ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

文字の大きさ
49 / 56

アズラーク視点:対峙

しおりを挟む





「アズラーク、大丈夫? 怪我は?」

 俺に背を向けたまま、サタはちらりと視線こちらに向けてきた。
 やはりサタだ。柔らかそうな頬も艶のある黒髪も彼のものだ。だが彼がこの場所にいることがにわかに信じがたく、俺は掠れた声を出した。

「怪我は大したものじゃない。それよりサタ、なんでここに」
「迎えに来た」

 簡潔に言い切られる。そして視線を俺からイレーネ嬢へと向けた彼は、今までの彼からは信じられないくらい低く怒りを感じさせる声を出した。

「あんたがアズラークをこんな目に遭わせたのか」

 小柄で華奢なサタの、その全身から怒りが立ち上るのが見えるようだ。それほどに彼は怒っているようだ。今まで困った顔は幾度となく見たことはあるが……怒りに震えているのは初めて見る。そのサタの怒気に一瞬気圧されたようなイレーネ嬢は、それでも気を取り直したように鼻で嗤った。

「薄汚い黒猫が邪魔するつもり? いくら獣性が弱くてもわたくしは容赦しないわよ」
「あんたも猫族だろ? それに俺だって女の子でも容赦しない」

 再び斬って捨てるようなサタの言葉に、イレーネ嬢が忌々し気に彼のことを睨みつけているのが分かる。いけない。イレーネ嬢は確かに貴族の娘で、獣性も弱く俺から見たら赤子のようにか弱い。

 だがいざ掴み合いにでもなったら、生粋のニンゲンであるサタの方がさらに弱いだろう。背丈もほぼ同じだけどサタには鋭い爪の一つもないのだから。

 その細い体が鋭い爪に引き裂かれたら?ニンゲンよりも遥かに強い腕力で骨を折られたら?さっきサタが彼女に体当たりした衝撃でどこかへナイフも飛んで行ったけれど、もしそれをサタの体に突き立てられたら?

 恐ろしい想像が頭の中を駆け巡り冷や汗をかく。獣性の強い俺ならばいい。どれだけ傷つけられようともそうそう死にはしない。だけどサタは?ニンゲンである彼は違う。きっと俺が想像している以上にか弱い生き物は、かすり傷のようなものでも致命傷になる。

「サタ、駄目だ。逃げるんだ」

 ふらつく体を叱咤してベッドから這い出ようとする。俺が彼の盾になって死ぬならいい。だけどその逆なんて絶対に許されない。唇を強く噛んで痛みでなんとか意識を保とうとするが、情けなく俺の頭の中は揺れるばかりで。俺の目の前でイレーネ嬢が甲高い声で叫ぶのをただ無力に打ちひしがれながら見つめた。

「生意気な黒猫……、こんなところまでしゃしゃり出てきたこと、後悔させてあげるわ!」

 猫族らしくしなやかに、素早くイレーネ嬢はサタに飛び掛かる。獣人の力で飛び掛かられサタはよろめいて床に引き倒された。爪で襲おうとするイレーネ嬢と、その腕を掴むサタが床の上で縺れ合う。だがイレーネ嬢の方が力が強かったのだろう。しばらく揉み合った後に、イレーネ嬢はサタの腹の上に乗ると、残酷な笑みを浮かべた。

「わたくしの爪は弱いものですけど……あなたの瞳を抉り取るくらいはできますのよ」
「サタ……!」

 イレーネ嬢はそう言うと、サタの胸倉を掴んで片手を大きく振りかぶる。その手の先には、尖り光る爪。それがサタの柔らかな瞳に刺さったら……。

 蒼褪めて叫ぶが体は動かない。こんな間近で、彼が傷つけられるところをただ見つめるしかないなんて。その悔しさに唇に牙を立てた。

 だがサタは、イレーネ嬢の片手が彼の体から離れた一瞬の間に、ズボンのポケットに手を突っ込むと何かを取り出して……。嘲笑うように大きく開かれたイレーネ嬢のその口に突っ込んだ。

「…………っ!」

 腕を振りかざしたままイレーネ嬢の瞳が大きく見開かれ、そしてぐにゃりと彼女の体から力が抜ける。口に何かを詰め込まれたままの間抜けな状態で彼女はサタの上から地面へと倒れ込んだ。

 ぴくぴくと体は細かく動いていて死んでいるわけではなさそうだ。だけど先ほどまで怒りに突き動かされていた彼女は今は床の上だ。

 一体なにが起こったんだ。サタが彼女の口に入れたものは何なんだ。まさか劇薬の類だろうか。混乱する俺をよそに、サタがのんきな声を上げた。

「うわ、ルアンさんにもらったコレ、本当に凄い効き目」

 そう言うと彼はイレーネ嬢の体をひっくり返して、その口から唾液に濡れた布袋を取り出す。口の開いたその袋からはさらさらと粉のようなものと、小さな木片。

 だがその匂いが俺の鼻先にまで漂ってきて、中身が何なのかすぐに悟った。

「サタ、な……なんで、それを」
「え? あー……ルアンさんが前にくれたんだよね。痴漢撃退グッズ的な感じで。まさかこんなところで使うとは思ってなかったけど」

 それをサタは掌に取り指先で弄ると匂いを嗅いで、興味深そうに眉を上げた。

 その様子に唖然とする。サタが今手にしているものは、俺がサタに飲ませた媚薬で、それからこの屋敷に焚かれている香。サタに飲ませたものは弱い酒にほんの少しだけ破片を浮かべたものでそれほど強くなかったのに、それでもサタは体を朱に染めて力が抜けていた。なのに、彼には効かないというのか?猫族以外の獣人であっても媚薬の効果は認められているというのに、それが全く効かないなんてありえるのだろうか。

「サタは平気なのか……?」
「うん、俺は別に。ああ、この匂いがアズラークの体に悪いんだよね? すぐ窓開けるよ。それからもうじきイレリオさんたちが来てくれると思うから、もう少しだけ我慢して」

 そう言うと彼は大股で窓まで駆け寄っていくと、次々と大きく開け放っていく。ついでとばかりに部屋の扉も明け、『廊下の窓も開けてくる』と元気よく駆けだしていった。

 そうして地下通路から辿り着いたというイレリオと、それから他の近衛兵団員が俺と部下を助け出すまで、俺はどこか吹っ切れたように明るい顔で動き回るサタをただ見ていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

処理中です...