竜神様の老いらくの恋

のらねことすていぬ

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1.初恋

 竜族は人からすれば異様なほど寿命が長く、6000歳を超えてなお生きるものもいる。
 だが寿命の長い種族にありがちな繁殖力の低さがたたってか、現在この国には竜族はわずか3、4体ほどしかいない。
 大陸すべてを探しても、10本の指から少し余る程度だ。
 たったそれだけしかいないというのに、彼らはすべての生き物の頂点であった。

 生命力が強く、人知を超える知恵と力を持ち、輝くように美しい。
 そんな竜族を人は敬意をもってこう呼んでいた。
 竜神さま、と。


 


 ――竜族というのはどうにも変人が多い。
 竜だから変竜じゃないかとも言えるが、現存する竜族は人型をとれる竜族が主だから、やっぱり変人だとも言える。

 火竜のヴュールは『太陽と戦ってくる』という謎の言葉を残して失踪中。
 水竜のイシュカは体が重くて水の中から出れない、という理由でかれこれ1000年は水底生活。
 風竜のアスファーは……かろうじてこの国にいるけど、あっちこっちに恋人をつくりまくって、泣かせまくっているみたいだ。


 そんな中では、僕はまともな方だと自負している。
 うん、きっとまともな方だ。
 たとえ存在が空気のように薄いとしても。

 そう思いながらさっきから一言も喋っていない会議に意識を戻す。
 目の前では王やその臣下たちが喧々諤々、それはもう議論が盛り上がっている。

 その中で僕はただひたすら気配を消して、いつの間にか選ばれていた竜族代表として大人しくしているのである。

 僕……ルスは、土竜の端くれだ。
 やせ型で背は少しだけ低め。
 日に焼けない生活が好きなせいか、土竜の特徴の色白肌がコンプレックスの1824歳。

 あっちこっちにフラフラしている協調性ゼロの竜族が、なんで国王が出るような会議にいるかというと、ちょっと時代は昔にさかのぼる。

 この国ができる以前は、この大地は混沌としていて人間たちは魔族と喧嘩ばっかりしていた。
 竜族にしたら喧嘩程度だけど、か弱い人族はいっぱい死者をだしたようで大変だった。
 その喧嘩を『勇者』と名乗る男が一気に収めた。
 魔を打ち払い、大地に秩序をもたらした。

 それで、その時の勇者にちょろっとだけ力を貸したのが僕たち竜族だった。
 別に人族にも魔族にもどちらにも興味なかったのだが眠りを妨害されるとか、その程度の理由だった気がする。

 勇者とその時の国王は「もう二度と、か弱き人が魔にそそのかされないように」と竜族から一人、国に留まって欲しいと懇願した。
 そして……貧乏くじを引きがちな僕が選ばれたってわけだ。

 個性派ぞろい、自己主張の強い奴ばかりの他の竜族相手に『嫌だ』と言うこともできずにかれこれ500年……いや800年だったかな?
 ともかくこの国の建国以来、僕は頷き要員として席を温めている。
 もう魔族はすっかり大陸の端っこに追いやられていて、心配なんてないんだけど、惰性でそのままになっている。


 そんなことがあって、竜の中でも地味でコミュ障の僕は、この国でただひたすらぼんやりと生きている。

 ちなみに会議では首を振るだけ。
 しかめっ面をしたおじさんたちが騒いでいるところで発言なんて怖くてできない。

 たまに、よさそうな案だなって思ったら頷いて、なんかどうしても生理的にヤダって思ったら首を振る。
 周りの人がそうすると一瞬だけ静まるのが気になるけど、別に僕のことなんて誰も見てないだろうし。



 今日も、適当に外を眺めたりしていたら会議は終わった。
 月に一度程度とは言え、たくさんの人と一緒にいるからなんか疲れる。

 そしてやることのない暇な僕は城内の『執務室』もどきに戻る。

 300年前から与えられている部屋は、広くて陽当たりが良くて、でっかい机と椅子があるだけのシンプルな部屋。
 その部屋で、俺は朝から日が暮れるまでただボンヤリしてる。
 ………もしかして俺は窓際族というやつなんだろうか。

