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眼差し
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『視線』のセプテム中隊長のお話。受け視点。
セプテム中隊長×副官
-------------
明るいセプテム中隊長の声が、遠くの回廊から響いてくる。
その声に、俺は慌てて物陰に身を潜めた。
副官のくせに何をやっているんだと自分を心の中で罵倒するが、光の中に出ていく気は起きなかった。
いつでも明るく笑う彼の姿を視線で追うのをやめたのは、いつの頃だっただろうか。
私……ペイル・ストリエラがシュー・セプテム中隊長を初めて見たのは、もう10年は前になる。
騎士学校での先輩だった。
セプテム中隊長は俺より2つ年上で、当時はセプテム先輩と呼んでいた。
そのころから彼は鬼のように強く、でもそれをひけらかすことなく快活で明るく、騎士学校の中でも目立っていた。
その当時はただただ彼に憧れて後をくっ付いて歩き、彼が言葉をかけてくれるのを飼い主に撫でられるのを待つ犬のように尻尾を振って待っていた。
そのころの俺は怖いものなんて何もなかったし、彼への憧れが変質するなんて思ってもいなかった。
当時のセプテム中隊長の隣には、いつでもヴェロス・フレーチャー中隊長がいて、二人は俺にとって完璧な組み合わせだった。
お互いが信頼し合い、能力を高め合い、国と民のために心血を捧げる。
いつか自分もその傍らに立ちたいと願っていた。
だから明るい日の光の中に立つ二人を、妬ましいと思う日が来るなんて……当時は、思ってもいなかった。
きっかけは些細な事だった。
その日は上級生と下級生が入り混じって演習を行った日だった。
その日は時期外れのスコールに見舞われて、誰もがぐちゃぐちゃに雨をかぶった。
演習が終わり、数に限りがあるシャワールームに皆ごっちゃになりながら殺到する。
もちろん上級生が優先して入るから、下級生はひたすら待つしかない。
普段は時間をずらしているから混むことはなかったが、その日は運が悪かった。
俺には当然入れる場所がなく、しょうがないと腰にタオルを巻いて順番待ちをしていた時だった。
セプテム中隊長が遅れてやってきて、その姿を見た別の生徒が個室を譲る。
笑いながら礼を言って個室に入ろうとした彼は、ふと俺に目を向けた。
『一緒に浴びろよ、風邪ひくだろ』
そう言って狭いシャワールームに引き込まれた。
一緒に浴びろと言いながら、セプテム中隊長は適当に湯を浴びると、俺の方なんて向かずにさっさと出て行ってしまった。
だがその姿に……水を弾く二の腕や、広い背中、引き締まった腰なんかに、どうしようもなく興奮してしまって。
ストン、と心の中に落ちてきた。
俺はあの人を、ただの憧れ以上として見ているということに。
誰にも、知られるわけにはいかない。
明るいあの人には。
彼が女の子を好きなのは学校でも有名な話だし、もし万一に男で相手をすることがあるなら、それはヴェロス・フレーチャー中隊長しかいないだろう。
望みなんて一筋もない。
そう思って心にきつく蓋をして、残りの騎士学校の生活は息をひそめるようにして生活した。
前のように、ただ犬のように慕えない。
……自分の本当の欲望に気が付いてしまったから。
セプテム中隊長も、俺も順当に卒業し騎士になった。
