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8.番の条件
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それから何年も、俺は仄かな期待を胸に求愛して惨めに振られてを繰り返した。
アルディートと出会ってから栄養状態は良くなったし羽の手入れもするようになったから、前よりはマシな見た目だと思うけれどやっぱり彼からの返事はいつも同じだった。
踊りは下手だし、羽は地味。
これじゃあメスは惹かれない。
何度も繰り返し言われて、それでも彼が諦められなくて。
『竜族に相手なんかされるもんか』と兄弟や知らない鳥族がわざわざ俺の巣まで忠告に来くる。
俺もその通りだと心の底では思っていたけど、他の相手に求愛するなんて嫌で彼のもとに通い続けた。
また来年も見てあげる、というアルディートの言葉だけに心を寄せて。
その日も、繁殖期になったのでアルディートに求愛しようと竜族の領土に降り立った時。
ふいにのんびりとした声が掛けられた。
「あれ、君は有翼族かい。こんなところまで来るなんて珍しいね」
振り返るとそこには柔和そうな顔立ちの竜族の青年がいた。
穏やかな顔立ちだけれど、腹の底を冷やすような動物としての力の違いを感じ取り、俺は背筋をピンと伸ばす。
「アイレと申します」
「ああ、もしかしてアルディートの友達? 彼に会いに来たのかな?」
まさか俺がアルディートに求愛しているとは思いもよらないんだろう。
俺が頷くと、彼は『仲が良いね』とのんびりとほほ笑んだ。
だけど彼は少し顔を曇らせて『でも』と俺の翼に目を向けた。
「こんな所まで来ている場合かな? 君はそろそろ100歳くらいに見えるけど……番を作らないと手遅れになるんじゃない?」
有翼族が100歳までに番を作らないと死んでしまうのは、知らない人がいないくらい有名な話だ。
俺たちは異常なほど寂しがりで、共に過ごせる番がいるかいないかで大きく寿命が左右される。
俺にもタイムリミットは確実に近づいているのは分かっていた。
「はい、分かってます。ただ俺、これなので」
「これ?」
翼を広げて俺の鼠色の羽を見せるけど、彼はピンときていないのが分かる顔で首を傾げた。
「地味でしょう。この色じゃあ誰も欲しがらない」
「うーん……鳥族とは価値観が違うからなぁ。なんだか君たちは大変だね」
価値観の違い、という彼の言葉を聞いて。
俺は顔を跳ね上げた。
「あ……! あの、竜族って、どんな相手を番にしたいって思うんですか? その、参考までに教えて下さい」
もしかしたら俺が知らない、竜族ならではの条件があるのかもしれない。
今まで必死に鳥族の基準で考えていたけれど、それよりも彼らが惹かれる要素があるなら知りたい。
そう思って彼に詰め寄ると、のんびりとした彼は少し困ったように眉を寄せた。
「えー? どんな相手を番にしたいかって? うーん、俺はまだ番がいないから分からないけど……見た目は関係ないねぇ」
「見た目は関係ない? 竜族だって羽があるのに、ですか?」
彼の瞳は俺の翼を眺めている。
だけど確かに、ただ『眺めている』それだけで、なんの感情も浮かんでいなかった。
まるで美しいとか醜いとか、そんな基準すらないような。
そして彼が口にした言葉が、俺を打ちのめした。
「俺たち竜族は、魂のかたちで、一目で番を決めるからね。魂が惹かれるんだ」
一目見ただけで、番を決める。
たった一目で。
「一目で、ですか、」
「そうだね。みんな一目惚れらしいね」
一目惚れ。
そうか。
……なら、もうずっと側にいる俺は彼の番にはなりようがないじゃないか。
彼に一目惚れされなかった俺は、何度求愛しても、彼を振り向かせることなんてできないじゃないか。
どれだけ羽を手入れしても踊りを練習しても、彼の魂はきっと誰か別の人のもの。
きっと俺なんか想像もつかないくらい美しい『誰か』に出会った瞬間に、彼は恋に落ちて番にするんだ。
俺が何年踊りを捧げても見向きもしなかったのに。
アルディートは優しくて残酷だ。
俺の求愛なんて迷惑だと言ってくれればいいのに、何度も『来年もおいで』なんて言って期待させて。
俺のダンスを断ったら俺が悲しむとでも思ったんだろうか。
見た目は関係ないなら早く教えてくれればいいのに。
いくら羽を手入れしたところで無駄だったんだと知って、俺は鼠色の羽をすべて毟ってしまいたい気持ちだ。
期待した自分が馬鹿みたいだ。
有翼族は番がいないと短命だけどそれが有難いとさえ思った。
この悲しみを胸に永い時間を生きるのは苦痛だから。
彼が愛しい恋しいと鳴きながら生き続けるのは、辛すぎるから。
それから、どうやって飛んだのか分からないけど、自分の巣へと舞い戻った。
そして狭い巣の中で、そっと膝を抱えて涙を流した。
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