【BL】初恋はこじらせると怖い

のらねことすていぬ

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最後の恋

12. 引っかかること

 もやもやとしたものが心の奥に引っかかっているけれど、人が周りに集まるタイプの遊佐は一人きりになってくれず、その後も話す機会はなかった。まぁ明日ランチ行く約束しているしいいか。別にすぐに聞かないといけないことでもないし。そう楽観的な俺は軽く考えて、ひぃひぃ言いながらも仕事を終えると帰路についた。
 
 残念ながら今日もゼンは遅くなりそうだ。帰社する前にちらりと彼のデスクを見たけれど、まだ彼は難しい顔をして後輩とパソコンを睨んでいた。

 ここのところ同じ部署なのにゼンは俺よりも忙しい。新しく同じ部署になった新入社員のサポートをしているせいで、自分の仕事がなかなか進められないらし。しかもその新入社員くんにゼンはやたらと懐かれて、仕事のコツやらなんやらを暇さえあれば聞かれているようだ。子犬が後を追いかけてくるようで可愛いとゼンは言っていたけれど、彼が疲弊してしまわないか少し心配だ。それに……まぁ恋人としてはあまり楽しくはない。

 いやいや、後進の指導も仕事だし。いい歳した男がそんなことで嫉妬とかありえないだろ。俺はただ純粋に、ゼンの疲労が溜まらないか気がかりなだけだ。
 そう自分に言い聞かせて息を吐き出すと、コツコツと靴音を立てて夜道を急いだ。

 静まり返った部屋に帰り着き、パチパチと玄関やらリビングやらの電気をつける。スーツを脱いで風呂に入り、やや古びたスウェットに着替えると、俺は二人暮らしとは到底思えないデカイ冷蔵庫を開いた。

 500Lという人間だったら大家族でしか使わないような冷蔵庫の中には彼が作り置いてくれた大量の料理。それを引っ張り出して皿に盛り、電子レンジに入れたり鍋ごと火にかけたりして温めるとダイニングテーブルへと運ぶ。ゼンは俺の数倍食べるからいつもなかなかの量になってしまう。そう言えばオムレツを作る時に卵を8個も使っていたのを見て、同棲しはじめた頃は驚いたっけ。つい最近のことなのになんか懐かしいな。
 
 一人で小さく笑いながら夕飯のセッティングを進めて、あらかた終わると俺はどさりと体をソファへと投げた。スマホを見ながらテレビをつける。チャンネルをいくつか変えて、大して興味を惹くものがないので動画配信サービスへと切り替えた。

「あ、これ新作じゃん」

 普通のテレビではやらないようなニッチなオリジナルシリーズがいくつか更新されていて、俺はスマホを放り出すとリモコンを操作する。可愛い動物が画面の中で走り回るのを見て、ゼンが帰ってくるまでこれを見ようと決定ボタンを押す。

 だがリモコンを操作した瞬間、がちゃりと玄関の扉が開く音がした。

「あ、おかえり~!」

 帰ってきた。良かった、今日はそれほど遅くならずに帰ってきた。そのことに俺はほっと息を吐いた。

「ただいま」

 大きな体からは信じられないくらいに静かに、足音を立てずにゼンがリビングへと入ってくる。ふわっと外の匂いが室内に入ってくる。俺は立ち上がって彼を出迎えると、大きな体に抱きしめられた。

「お疲れ様。なんか難しそうな顔してたね。大丈夫だった?」
「ああ、帰り際に面倒なメールが来て舌打ちしたよ」

 はぁ、とゼンが小さなため息をつく。そうか。今日は新人くんのお世話じゃなかったのか。そう考えかけて、いやどっちにしろ仕事なんだから大変だっただろと頭の中で自分を叱って、ゼンの背中に回した手に力を込めた。

「早く帰って差山に会いたかった。もう飯は食ったのか?」
「あ、準備だけしといたよ」

 太い腕が俺から離れて、ゼンの視線がテーブルへと向けられる。そしてまだ湯気をたてる食事を見て、眉毛をぴくりと上げた。

「いつも言ってるが、俺を待たずに食ってていいから」
「今日くらいに帰ってくれるなら一緒に食べようよ。遅くなりそうだったら先に食ってるし」

 せっかく一緒に住んでいるんだから、顔を見て食べたい。そういうつもりで言うと、ゼンの眉を吊り上げて厳しそうな顔が、困ったような表情へと変化する。

「それは嬉しい。けどな、倒れたりしたら心配になるだろ?」
「人間だってそう簡単に倒れないって。しかも俺、若い男だよ。ちょっと夕飯遅くなるくらい平気だって」

 男だし、たぶん人間としても一番体力のある時期だ。正直夕飯なんて食べなくたって支障ない位だろう。もちろん亜人のように一週間も飯を抜いても平気、という訳にはいかないだろうけど。
 過保護なんだよと笑って見せるけど、そんな俺の腹をゼンの大きな手がゆっくりとさすった。

「だけど……見ろよ、こんなに細い。腰骨なんて見えそうじゃないか」

 俺の薄い腹筋を掌が辿り、下腹に辿り着く前に横へとずれて俺の腰の骨を掴まれる。ぐ、と強い力で肉を掴まれて、そのくすぐったいような刺激に思わず体が跳ねた。

「え、……ぁ、ん!」

 不本意に飛び出てしまった声に、うわ、と慌てて口を塞ぐ。なんだよ今のエロい声。
 気まずさに、あははと苦く笑ってゼンの顔を見る。

 すると。
 てっきり笑い飛ばしてくれると思っていたゼンは、冷え切ったような瞳で俺を見ると、ぱっと手を放した。

「え?」

 その顔に俺が驚いて目を見開くと、まるで取り繕うかのように彼は口の端を吊り上げて笑顔を作った。そして大きな体をゆっくりと動かして、彼の部屋へと体を向けた。

「着替えてくる。飯、食おう」
「え、あ、ああ。そうだな」

 そう言い残して、彼は俺の前から消えてしまう。

 まぁ、いつまでもスーツでいるのはおかしいし。せっかく温めた食事も冷めてしまうし。
 そう考えるけど、さっきの冷めたような瞳のゼンに言いようのない不安を感じる。いや、その後笑っていたからきっと大丈夫だけど。だけど妙な違和感を覚える。ゼンだったら、俺が変な声だしても笑ってくれると思ったのに。だって、だって俺たち恋人だよな? 変な声くらい聞いたことあるよな? 

「ゼン……?」

 心が妙にざわついたけれど、少し時間をかけてゼンが着替えてきた時には、彼はもういつもの彼に戻っていて。いつも通りの笑顔を振りまく彼に、どうかしたのかと聞くこともできなかった。




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