彼は学生時代に少しかかわっただけの俺を覚えていてくれて、中隊長に就いた時には副官として引き抜いてまでくれた。
長く知っている奴のほうが、我が儘を言いやすいなんて笑って。
ただの上司と部下。
中隊長と、忠実な副官。
それで永遠に満足していられるはずだったのに……ある夜、歯車が狂ってしまった。
2年も前になるだろうか。
その夜は色々と鬱憤が溜まっていて、好みの男と寝たいと思ってしまった。
セプテム中隊長に惚れてからも、交際相手は女性ばかりだった。
それは世間にもセプテム中隊長にも、男には興味がないと示したかっただけだと思う。
だが、その日はどうしても誰かに抱かれたかった。
ぐずぐずに溶かしてくれとは言わないけど、他人の熱を感じたかった。
男色家ばかりが集まる飲み屋があるのは知っていた。
普段であれば、自分の性癖が露見されるのを恐れて、そういった場所には近寄らない。
でもその夜だけはどうしても抑えられなくて。
そして散々迷った挙句、小さな酒場にこっそりと立ち入った。
その酒場は、私が今まで知っているものとは異世界のようだった。
タイプの人間にあからさまな視線を送り、声をかける。
騎士が顔をしかめるような行いがあちこちで行われていて、しかもそれを皆、当然と受け止める。
俺がその中で目を惹かれるのは豊かな黒髪の、野性的な色男ばかりだった。
どれだけ自分がセプテム中隊長に惚れているのかを自覚して、嫌気がさした。
いかにもモテそうな男たちは俺のことなんて相手にしないかと思ったが、意外にも新顔の俺は好奇心もあってか好意的に迎えられた。
一時間もしないうちに、名前しか知らない男に手を引かれて店を出る。
近くに男同士でも入れる宿がある、と男が俺の耳元で囁き、肌にぞくりとしたものが走る。
この男は、セプテム中隊長に眼差しと声が似ている。
それだけで俺の体は燃えるように興奮した。
早く抱いてほしい、と囁きながら宿の扉を引きかけて。
よく見知った声に現実に引き留められた。
『……ペイル?』
男に腰を抱かれた俺を見つめる、黒い双眸。
いつも楽し気に眇められているそれが、今日は眼球が零れんばかりに見開かれている。
その表情は、ただの驚きか。それとも嫌悪か。
まさに血の気を失って立ち尽くしている俺に、セプテム中隊長はゆったりとした歩みで近づいてきた。
『こんなところで何してる……なんて、愚問だな』
そう思っているなら、見なかった振りでもして欲しかった。
だが応えない俺に苛立ったようなセプテム中隊長は、視線を連れ立っていた男に向ける。
『……彼氏?』
鍛え上げられ、いくつもの戦場を生き抜いたセプテム中隊長にじっと視線を浴びせられ、威圧感に圧倒されない人間はいない。
隣で俺の腰を支えていた男もそうだったようで、慌てたように立ち去っていく。
ぽつんと宿の前に取り残された俺は、今夜抱かれる予定だった男の背中をぼんやりと眺めるしかなかった。
『なんだ。恋人を置いていくなんて、酷い男だな』
酷いのはあんただろう。
心の中で叫ぶけれど、口からはでてこない。
黙って視線をセプテム中隊長に戻すと、彼もこちらを見つめていた。
『お前が、男もいけるとはな。……俺ね、今好きな子、男なんだよ』
セプテム中隊長の口から出た言葉に目を見開く。
つい先日まで美しいと有名な酒場の女と恋仲だったはずだ。
そのセプテム中隊長が、男を?