 うなずくだけで三食昼寝付きって、とんでもない穀潰しだ。

 今の国王より前から城にいるから追い出しにくいんだろうなぁ。
 なんなら国ができる前から俺はここにいた。
 本当なら自分から出て行かないといけないけど行くとこないしな……。
 一応ずっとここに居るって約束だし。

 かれこれ50年くらいそのことは悩んでるけど、いまだに結論はでない。





 これが僕の日常だった。
 あくびが止まらないくらい地味で淡々とした毎日。
 コミュ障で友達もいないから遊びにも行けないし、趣味もない。

 あああ、暇だなぁ。
 そう思って意味もなくその日は『執務室』から外に出ていた。

 ふわふわと、どこからか薄っすら甘い匂いがしている気がしていた。
 心地いい匂いに惹かれるみたいに城内を歩いて、いつの間にか滅多に来ることのない鍛錬場にまでたどり着いていた。


 変なところに来てしまった。
 騎士ってどうも僕と相容れない感じがして嫌なんだよね。
 どいつもこいつも明るいし爽やかだしハンサムだし。
 早く帰ろう。


 そう思って踵を返そうと思ったのに、僕の視線はたった一人に吸い込まれてしまった。




 汗を流して剣をふるう、薄い色合いの金髪の少年。
 僕よりは背が高いけど、まだまだ細身の体つきに、彼が成熟しきっていないことを感じさせる。
 彼の姿を僕の瞳が捉えて……。




 ――あ。まずい。




 ぶわ、と体から竜のフェロモンがでて、あたりに甘い匂いが立ち込めた。

 普段は折り畳んで見えないようにしている翼が、僕の意思を無視して勝手に開く。
 キラキラと輝く鱗は、光を反射してるのではなく、それ自体が淡い光を放つ。
 土竜の僕の翼は、深い茶色の中に金色の細い光が輝き、金針水晶のようにユラユラと遊色を煌かせる。

 普段人型になるときは隠しておけるから目立たないのに。
 俺の翼はまるで彼のもとに飛び立って求愛しなければ、と言わんばかりに大きく広がって発光している。

 僕を見て欲しい。
 求愛に応えて欲しい。
 そう言わんばかりに。


 その異様な光景に、さっきから遠巻きに見ていた騎士たちがどよめき、どんどん人が集まってくる。
 だけど僕の視線はただ一人にぴたりと焦点を合わせて、周りの声なんて耳に入らなくなっていた。

 ああ、どうしよう。
 僕は、恋に落ちてしまったみたいだ。










 --------




 竜族の恋は激しい。
 普通の竜族は、「その人」を見つけたら番にするまで決して諦めない。
 竜族が竜族に恋することはめったになくて……いつだって他の種族に恋をする。

 だから世界各地にお姫様を攫った竜の物語があって、それを聞くたびに「僕は絶対に嫌がる相手を無理やり誘拐しない」と心に堅く誓ったって言うのに。

 彼を見た瞬間、体中の血液が沸騰しそうになった。
 その手に触れたい。
 その瞳に僕を映して欲しい。
 ……どこか遠くへ攫っていってしまいたい。
 そんな狂暴な感情が僕の中にあるなんて。


 だだっ広い私室の中で僕は、はぁああああー、と特大のため息をついた。


 自分が人前で求愛行動をしているということにふと気がついた僕は、つま先まで真っ赤になってほうほうの体でお城の中に逃げ帰ってきた。

 あああ、思い出しても恥ずかしい。
 人前で翼を出したのなんて、1000年ぶりくらいじゃないかな?
 これじゃあ人型のコントロールもできていない子供みたいじゃないか。
 しかも、それをあの『彼』に見られちゃうなんて。

 彼は僕の運命の相手だ。

 あっけにとられたような彼の姿を思い出して、ベッドにダイブすると、うわあああああ、と枕に向かって大声で叫んだ。
 この時ほど、自分の地味で微妙な容姿とコミュ障っぷりを呪ったことはなかった。

 ただでさえ見た目も良くないのに、きっと第一印象は最悪だ。
 発情したところを見せるなんて変態だ。
 人間で言ったらフル勃起しているところを好きな子に見られちゃった的な感じだ。

