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アズラーク視点:対峙
しおりを挟む「アズラーク、大丈夫? 怪我は?」
俺に背を向けたまま、サタはちらりと視線こちらに向けてきた。
やはりサタだ。柔らかそうな頬も艶のある黒髪も彼のものだ。だが彼がこの場所にいることがにわかに信じがたく、俺は掠れた声を出した。
「怪我は大したものじゃない。それよりサタ、なんでここに」
「迎えに来た」
簡潔に言い切られる。そして視線を俺からイレーネ嬢へと向けた彼は、今までの彼からは信じられないくらい低く怒りを感じさせる声を出した。
「あんたがアズラークをこんな目に遭わせたのか」
小柄で華奢なサタの、その全身から怒りが立ち上るのが見えるようだ。それほどに彼は怒っているようだ。今まで困った顔は幾度となく見たことはあるが……怒りに震えているのは初めて見る。そのサタの怒気に一瞬気圧されたようなイレーネ嬢は、それでも気を取り直したように鼻で嗤った。
「薄汚い黒猫が邪魔するつもり? いくら獣性が弱くてもわたくしは容赦しないわよ」
「あんたも猫族だろ? それに俺だって女の子でも容赦しない」
再び斬って捨てるようなサタの言葉に、イレーネ嬢が忌々し気に彼のことを睨みつけているのが分かる。いけない。イレーネ嬢は確かに貴族の娘で、獣性も弱く俺から見たら赤子のようにか弱い。
だがいざ掴み合いにでもなったら、生粋のニンゲンであるサタの方がさらに弱いだろう。背丈もほぼ同じだけどサタには鋭い爪の一つもないのだから。
その細い体が鋭い爪に引き裂かれたら?ニンゲンよりも遥かに強い腕力で骨を折られたら?さっきサタが彼女に体当たりした衝撃でどこかへナイフも飛んで行ったけれど、もしそれをサタの体に突き立てられたら?
恐ろしい想像が頭の中を駆け巡り冷や汗をかく。獣性の強い俺ならばいい。どれだけ傷つけられようともそうそう死にはしない。だけどサタは?ニンゲンである彼は違う。きっと俺が想像している以上にか弱い生き物は、かすり傷のようなものでも致命傷になる。
「サタ、駄目だ。逃げるんだ」
ふらつく体を叱咤してベッドから這い出ようとする。俺が彼の盾になって死ぬならいい。だけどその逆なんて絶対に許されない。唇を強く噛んで痛みでなんとか意識を保とうとするが、情けなく俺の頭の中は揺れるばかりで。俺の目の前でイレーネ嬢が甲高い声で叫ぶのをただ無力に打ちひしがれながら見つめた。
「生意気な黒猫……、こんなところまでしゃしゃり出てきたこと、後悔させてあげるわ!」
猫族らしくしなやかに、素早くイレーネ嬢はサタに飛び掛かる。獣人の力で飛び掛かられサタはよろめいて床に引き倒された。爪で襲おうとするイレーネ嬢と、その腕を掴むサタが床の上で縺れ合う。だがイレーネ嬢の方が力が強かったのだろう。しばらく揉み合った後に、イレーネ嬢はサタの腹の上に乗ると、残酷な笑みを浮かべた。
「わたくしの爪は弱いものですけど……あなたの瞳を抉り取るくらいはできますのよ」
「サタ……!」
イレーネ嬢はそう言うと、サタの胸倉を掴んで片手を大きく振りかぶる。その手の先には、尖り光る爪。それがサタの柔らかな瞳に刺さったら……。
蒼褪めて叫ぶが体は動かない。こんな間近で、彼が傷つけられるところをただ見つめるしかないなんて。その悔しさに唇に牙を立てた。
だがサタは、イレーネ嬢の片手が彼の体から離れた一瞬の間に、ズボンのポケットに手を突っ込むと何かを取り出して……。嘲笑うように大きく開かれたイレーネ嬢のその口に突っ込んだ。
「…………っ!」
腕を振りかざしたままイレーネ嬢の瞳が大きく見開かれ、そしてぐにゃりと彼女の体から力が抜ける。口に何かを詰め込まれたままの間抜けな状態で彼女はサタの上から地面へと倒れ込んだ。
ぴくぴくと体は細かく動いていて死んでいるわけではなさそうだ。だけど先ほどまで怒りに突き動かされていた彼女は今は床の上だ。
一体なにが起こったんだ。サタが彼女の口に入れたものは何なんだ。まさか劇薬の類だろうか。混乱する俺をよそに、サタがのんきな声を上げた。
「うわ、ルアンさんにもらったコレ、本当に凄い効き目」
そう言うと彼はイレーネ嬢の体をひっくり返して、その口から唾液に濡れた布袋を取り出す。口の開いたその袋からはさらさらと粉のようなものと、小さな木片。
だがその匂いが俺の鼻先にまで漂ってきて、中身が何なのかすぐに悟った。
「サタ、な……なんで、それを」
「え? あー……ルアンさんが前にくれたんだよね。痴漢撃退グッズ的な感じで。まさかこんなところで使うとは思ってなかったけど」
それをサタは掌に取り指先で弄ると匂いを嗅いで、興味深そうに眉を上げた。
その様子に唖然とする。サタが今手にしているものは、俺がサタに飲ませた媚薬で、それからこの屋敷に焚かれている香。サタに飲ませたものは弱い酒にほんの少しだけ破片を浮かべたものでそれほど強くなかったのに、それでもサタは体を朱に染めて力が抜けていた。なのに、彼には効かないというのか?猫族以外の獣人であっても媚薬の効果は認められているというのに、それが全く効かないなんてありえるのだろうか。
「サタは平気なのか……?」
「うん、俺は別に。ああ、この匂いがアズラークの体に悪いんだよね? すぐ窓開けるよ。それからもうじきイレリオさんたちが来てくれると思うから、もう少しだけ我慢して」
そう言うと彼は大股で窓まで駆け寄っていくと、次々と大きく開け放っていく。ついでとばかりに部屋の扉も明け、『廊下の窓も開けてくる』と元気よく駆けだしていった。
そうして地下通路から辿り着いたというイレリオと、それから他の近衛兵団員が俺と部下を助け出すまで、俺はどこか吹っ切れたように明るい顔で動き回るサタをただ見ていた。
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