一体誰を好きになったんだと考える暇もなく、セプテム中隊長は俺をゆっくりと腕の中に囲う。
『お前も今振られちゃったみたいだし、俺も好きな子には振り向いてもらえないし。お互い、丁度良くないか?』
練習相手か、それとも手を出せない相手への劣情を、手近なところで吐き出したくなったのか。
どちらなのかは分からないし、どちらでもいいことだ。
今迄の関係を続けたいなら、頷いては絶対に駄目だ。
そう頭では分かっていたのに、滴るような色気を纏わせた彼に、俺はあっさりと理性を手放していた。
「……ぃっ!」
ぎゅ、と胸の尖りに噛みつかれ、小さな悲鳴を口の中で押し殺した。
恨みがましく彼に視線を向けると、さらにきりりと歯を立てられる。
セプテム中隊長との初めての夜を思い出して、うっかり意識が浮遊してしまっていたようだ。
「こういう時は、集中するのが礼儀だろう……。それほど気乗りしない相手でもな」
そう言われて胸がつまる。
気乗りしない相手ならば、俺になんて手を出さなければいいのに。
心の中ではそう罵るけれど、身体は従順に男の手で高められていった。
噛みつかれて膨れた乳首を、今度はあやすように舌で舐め上げられる。
ねっとりと舌を絡めて吸われると、それだけでじんと腰がしびれた。
色事を好む男の慣れ切った手が、シャツをはだけさせ、ズボンの前立てを開く。
するりと下着をかい潜って手を差し込まれ、すでに勃ちあがっていた屹立を握りこまれる。
自分の手も慌てて相手の下肢を探り、性器を引っ張り出す。
お互いのものを扱きあって、擦り合わせ、高め合う。
屹立ははしたなく反りかえり、先端を透明な蜜で濡らしている。
大きな掌で根本から扱かれ、くちゅくちゅと卑猥な音が漏れた。
「っもう、イく……っ、」
我を忘れそうな快感の波が襲ってきて、腰を震わせた。
「今日はずいぶんと荒れていましたね」
手拭いでお互い身支度を整えると、換気のために窓を開く。
少し風が寒いが、こんなところで致してしまったんだ。背に腹は代えられない。
普段であれば、キスくらいはあるが、それ以上の行為に職場で及ぶことは滅多にない。
彼専用の執務室とはいえ、いつ誰が訪れてくるか分からない。
そんな場所で部下に手を出すほど迂闊な男ではないし、彼は見た目よりも真面目な男だ。
だから、そんな彼の心を揺さぶるような『何か』があったんだろうと推測するのはたやすかった。
彼はしばらく口を開くのを迷って、俺の視線に諦めたようにため息をついた。
「ああ。ヴェロスがな、隊員に手を出したとかとか言ってきやがった」
あのお堅い中隊長が、隊員。つまり男に手を。
出されたならともかく出したのか。
今までセプテム中隊長が必死にあちこちの男から守ってきたというのに、まさか他の男と。
俺が恋心を自覚して、彼が男も大丈夫なんじゃないかと僅かな希望を持ってしまったのは、あのヴェロス・フレーチャー中隊長のせいだった。
だが同時にそのフレーチャー中隊長に、希望も打ち砕かれた。
セプテム中隊長はいつだって、フレーチャー中隊長を支え、かばい、引っ張り、ともに歩んでいた。
二人の仲が特別にいいというのは、誰の目にも明らかで。
もし、セプテム中隊長が男を好きになるなら、彼しかいないというのは明白だった。
「それ、は、……」
掛ける言葉も見つからないとはこのことだろう。
これはセプテム中隊長は失恋したということなのだろう。
呆然と立ち尽くす俺の前で、セプテム中隊長は苦く笑う。
「まあ大丈夫だろう。ヴェロスはああ見えて、俺より恋愛が上手い」
自嘲気味にはき捨てる。
王都でも有名な色男のくせに、本命には告げることもできずに失恋とは。
「隊長も、好きな相手に気持ちを告げればいいでしょう。……ずっと、好きなんでしょう?」
「俺?ああ、まぁ、……ずっと、騎士学校の頃から好きだよ。」
彼はフレーチャー中隊長のことを考えているのか、いつになく真剣な顔で呟く。
そしてふと、こちらに視線を移した。
「驚かないのか?」
「相手が騎士学校にいたことに、ですか? 何をいまさら」
あれだけ態度であからさまに示しておいて、気が付かないわけがない。
騎士学校には俺もいたんだから、覚えているに決まっている。
それとも俺がいたことの方を忘れてしまったのか。
そう思ったらなんだか腹立たしく、自分とフレーチャー中隊長との扱いの差に胸にどす黒いものが広がるのを感じた。