 彼の名前すら分からないままに逃げ出してきても、しょうがないだろう。

 スマートな竜……あっちこっちに恋人がいるアスファーなんかだったら、こんな醜態さらさないだろう。
 きっとニッコリ笑って、彼の金髪を褒めながら近づいて、じわりじわりと心を開かせるんだろう。


「いや、俺でも『番』相手に会ったらそういくか分からないぞ?」

「えー、そうかな。あんなにチャラいのに?」

「おい、誰がチャラいんだ」

「それはもちろんアスファー……って、いつの間にきたの!?」


 慌てて振り返ると、そこには窓にもたれかかる長身の男、アスファーがいた。
 さすが風竜。
 室内に小さな竜巻をおこして、鍵を壊して入って来たみたいだ。


「お前が大きなため息ついたあたりに」


 にやりと笑う姿は、竜族というよりも魔族っぽい。
 艶やかな灰色の髪に、緑色の瞳がコントラストになって美しい。
 見上げるほど高い身長に逞しく引き締まった体も、雄としての魅力を存分に伝えてくる。
 同じ竜族の僕から見てもカッコいいけど、今はその顔はにやにやと意地悪そうに笑っている。


「ルス、聞いたぞ? お前、人前で翼晒したんだって?」

「う……っ!」

「あの奥手で真面目で堅物のお前が、翼が出るくらい動揺するなんてな」

「うう……っ!」

「で、相手は誰なんだ? 貴族の娘? それとも新しく入った侍女か?」


 この腐れ縁の風竜は、きっと僕が口を割るまで帰らないだろう。
 風属性のやつらはどうにも噂好きで、軽薄だ。
 風竜の彼と土竜の僕では性格が違いすぎる。
 それに助けられることも多いけど、今は傷を抉られて、僕はもう一度はぁぁああ、と大きくため息をついた。


「……他の人に言わないでよ。その……誰、かは分かんないけど。たぶん、騎士だと思う」

「は!? お前の相手、雄なのか。しかも騎士………なかなか難しい相手を選んだな」


 うるさいな。
 選びたくて難しいの選んだわけじゃない。
 ただ、もう魂が彼じゃなきゃ嫌だって言ってるみたいなんだ。

 今だってもし「彼」が手に入らないなら、恋なんてこれっきりしないし、心臓だって止めてもいいぐらいだ。


「鍛錬場で剣振るってたから、たぶん騎士……だけど、けっこう若そうだった。めちゃくちゃ格好良かったけど」


 剣を握る彼を思い出して、僕の頬が赤く染まる。
 ほんの少しの間しか見ていられなかったけど、彼はそれはもう素敵だった。
 短く切られていて、それでいて光を反射して輝く髪も。
 剣を持って盛り上がった二の腕の筋肉も。
 ほう、と思い出して熱い息を吐くと、アスファーが僕のことを心底信じられない、というような顔で見ていた。


「ちょっと待て。鍛錬場で剣を振るってたって、意味わかってるのか? あそこは入団3年未満の奴らが練習する場所だ」

「……つまり、どういうこと?」

「つまり、だ。あそこにいる騎士は若けりゃ15歳。ちょっと年かさでも18歳なんだよ!お前、自分の年いくつだと思っていやがる!」

「え、ええええええええええええ!」




 そんな。
 あの彼が、僕よりも少なくとも1807歳は年下なんて。
 いや人族は寿命が短いのは知っているけど。


「俺も人の成人がいくつなんてのは知らないけど、さすがに1807歳差はまずいんじゃないのか?犯罪だろう、犯罪」

「は、犯罪って!……成人年齢、僕も知らないけど、今の王様はたしか50歳ちょっとで王子様から王様になってたね」

「じゃあ、大人になるのは大体50歳ってとこか。……あと30年ちょっとは我慢だな」


 アスファーが無情に呟く。

 あ、あと30年も。
 僕らの寿命からしたら一瞬であろうその時間が、永遠みたいに長く感じる。

 僕の翼は、今にも彼のもとに飛び立ちたがってるのに!


「いいか、俺だってお前を応援してやりたい。だけど犯罪はダメだ。ちょっと喋るくらいで我慢しておけ。あっちが大人になってからしっかり求愛しても遅くないだろ」

「イエスロリータ……ノータッチ……」


 そう言って僕は、アスファーに慰められながら枕を涙で濡らした。

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