせて、どこか相手の内側に入り込んだような、特別になれるんじゃないかって。

そんな甘い、馬鹿な妄想をしていたからだろう。
朝がきて現実が襲い掛かってきて、俺はその冷たさに打ちのめされた。



無口なガイウスは声高に俺を責めることはしなかった。
でもその視線が心に突き刺さって痛い。

ただ俺を睨みつける、何も言わないガイウスが恐ろしい。
彼の胸中で嫌悪が渦巻いているのかと想像するだけで恐ろしい。
俺なんて抱きたくなかったと、汚いものに触ってしまったかのように振る舞われるのが、射殺すような視線に刺されるのが、震えるほど恐ろしかった。



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