だが俺の言葉に、彼はすう、と目つきを厳しくした。
「お前もしかして、知ってて俺を弄んでんの?」
「弄ぶって……そんなわけないじゃないですか。」
相手が誰かと知っていても、俺にできることなんてない。
それとも、フレーチャー中隊長に、セプテム中隊長の素晴らしいところを説きにでもいけばよかったんだろうか。
あいにく、自分もずっと片思いの痛みを抱えていてそこまで頭が回らなかった。
とにかく彼も失恋したばっかりで不機嫌なのかもしれないが、八つ当たりはやめて欲しい。
「俺もそろそろ、無駄な片思いをやめようと思っていたんです」
「本当か」
俺が告げた言葉にセプテム中隊長が大きく目を見開く。
その顔に少し喜色を見つけてしまい、俺の失恋を慰めにするほど、彼は精神的に参っていたのかと思ってしまう。
そんな弱った状態に付け込みたいと思ってしまう弱い心を、歯を食いしばって耐えた。
「ええ、だからもうお互いを慰め合うのもそろそろ終わりにしましょう」
フレーチャー中隊長への失恋が決定的になったのなら、自分との慰め合いも終わりだ。
至って冷静に聞こえるように。
そう意識して宣した言葉は、それなりの広さがある執務室にやけに響いた。
そうだな、と言ってまた明るく笑うかと思ったセプテム中隊長は。
一瞬、唖然とした表情でこちらを見て、低く唸るような声を出した。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。もうお互い本気の相手を見つけた方がいいでしょう」
かつかつと靴音を響かせてこちらに近づいてきた中隊長は、開けたばかりの窓を閉めるとカーテンを引く。
そのまま胸倉をつかまれて壁に押し付けられる。
「ではお前は、これからは上官命令で抱かれたいのか?」
吐息が顔にかかる程の距離で呟かれた言葉に、目を見張った。
「……仰っている意味が、分かりません」
「片思いは諦めて、もう次の本命を見つけた? だから俺と手を切るつもりか」
彼の瞳に嗜虐的な色が浮かぶ。
強く押さえつけられた胸元に、息が苦しい。
「簡単に切れると思うな……何年、見てきたと思ってるんだ」
そう囁かれて噛みつくように与えられた唇に、俺はなにやら二人の間に大きな隔たりがあるのを感じた。
おしまい
セプテム中隊長×副官
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明るいセプテム中隊長の声が、遠くの回廊から響いてくる。
その声に、俺は慌てて物陰に身を潜めた。
副官のくせに何をやっているんだと自分を心の中で罵倒するが、光の中に出ていく気は起きなかった。
いつでも明るく笑う彼の姿を視線で追うのをやめたのは、いつの頃だっただろうか。
私……ペイル・ストリエラがシュー・セプテム中隊長を初めて見たのは、もう10年は前になる。
騎士学校での先輩だった。
セプテム中隊長は俺より2つ年上で、当時はセプテム先輩と呼んでいた。
そのころから彼は鬼のように強く、でもそれをひけらかすことなく快活で明るく、騎士学校の中でも目立っていた。
その当時はただただ彼に憧れて後をくっ付いて歩き、彼が言葉をかけてくれるのを飼い主に撫でられるのを待つ犬のように尻尾を振って待っていた。
そのころの俺は怖いものなんて何もなかったし、彼への憧れが変質するなんて思ってもいなかった。
当時のセプテム中隊長の隣には、いつでもヴェロス・フレーチャー中隊長がいて、二人は俺にとって完璧な組み合わせだった。
お互いが信頼し合い、能力を高め合い、国と民のために心血を捧げる。
いつか自分もその傍らに立ちたいと願っていた。
だから明るい日の光の中に立つ二人を、妬ましいと思う日が来るなんて……当時は、思ってもいなかった。
きっかけは些細な事だった。
その日は上級生と下級生が入り混じって演習を行った日だった。
その日は時期外れのスコールに見舞われて、誰もがぐちゃぐちゃに雨をかぶった。
演習が終わり、数に限りがあるシャワールームに皆ごっちゃになりながら殺到する。
もちろん上級生が優先して入るから、下級生はひたすら待つしかない。
普段は時間をずらしているから混むことはなかったが、その日は運が悪かった。
俺には当然入れる場所がなく、しょうがないと腰にタオルを巻いて順番待ちをしていた時だった。
セプテム中隊長が遅れてやってきて、その姿を見た別の生徒が個室を譲る。
笑いながら礼を言って個室に入ろうとした彼は、ふと俺に目を向けた。
『一緒に浴びろよ、風邪ひくだろ』
そう言って狭いシャワールームに引き込まれた。
一緒に浴びろと言いながら、セプテム中隊長は適当に湯を浴びると、俺の方なんて向かずにさっさと出て行ってしまった。
だがその姿に……水を弾く二の腕や、広い背中、引き締まった腰なんかに、どうしようもなく興奮してしまって。
ストン、と心の中に落ちてきた。
俺はあの人を、ただの憧れ以上として見ているということに。
誰にも、知られるわけにはいかない。
明るいあの人には。
彼が女の子を好きなのは学校でも有名な話だし、もし万一に男で相手をすることがあるなら、それはヴェロス・フレーチャー中隊長しかいないだろう。
望みなんて一筋もない。
そう思って心にきつく蓋をして、残りの騎士学校の生活は息をひそめるようにして生活した。
前のように、ただ犬のように慕えない。
……自分の本当の欲望に気が付いてしまったから。
セプテム中隊長も、俺も順当に卒業し騎士になった。
彼は学生時代に少しかかわっただけの俺を覚えていてくれて、中隊長に就いた時には副官として引き抜いてまでくれた。
長く知っている奴のほうが、我が儘を言いやすいなんて笑って。
ただの上司と部下。
中隊長と、忠実な副官。
それで永遠に満足していられるはずだったのに……ある夜、歯車が狂ってしまった。
2年も前になるだろうか。
その夜は色々と鬱憤が溜まっていて、好みの男と寝たいと思ってしまった。
セプテム中隊長に惚れてからも、交際相手は女性ばかりだった。
それは世間にもセプテム中隊長にも、男には興味がないと示したかっただけだと思う。
だが、その日はどうしても誰かに抱かれたかった。
ぐずぐずに溶かしてくれとは言わないけど、他人の熱を感じたかった。
男色家ばかりが集まる飲み屋があるのは知っていた。
普段であれば、自分の性癖が露見されるのを恐れて、そういった場所には近寄らない。
でもその夜だけはどうしても抑えられなくて。
そして散々迷った挙句、小さな酒場にこっそりと立ち入った。
その酒場は、私が今まで知っているものとは異世界のようだった。
タイプの人間にあからさまな視線を送り、声をかける。
騎士が顔をしかめるような行いがあちこちで行われていて、しかもそれを皆、当然と受け止める。
俺がその中で目を惹かれるのは豊かな黒髪の、野性的な色男ばかりだった。
どれだけ自分がセプテム中隊長に惚れているのかを自覚して、嫌気がさした。
いかにもモテそうな男たちは俺のことなんて相手にしないかと思ったが、意外にも新顔の俺は好奇心もあってか好意的に迎えられた。
一時間もしないうちに、名前しか知らない男に手を引かれて店を出る。
近くに男同士でも入れる宿がある、と男が俺の耳元で囁き、肌にぞくりとしたものが走る。
この男は、セプテム中隊長に眼差しと声が似ている。
それだけで俺の体は燃えるように興奮した。
早く抱いてほしい、と囁きながら宿の扉を引きかけて。
よく見知った声に現実に引き留められた。
『……ペイル?』
男に腰を抱かれた俺を見つめる、黒い双眸。
いつも楽し気に眇められているそれが、今日は眼球が零れんばかりに見開かれている。
その表情は、ただの驚きか。それとも嫌悪か。
まさに血の気を失って立ち尽くしている俺に、セプテム中隊長はゆったりとした歩みで近づいてきた。
『こんなところで何してる……なんて、愚問だな』
そう思っているなら、見なかった振りでもして欲しかった。
だが応えない俺に苛立ったようなセプテム中隊長は、視線を連れ立っていた男に向ける。
『……彼氏?』
鍛え上げられ、いくつもの戦場を生き抜いたセプテム中隊長にじっと視線を浴びせられ、威圧感に圧倒されない人間はいない。
隣で俺の腰を支えていた男もそうだったようで、慌てたように立ち去っていく。
ぽつんと宿の前に取り残された俺は、今夜抱かれる予定だった男の背中をぼんやりと眺めるしかなかった。
『なんだ。恋人を置いていくなんて、酷い男だな』
酷いのはあんただろう。
心の中で叫ぶけれど、口からはでてこない。
黙って視線をセプテム中隊長に戻すと、彼もこちらを見つめていた。
『お前が、男もいけるとはな。……俺ね、今好きな子、男なんだよ』
セプテム中隊長の口から出た言葉に目を見開く。
つい先日まで美しいと有名な酒場の女と恋仲だったはずだ。
そのセプテム中隊長が、男を?
一体誰を好きになったんだと考える暇もなく、セプテム中隊長は俺をゆっくりと腕の中に囲う。
『お前も今振られちゃったみたいだし、俺も好きな子には振り向いてもらえないし。お互い、丁度良くないか?』
練習相手か、それとも手を出せない相手への劣情を、手近なところで吐き出したくなったのか。
どちらなのかは分からないし、どちらでもいいことだ。
今迄の関係を続けたいなら、頷いては絶対に駄目だ。
そう頭では分かっていたのに、滴るような色気を纏わせた彼に、俺はあっさりと理性を手放していた。
「……ぃっ!」
ぎゅ、と胸の尖りに噛みつかれ、小さな悲鳴を口の中で押し殺した。
恨みがましく彼に視線を向けると、さらにきりりと歯を立てられる。
セプテム中隊長との初めての夜を思い出して、うっかり意識が浮遊してしまっていたようだ。
「こういう時は、集中するのが礼儀だろう……。それほど気乗りしない相手でもな」
そう言われて胸がつまる。
気乗りしない相手ならば、俺になんて手を出さなければいいのに。
心の中ではそう罵るけれど、身体は従順に男の手で高められていった。
噛みつかれて膨れた乳首を、今度はあやすように舌で舐め上げられる。
ねっとりと舌を絡めて吸われると、それだけでじんと腰がしびれた。
色事を好む男の慣れ切った手が、シャツをはだけさせ、ズボンの前立てを開く。
するりと下着をかい潜って手を差し込まれ、すでに勃ちあがっていた屹立を握りこまれる。
自分の手も慌てて相手の下肢を探り、性器を引っ張り出す。
お互いのものを扱きあって、擦り合わせ、高め合う。
屹立ははしたなく反りかえり、先端を透明な蜜で濡らしている。
大きな掌で根本から扱かれ、くちゅくちゅと卑猥な音が漏れた。
「っもう、イく……っ、」
我を忘れそうな快感の波が襲ってきて、腰を震わせた。
「今日はずいぶんと荒れていましたね」
手拭いでお互い身支度を整えると、換気のために窓を開く。
少し風が寒いが、こんなところで致してしまったんだ。背に腹は代えられない。
普段であれば、キスくらいはあるが、それ以上の行為に職場で及ぶことは滅多にない。
彼専用の執務室とはいえ、いつ誰が訪れてくるか分からない。
そんな場所で部下に手を出すほど迂闊な男ではないし、彼は見た目よりも真面目な男だ。
だから、そんな彼の心を揺さぶるような『何か』があったんだろうと推測するのはたやすかった。
彼はしばらく口を開くのを迷って、俺の視線に諦めたようにため息をついた。
「ああ。ヴェロスがな、隊員に手を出したとかとか言ってきやがった」
あのお堅い中隊長が、隊員。つまり男に手を。
出されたならともかく出したのか。
今までセプテム中隊長が必死にあちこちの男から守ってきたというのに、まさか他の男と。
俺が恋心を自覚して、彼が男も大丈夫なんじゃないかと僅かな希望を持ってしまったのは、あのヴェロス・フレーチャー中隊長のせいだった。
だが同時にそのフレーチャー中隊長に、希望も打ち砕かれた。
セプテム中隊長はいつだって、フレーチャー中隊長を支え、かばい、引っ張り、ともに歩んでいた。
二人の仲が特別にいいというのは、誰の目にも明らかで。
もし、セプテム中隊長が男を好きになるなら、彼しかいないというのは明白だった。
「それ、は、……」
掛ける言葉も見つからないとはこのことだろう。
これはセプテム中隊長は失恋したということなのだろう。
呆然と立ち尽くす俺の前で、セプテム中隊長は苦く笑う。
「まあ大丈夫だろう。ヴェロスはああ見えて、俺より恋愛が上手い」
自嘲気味にはき捨てる。
王都でも有名な色男のくせに、本命には告げることもできずに失恋とは。
「隊長も、好きな相手に気持ちを告げればいいでしょう。……ずっと、好きなんでしょう?」
「俺?ああ、まぁ、……ずっと、騎士学校の頃から好きだよ。」
彼はフレーチャー中隊長のことを考えているのか、いつになく真剣な顔で呟く。
そしてふと、こちらに視線を移した。
「驚かないのか?」
「相手が騎士学校にいたことに、ですか? 何をいまさら」
あれだけ態度であからさまに示しておいて、気が付かないわけがない。
騎士学校には俺もいたんだから、覚えているに決まっている。
それとも俺がいたことの方を忘れてしまったのか。
そう思ったらなんだか腹立たしく、自分とフレーチャー中隊長との扱いの差に胸にどす黒いものが広がるのを感じた。
だが俺の言葉に、彼はすう、と目つきを厳しくした。
「お前もしかして、知ってて俺を弄んでんの?」
「弄ぶって……そんなわけないじゃないですか。」
相手が誰かと知っていても、俺にできることなんてない。
それとも、フレーチャー中隊長に、セプテム中隊長の素晴らしいところを説きにでもいけばよかったんだろうか。
あいにく、自分もずっと片思いの痛みを抱えていてそこまで頭が回らなかった。
とにかく彼も失恋したばっかりで不機嫌なのかもしれないが、八つ当たりはやめて欲しい。
「俺もそろそろ、無駄な片思いをやめようと思っていたんです」
「本当か」
俺が告げた言葉にセプテム中隊長が大きく目を見開く。
その顔に少し喜色を見つけてしまい、俺の失恋を慰めにするほど、彼は精神的に参っていたのかと思ってしまう。
そんな弱った状態に付け込みたいと思ってしまう弱い心を、歯を食いしばって耐えた。
「ええ、だからもうお互いを慰め合うのもそろそろ終わりにしましょう」
フレーチャー中隊長への失恋が決定的になったのなら、自分との慰め合いも終わりだ。
至って冷静に聞こえるように。
そう意識して宣した言葉は、それなりの広さがある執務室にやけに響いた。
そうだな、と言ってまた明るく笑うかと思ったセプテム中隊長は。
一瞬、唖然とした表情でこちらを見て、低く唸るような声を出した。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。もうお互い本気の相手を見つけた方がいいでしょう」
かつかつと靴音を響かせてこちらに近づいてきた中隊長は、開けたばかりの窓を閉めるとカーテンを引く。
そのまま胸倉をつかまれて壁に押し付けられる。
「ではお前は、これからは上官命令で抱かれたいのか?」
吐息が顔にかかる程の距離で呟かれた言葉に、目を見張った。
「……仰っている意味が、分かりません」
「片思いは諦めて、もう次の本命を見つけた? だから俺と手を切るつもりか」
彼の瞳に嗜虐的な色が浮かぶ。
強く押さえつけられた胸元に、息が苦しい。
「簡単に切れると思うな……何年、見てきたと思ってるんだ」
そう囁かれて噛みつくように与えられた唇に、俺はなにやら二人の間に大きな隔たりがあるのを感じた。
おしまい
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